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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百六十二話 そして、春へ(第4章最終話)

 一五四七年、二月下旬。

 


 蕾が開き、花弁は色映える。

 鼻を(くすぐ)る匂い、花から花へと伝う蜂や蝶の類。

 暖かな日差しに解けゆく名残雪を横目に、馬を進める二人の男。

 腰刀を備え、上等な衣類を身に纏うその姿に、村人達は足を止める。

 彼等に頭を下げる大人達と、無邪気に走り去る子供達を目で追い、二人は同時に笑みを零した。



 「晴幸様、あと少しですぞ」

 

 遠くで作兵衛・・・の声がする。

 酸欠による眩暈を覚えながらも、は一歩ずつ地を踏みしめる。

 (馬で上がれないってのは、どうにも辛いな……)

 作兵衛かれより二周りも歳老いた身体と、引きずられる左足。

 自分から誘ったというのに、毎度のことながら情けなさを覚えてしまう。

 息を切らしつつ、急勾配を登り切る二人は、即座に周囲を見回した。




 「幸綱殿、久方振りじゃ」

 「おおっ、晴幸殿と作兵衛殿ではないか!」



 城下で家臣の働きを眺める男。

 砥石城の城主を任せられた真田幸綱・・・・は、二人に笑いかける。

 彼の見せる笑顔は偽善などでは無い、心からの笑みである。


 幸綱は早速俺達を天守へと招き入れ、茶を差し出す。

 未だ所々に焼けただれた跡が残っているが、概ね修復は終えている様子であった。



 「どうじゃ、村が一望できるだろう」

 「ああ……」


 幸綱の言葉に、俺は言葉を失う。

 鍬を振るう者、草履を売る者、俺はただ夢中でその光景を眺めていた。

 飢えに苦しむ訳でもなく、誰もが思い思いの生活を営んでいる何気ない《光景》。



 「……皆、良い顔をしておるな」

 


 幸綱はふと俺の横顔を見つめる。

 何処か寂しさの見える表情に、一度咳払いをした。



 「いやはや、よく参られたな。態々此処まで来たとあらば、儂に何か御所望か」

 「あ……ああ。儂らを例の場所(・・・・)へと案内して貰いたいのだ」

 「例の場所、にござるか。成程、訳は理解した。

  いずれ其方を招かねばならぬと思うておったが、丁度良い。

  ささ、直ぐに案内しよう。其方が参れば、あの御方(・・・・)も喜ぶであろう」


 そのまま幸綱に導かれたのは、城の裏側。

 一段と盛り上がった地に立ち、俺は目前を睨む。

 数段と積まれた石の前に俺は花を添え、静かに目を閉じる。

 手を合わせ、祈るように息を吐く。

 「備中殿、参ったぞ」

 俺の言葉に、隣で頬を緩ませる佐久間。




 そこに在るのは当に、『横田備中守高松の墓』であった。






 「忝うございました。真田様が備中守様の墓を構えておられることは耳にしていた故、我等も一度参らねばならぬと思うておったのです。

  それにしても、既に数本花が置かれてありましたが。私達の前に、何方どなたか参られたのですか?」


 作兵衛の問いに立ち上がった俺は、直ぐに幸綱の方を向く。対する幸綱の頷きに悟った。

 その誰か(・・)の正体を、訊く必要は無いようだ。

 

 


 微風そよかぜに揺れる袖。其処に既視感を覚えた俺は、とある日の出来事を思い返す。

 甘利が俺の許を訪れた後、晴信に呼び出されてから三日ほど経った頃のことである。



 村人達は半月振りに姿を現した俺を忘れてはおらず、むしろ温かく歓迎してくれた。

 またどの伝手か、既に村中で俺の功績や出世話が出回っていたようで、酷く驚いてしまった事を覚えている。

 再び忙しい日々が戻りつつあった頃、綱頼によって全てを語られた幸綱は、再び俺の許を訪れたのだ。

 (しか)し彼の口から主として語られたのは、村上義清についての考察。


 

 幸綱の話を聞く限り、義清はさほど侮れない人物であることは明白であった。彼がこうも易々と城を譲ったのは、果たして史実に基づいているという理由だけだろうか。

 この身体には今も、あの時の感覚が鮮明に残っている。ただあの時、俺が幸綱の手によって救われたという事実を安易に受け入れられないのは、無意識にも夢とうつつを彷徨い続けていたためか。馬鹿馬鹿しくも現実離れした事象が、偶々居合わせた俺を此処・・まで辿り着かせたように思えてならなかったのだ。

 俺には訊ねたいことが幾つもあった。だが極力無駄な問いは避けていきたいところであると、俺は脳裏で一つずつ問いを取捨選択しては、整理してゆく。

 


 「以前とは逆じゃ。志賀城の一件の際、儂は其方に救われたな」

 


 その時、幸綱は語り、俺は思考を止める。

 借りた貸しは返された。これでおあいこだと、言葉など必要ないとそう言わんばかりに、彼は俺の発言を阻止した。

 あの時の表情と、似ている。

 幸綱は俺に、一時の機会をも与えようとはしなかった。

 ただ、それだけのことだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「今日は誠に忝うござった、幸綱殿」

 「ああ。其方も元気そうで、何よりであった。

  其方等が馬を留めておる処まで、我等の馬を使うと良い」


 馬を引き渡す幸綱は、俺達を見送ろうと城門まで案内する。

 その帰り際に、幸綱は思い立ったかのように俺を呼び止めた。


 「去る前に一つ、訊ねても良いか」


 その時、幸綱の表情に覚悟に似た何かを見出した俺は、作兵衛に告げる。

 「佐久間、先に馬を用意しておいてくれ」

 「は、承知致しました」

 そのまま坂を下り始める作兵衛の背を見送った俺は、幸綱を見た。




 

 「山本晴幸殿。其方は、歴史を変えたいと思うか」




 途端に、突風が吹いた。

 木々を揺らす、生温い風。

 俺は一切の表情を変えなかった。



 「我が主君、武田晴信についてのことだ。今だから故に申す、奴は道半ばで死ぬ運命さだめである。

  義を貫き続け、民を第一に考え続けた晴信は、己の抱いた大望を叶え切れず、息絶えるのだ。

  唯、それは史実においての話じゃ。我等には他とは違う、歴史を自在に操る力を備えておる」

 「……何が言いたい」

 「其方は心の内で、《武田晴信の抱く大望を叶えてやりたい》と、そう望んでおるようだな。

  我等のチカラが効かぬ、唯一人の男に魅了されるのも分かる。

  我等が動けば、晴信の望む方へ、ましてや天下へと導く事さえ出来よう。

  だからこそ、其方には歴史を変える覚悟・・とやらが有るのか、此処で聞かせて貰いたい」


 彼の言う覚悟の正体。

 それに気づきつつも、俺はおどけた様に一笑いする。


 「儂は歴史を知らぬ。いわばこの世に生を受けた者と同じ。

  儂が晴信の目指す世の、その先が見たいと思うておるのは確かじゃ。だがそれは、先の世を知らぬ一人の、《乱世を生きる者として抱くべき期待》である。

  歴史が変わったか変わらなかったなど、儂には皆目分からぬ。少なくとも、あの男が乱世を終わらせることができようものなら、誰もが幸せだと思える世が、訪れるだろうな」


 幸綱は俺を睨んでいる。無論、怒っている訳ではない。

 とある男の持つ一意見(・・・)として俺の言葉を捉えている。


 史実において、乱世を終わらせたのは晴信ではないことくらいは、俺でさえ知っている。

 晴信に天下を取らせることは、歴史を根本から変えてしまうことと同義であることも。

 信長や家康といった有名処が戦国を台頭する理由もそうだ。乱世を変える、いわば乱世を終わらせるために奔走したからこそ、彼等は歴史の第一役者として名を残している。

 それはまた、乱世に敗れし者が脇役となることを示している。

 晴信はきっと、何かを成し遂げる。何時かは分からないが、そんな気がする。

 だからこそ、主役を引き立たせる唯の脇役として終わらせるのは、勿体ない。

 

 「もし歴史を変えれば、転生前の世は大きく変わる事であろう。

  歴史が生んだ歪みは、時代を追うごとに大きくなってゆく。

  記憶、ましてや存在すら無くしてしまうやもしれぬ。

  元の時代には戻れなくなるやもしれぬのだぞ。それでも良いというか」


 いくら問われたとしても、答えなど変わらない。

 ましてや戻れる確証など、これっぽっちも無いのだから。

 そう思った矢先、背後から俺の肩を組み、男は耳元に語りかける。


 《それで良いのだな、転生者・・・よ》


 何度も言わせるな。

 本物・・の言葉に、俺は強く頷いた。

 俺の表情には偽りも、迷いすらない。

 その言葉に覚悟を見出した幸綱の表情が遂に和らぎ、天を仰ぐ。



 「其方の言葉、訊けて良うござった」



 俺もまた、笑ってみせる。

 きっと幸綱も、それを望んでいたはずだった。

 『例え史実を知っていたとしても、現代人が歴史に介入する事は禁忌である。』

 それは常識が生んだ、一種の暗黙の了解であろう。

 俺が望んだ、幸綱が望んだ世を作ることを、誰もが止める権利も義務もない筈だ。

 

 


 幸綱に背を向け、俺は歩み出す。

 帰還を果たした日と同じ、曇りなき青空。直に、武田へ来て三度目の春を迎える。

 甘利と同じ、俺の中で止まっていた、『運命』という歯車が再び音を立て回り出す。

 その瞬間を、俺は決して忘れはしない。

 


 強かな目を浮かべながら、そう心に決めた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 屋敷に戻ると、若殿は縁側に腰を下ろしていた。

 こくりこくりと、転寝うたたねする若殿の隣に座る。

 じっと横顔を眺めていると、彼女は何かを察したかの様に目を覚ました。


 「あ、すみませんっ、思わず転寝を……!」

 「いや、儂こそ済まない。起こしてしまった様じゃ。

  すっかり暖かくなった故、眠くもなろう。

  若殿、早速だが明日から出掛けるぞ」

 「長旅にございますか、ならばご準備を致しませぬと」

 「いや、違う。儂が行くのではない。儂と其方で(・・・・・)行くのだ」

 「えっ」


 俺はそう告げ、戸惑う若殿の手を握った。



 「儂と共に、駿河に参ろう。若殿」

 「駿河、に?」



 嘗て二人が過ごした故郷の名に、若殿は涙を浮かべ始める。

 よほど嬉しかったのだろう、彼女は間髪入れずに頷くのだった。

 

 俺は以前、晴信に十日間の暇を繰越してもらえるように懇願した。

 それも全て、この時のためである。

 今だからこそ彼女の為に出来ること。

 俺は考え続けていた。心配ばかりかけている彼女の為にできる、最大限の感謝(・・)を。

 寄りかかる若殿に、俺は微笑みかける。

 その時、目前に咲く花に留まる白い蝶が、花弁を蹴り飛び立った。




 小さな体をばたつかせながら、次の花を求める姿。

 春になる度に現れる光景に、俺は息を吐く。




 そうだ。駿河に戻った暁には、あの御方の許へ参ろう。そして、彼女に新しく櫛を買ってやるのだ。

 決意し、俺は天を仰ぐ。



 この曇りなき空を、あの御方も見ているのだろうか。

 いや、きっと見ている筈だ。そうに違いない。

 そう心の中で信じながら、俺は彼女と共に、静かに目を閉じるのだった。

 

 


















 「殿、如何されましたか」


 晴幸おれが暇を出されていたその頃、晴信は板垣信方と原虎胤を呼びつける。

 頼み事があると言いつつ告げられたのは、 領内の昨年の米の収穫量を現地で隈なく調べろというものだった。


 「何か、気になっておられることでも?」

 「どうにも昨年の記録と実際の数が合わぬのでな、念のために現地へ向かい調べて貰いたいのじゃ」

 「は、承知いたしました」


 二人が去った部屋で晴信は頬杖を突く。

 《今までにない出来事》に、眉を顰める。

 何やら不穏ともいえる空気を、晴信は漂わせていた。






 一方、板垣達の動きを物陰から察していた男の存在。

 このままでは時間の問題だと、傍に仕える者は口にする。

 ただ男は言った。『案ずるな、既に手は打ってあるのだ』と。

 




 晴幸(おれ)の村に屋敷を構える金貸しの男、名を松尾泰山・・・・は、背を向け歩き出す。

 それも、何か大きな陰謀を胸に秘める、不敵ともいえる笑みを浮かべながら。










 それは一五四七年、春のこと。

 俺に、俺の村に、過去最大の危機が迫っていることを、俺は知る由もなかった。








 第4章 完


第4章、これにて完結です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました!m(__)m

第5章では、村の金貸しである松尾泰山にスポットを当てた章となる予定です。今までの4章とはひと味違った、ミステリー要素満載の話となりそうです。

今まで明かされなかった松尾泰山の素性が、明らかになります......(ボソッ)




後に総括と称して活動報告を更新しますので、そちらも是非ご覧ください。それではまた、第5章でお会いしましょう。




こまめ

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