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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百五十八話 逃げること、願うこと

お待たせしました、17日ぶりの更新です!


300,000文字突破しました、ありがとうございます( ;∀;)

これからも武田の鬼を、宜しくお願い致します!

 山本晴幸の目覚め。その事実は予想だにしなかった衝撃を生む。

 唯の浪人衆から、主君を救った英雄へと成り上がった男を、称える者。

 傍からそれを耳にする者は、途端に称える側へと身を翻す。

 城内はいつしか、そんな彼の噂で溢れ返っていた。


 

 その様子、まるで流行病・・・のようだと、甘利は周囲の声を遮断するかの如く早足になる。


 もはや此処には、晴幸を侮らんとする者はいない。初めは受け入れようとしない者も少なからずいたが、良い印象を持つ者が多数派へと移り変わっていく過程の中で、留まり続けることへの恐れ(・・)を抱いたのだろう。一日経てば『あやつの凄さには初めから気付いていた』などと、まるで掌を返したかのような言葉を発し始める。いつしかそれが本心であったかのように錯覚してしまう集団心理。こうして、ものの数日で山本晴幸に対する評価は一変してしまったのだ。


 甘利かれにとって()は、さほど気分の良いものではなかった。何処からともなく現れては萬栄する、不思議なことに、それが正しいか否かというのは考慮しない。単に口々に漏れる言葉を伝えたいと、誰もが欲のままに語ろうとすること、其処に本質があり、噂に踊らされることへの不安を生む。甘利はその恐ろしさを他の誰よりも知っていたのだ。


 真か偽か、単純な問いかけすら忘れてしまうのは、人にあるべきさがともいえよう。

 そこに漬け込んでくる者がいるということさえ、分からなくなってしまう。





 「晴幸殿が、目覚めたようにございます」

 「......そうか」

 彼の足が向かう先には、晴信がいる。

 晴信は甘利の報告(・・)に応ずる様子を見せることなく、今朝方届いたという書状に目を落とし続けていた。その様子を、甘利は一言も発することなく見続ける。


 晴信は既に、次の一手を考えている。砥石城の一件からというもの、彼の心情に少なからず変化が生まれていた事に、甘利は気付いていた。

 己の信念を貫き臆せず、されど分別を持ち、自ら茨を進まんとする。その目に燃え続けているものは、今も変わらない。

 信虎の許に居座っていた頃とは違う。

 凛々しくなられたものだと、甘利は一礼し立ち上がった。



 

 

 「逃げるのか」




 その時、晴信の言葉が耳に刺さる。

 身体が微かに反応し、心臓が大きく鼓動を打つ。

 甘利は即座に振り返る。晴信は睨みを利かせた眼で、甘利の表情を捉えていた。



 「殿?」

 「晴幸が目覚めたことは既に知っておる、既に近辺で噂立っておろう。甘利、其方が此処に参ったのは、それを儂に伝え申すためではない。違うか?」

 「そ、それは」

 「備中守(・・・)のことを、儂に訊ねたかったのではないのか」


 問いに、甘利の表情が壊れた。

 何故、そのような表情をなさる?

 目前の男が見せる鋭い眼光に、甘利の手は震え始める。

 全身に寒気を感じ、その場から動けなくなる。

 反応から全てを察した晴信は脇息に肘をつく。



 甘利は忘却に努めようとしていた。

 それでも盟友を亡くしたという事実は、甘利を縛り続けている。

 葬り去ることが果たして正しい行為といえるのか、何処に進むべきか分からなくなり、遂には己を疑い始めた甘利が行き着いた果てが、晴信ここだった。


 問いかけることを拒んでいるのは、最後の砦を壊されることを恐れているから。

 此処で逃がせば、二度と備中守に対する未練を晴らすことは出来ないだろう。

 それを甘利自身に問いかけること。それは晴信にとっても、相当な覚悟を要するものであったことは事実。


 酷だと知っていても、訊ねなければならない。

 忘れたくても、決して忘れさせてはならない。

 何故ならそれが、上に立つ者として任せられた役目であるから。


 騙せるはずがない。何年(どれほど)共にいたと思っている?

 そう言わんばかりに、心に鬼を宿す晴信は今一度問うのである。





 「其方は逃げるのか。答えよ、甘利」









 《晴幸の屋敷》


 若殿の許へ戻り、一日が経つ。

 俺は木製の杖を手に縁側に腰掛け、雲なき冬空、乾いた空気を吸い込み、思案に耽る。穏やかさの戻った生活。その中で唯一変わってしまったことがあるとすれば、五体が自由に動かせなくなってしまったことぐらいか。

 「晴幸殿」

 そんな俺の隣に座る若殿。表情は殊の外晴れやかである。

 こうして何気ない時間を共に過ごすというのも、俺にとっては久方振りのことであった。


 「若殿。儂がいない間、寂しくはなかったか」

 「はい、菊様が時折此処へ来てくださったので。ただ……」

 「ただ、何だ?」

 「い、いえ!何でもありません!」


 追求する暇も与えず、若殿は近場の畑へ行くと部屋を去る。

 若殿が言いかけた言葉がどうにも気になったが、一人になった俺は再び空を見つめる。澄んだ青に、俺は微かな解放感を覚えた。

 


 

 あの日(・・・)も、こんなふうに肌寒い日だったな。



 ふと脳裏に浮かぶ、微かな《前世》の記憶に、俺は口を噤んだ。 

 この時代に来てからというもの、命の危険が迫る度、幾度と思い出しては足掻いて来た。生きることが当たり前だと思えた時代に、俺は思いを馳せる。




 《あの時代に、帰りたいのか?》




 不意に浮かぶ疑問。

 記憶さえ曖昧な時代に、俺の居場所があるとは限らない。

 そもそも帰る方法さえ見つからない現状では、意味が無いことは分かり切っている。



 せめてこんな日々が続けばいいと願うのは、無駄な願いだろうか。



 肌を通る冷たい風に、俺は目を細める。

 きっとこの先も変わらず、人と人が殺し合う時代は続く。

 己を恨むことさえできない。そもそも、殺し合いに身を投じることを決意したのは俺の方である。

 悩んだとて仕方ない。これも俺の運命さだめだ。





 「晴幸様は居られるか」

 玄関先から聞こえた男声に、俺は返答する。

 杖を突き、男の許まで辿りつくまでに少々時を要した。

 


 「おお矢沢殿か、如何した」

 「晴幸様の容体を診て参られよと義兄上に頼まれ、参上致しました」

 「それは忝い。上がってくれ」

 「は。実は私の他に、もうお一方おられますぞ」

 「そうか。わざわざ儂の為に、申し訳ない」



 俺の許へ現れた矢沢綱頼、ともう一人。

 其の男は、綱頼の背後から、ゆっくりと姿を現す。



 「甘利、殿?」


 そこには、真剣な眼差しを浮かべ俺を見つめる甘利の姿があった。



甘利の決断

第4章、残り3話

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