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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百五十七話 言葉、さすれば

 それから五日が経つ。俺の身体は既に、支えを用いて歩けるほどには回復していた。

 多少左足の動き辛さが残ってしまったが、全身を強打し背骨を折った割には脅威的ともいえる回復力である。

 作兵衛は早速晴信の許へ行く事を提案するが、俺はその前に向かいたい場所があると口にする。

 「作兵衛、幸綱殿は何処にいる」

 「矢沢殿と共に、塚原様に剣の指南を受けております」

 綱頼殿も受けていたのは想定外だったが、概ね予想通りだと、俺は作兵衛に縋りながら立ち上がった。


 幸綱は何かにつけ、剣の腕を磨いているように思える。

 純粋に生き残るための武器を、剣に見出しているだけなのだろうか。少なくとも俺にはそう思えなかった。言うなれば彼に関する何かを払拭(・・)する様な行為に、俺は不穏な感情を抱かずにはいられなかったのだ。


 俺は作兵衛の支えを受け城を出る。牛歩の如く歩みながら、佐久間は俺に声を掛けた。


 「晴幸様、一つ私めの御話を聞いてくだされ」

 「話だと、何の話だ」

 「幸綱様と甘利様の事にございます。晴幸様にお伝えして欲しいと、幸綱様が」


 そうして佐久間の口から発されたのは、幸綱と甘利のこと。

 高松を守れなかったと首を垂れる幸綱に、甘利は呆然と彼の話を聞いていた。

 幸綱は懐に手を忍ばせ、束ねられた髪を甘利に渡す。形見だと言う幸綱に甘利は全てを悟る。

 俯く幸綱を前に、彼は目に涙を浮かべ、『さぞ幸せであったことだろう』と口にしたという。


 「『幸せであった』、か」

 「幸綱殿にも問いかけたのですが、あの方もその真意が捕えられなかったと申しておりました」


 ()だと、そう言い掛けて思い留まる。口にすることは、禁忌(・・)に触れることと同じだ。

 例え甘利が意味を教えなかったとしても、彼のスキルならば容易に知ることが出来た筈である。やはり何かしらの言えぬ理由があるのだろうか。

 



 《それを知ることこそ、御主の役目であろう?》




 「何だと?」

 「如何されました、晴幸殿」

 「あ、いや、何でもない」


 微かに響いた声。その正体を知る俺は目を細める。

 そうだ、同じ価値観を持った、同じ境遇を辿った者として知らねばならないのは俺の方だ。

 御前はいつも、肝心なことは教えてくれないのだな。


 幸綱はきっと、甘利の言葉を真に受け入れることができなかったのだろう。

 信じられなかった、いや、信じようとしなかったという方が正しいか。

 幸綱自身が、その意味を知ることに何かしらの恐れ(・・)を抱いているのだとしたら?


 



 「己の死に場所を見つけられたこと、それこそが甘利様の申す幸せ(・・)そのものなのでしょうな」




 作兵衛の言葉に、俺はふと目線を上げる。今にも降り出しそうな曇天の空に、白い息が消えてゆく。


 「作兵衛、其方は戦場で死にたいものか」

 「私は元より武家の出ではございませぬので、戦場で朽ち果てるなど、そのような考えは抱きかねますな」

 「......儂は、死ぬのが怖い」

 「私もでございます」


 手が震えている。それは寒さのせいか、それとも。

 左足を引きずる俺の目には、彼の強かな表情が映っている。

 強いな、この時代に生きる人達は。



 佐久間の言葉こそが、真理なのやもしれない。その言葉に隠れているのは、一種の搾取(・・)であろう。

 死ぬことに空虚な価値を覚えざるを得ない、そんな時代に価値観を押し付けられ、どうしようもなくなってしまう。


 俺たちにとっての倫理も常識も通じない、そんな時代で生きる為に必要なこと。

 死ぬことに誇りを覚える、幸綱も俺も、その幸せを理解できるはずがない。

 それでも、理解するしかないのだ。

 それが、同じ価値観を持つ、残酷ともいえる俺達の運命(さだめ)なのだから。

 






 「着きましたよ」

 我に帰ると、そこには久方ぶりの光景が広がっていた。刈り取った稲穂の跡が目立つ田畑の中に立つ一軒の屋敷に、俺達は足を踏み入れた。


 門を抜け、庭に立つ一人の女性に、俺は遠方から声をかけた。

 

 

 「......晴幸、殿」


 彼女は目を見開き、驚いた様子を見せる。

 信じられないというように、目に涙を浮かべ始めた。

 俺は彼女に対し、頬を緩める。



 何もかもが未熟な俺にはまだ、知らねばならない事も、考えねばならない事もあるだろう。

 でも、今だけでいい。

 今だけは、忘れさせてほしい。

 




 「只今戻った、若殿」




 微かに見えた、雲の隙間。

 光明に照らされ、俺は高らかに、そう口にした。

第4章、残り3話

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