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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百五十五話 幻想と、望んだ世界

 長い幻を見ていた。

 それは何事にも代えがたい程に眩しく、温かな幻想だった。


 目前に広がるは、夕暮れの赤が生えた草原地帯。

 戦場そこに立つ俺は、無数の死体に構わず歩き続ける。

 手には血に濡れた刀。身体中には傷があり、進む度に鋭い痛みが襲う。

 それでも歩み続けるのは、決して己の意思による行為ではない。

 己の内に蠢く衝動的な何かによって、俺は突き動かされている。


 時折目に映るのは、四つ割菱の旗差。

 俺は痛みを堪えながら、察していたのだ。

 立ち止まってしまえば、痛みを感じなくなる。

 地に伏せる者達と、同じ・・になってしまうと。



 血だまりに足を取られながらも歩み続け、遂に人影を捉える。

 「何者だ」

 地に屈み、遺体に手を合わせる一人の男。俺は一度問い掛け、その正体に気付く。

 此処に居るはずがない、居てはならない男。

 彼には俺が見えていないのか、一心に地を向き続けている。

 死体から滴る血溜りを眺め、男は小さく呟いた。



 「儂が、終わらせてみせる」




 途端に俺の身体は一瞬の浮遊感に襲われる。我を取り戻すと、俺は屋敷の縁側に腰を下ろしていた。

 俺の右隣には若殿がいる。太陽は真南に上り、春の陽気に包まれた世界。

 「晴幸殿、見てください!綺麗ですよ!」

 若殿は庭に咲く花に、笑みを零す。


 突然の出来事に、俺は惑う。ただ温もりをこの手で触れ、この耳で聞く。

 《争いのない世の訪れ》と共に、身体の傷は少しずつ原型を無くしてゆく。

 時代柄に似合わぬ感情を抱き、俺もまた頬を緩めるのだった。



 俺は気付いていた。

 ああ、これは全て、俺自身が望んだ世界。

 俺はずっと、を見ていたのだ。



 強かさを以て生きることを強制された人間が、唯一恐れていたこと。

 夢であったと気付くことも、夢だと知らずに笑うことも、何方にせよ残酷には違いない。

 ならば、覚めないでほしいと願うのは人間として当然の感情である。



 俺は何も言えなかった。

 口にすれば、全てが崩れてしまう気がした。

 これは全て、身体と乖離した意識が作り出した想像の世界に過ぎない。

 時が経てば経つほど、意識と身体の距離は縮んでゆく。

 俺が自分の意思で動けば動く程に、俺は自分自身の世界を維持し続けられなくなってゆく。


 我を取り戻した瞬間から、決まっていた。

 己の意思で動けば、繋がってしまう。

 彼女の横顔を眺めながら、喉に詰まる言葉が脳内をから回る。

 



 いや、違う。

 これでいいんだ。


 いつかは覚めなければならない。それが夢というものである。

 俺は静かに息を吐く。現実から目を背けることが、どれほど罪深く苦しいものか、今の俺なら身に染みて分かる。


 俺は戦場に生き、いつかは戦場に身を埋める運命さだめなのだ。

 それがつわものの宿命だとしても、俺は決して逃げはしないと、そう決めた。

 その分、いつかは終わる日常を、大切にしていかなければならない。

 


 「如何しました?晴幸殿」

 若殿は漸く、俺の方を向いた。

 これまでと一切変わらぬ、純粋な眼差しを見せる。


 ああそうか、彼女は本物の若殿ではない。

 彼女は、虚構が作り出した幻想。夢が具現化し、俺に告げているのだ。

 今が、覚め時なのだと。


 真剣な眼差しを浮かべ、俺は彼女を見つめる。

 当に覚悟はできている。

 拳をぐっと握り、腹の底から声を出した。





 「わかどの」



 その瞬間、世界は音を立て、崩れ始める。






 空が一瞬にして黒に染まり、屋敷が燃え始める。

 矢が飛び交い、男達の怒号と金属音が鳴り響く。

 世界は再び、夕闇の更地へと姿を変えてゆく。

 気付けば、俺は再び鎧を纏っていた。


 立ち上がった俺の腕を掴む感触。

 振り返ると、若殿の着ていた着物だけが、其処に残されていた。


 「若殿……っ」


 その時、前方から突風が吹く。思わず目を閉じる俺の前に現れたのは、一匹の馬に跨る男。

 松明の火に照らされた《武田晴信》は俺を見下ろしたまま、頬を緩めている。


 「殿」

 「乱世が終わるぞ。晴幸」


 周囲は炎に包まれる中で、取り残された二人。

 強かな笑みを浮かべる晴信は、徐々に炎に取り込まれ、姿をくらませる。

 思わず走り出した俺は、再び激しい浮遊感に襲われた。


 「……っ!?」


 同時に、世界が回り始める。

 自我が白く塗り潰された世界に溶け始める。

 色や音、感覚さえも奪われてゆく様子に、俺は危機感を覚える。

 夢だと知っていた筈なのに、抗えなくなることが怖かったのだ。


 晴信

 晴信


 それでも、世界は俺を喰らう事を止めなかった。

 抵抗も空しく、叫ぶ気力をも奪われた俺は、遂に項垂れる。

 ゆっくりと、されど確実に、俺という存在は底のない暗闇へと吸い込まれていった。





 

目覚めた先に待つものは

すみません、第4章、もう少し続きます。

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