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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百五十四話 本音、慈悲

 巧くいくはずだった。あの男・・・に、全てを狂わされるまでは。

 「久兵衛様!味方の兵、既に半数を切っております、御指示を!!」

 己が家臣の言葉に、政信は拳を握る。

 同時に心の中で、己に与えらえた運命を呪った。

 

 「……もうよい、」

 「……久兵衛さま?」


 図らずとも政信の口から漏れたのは、胸に秘め続けていた本音・・であった。仲間の躯を前にして、政信は遂に采配を振るう事を止める。

 変化を悟る晴信は戦況を睨む。政信の姿は見えずとも、彼には分かる。

 

 再度降り始める雪は、触れる度に泡沫の如く消えてゆく。

 晴信は静かに、曇天を見つめた。


 「……賢明じゃな、政信。甘利、其方に一つ任せてもよいか」

 「……?」


 晴信は彼に囁いた後、後方を向く。

 一寸先の暗闇を見つめたまま、彼は白い息を吐いた。

 その時、後方の叢から密かに現れた男達に目を向けるや否や、静かに微笑む。




 「其方の仕業か、矢沢綱頼」



 先頭に立つ矢沢綱頼は、深々と礼をする。

 同時に本隊の後方に迫る敵は、奇襲・・によって壊滅状態だと告げる。

 それはまさに、作兵衛の言葉通りであった。

 



 「大儀であった、其方は儂を守ってくれた、正真正銘の武田家臣じゃ。

  儂は先に甲斐へ戻るが、褒美を渡す故、

  其方は帰陣の後、晴幸と共に儂の許へ参るがよい」

 「は……」

 

 晴幸は綱頼の傍を通る。誰にも悟られぬよう、晴信の周りに位置していた数名の重臣と旗本を連れ、彼は手綱を引いた。

 晴信の姿が闇に溶けた途端、深く息を吸った甘利は、高らかに咆哮する。




 「皆の者!!ここまでじゃ!!武器を仕舞え!!」



 天に轟く声に動きを止める者達。甘利は顎を引き、政信の姿を捉えた。

 「甘利殿、如何為さいました」

 晴信とのやり取りを知らぬ男達に問われるも、甘利は答えなかった。

 寒さに凍る息、甘利の身体は少しずつ熱を帯びてゆく。



 

 「一時は我々を追い詰めたな、若くして対したものよ!

  しかし我が殿は、端から其方を殺すつもりはなかったと仰せであった!

  政信殿、其方も同じであろう!殺す気などなかった、故に抗う事を止めた、違うか!?」


 「久兵衛様っ……それは誠にございますか……!?」

 周囲の反応に戸惑いを覚えながらも、政信は黙り込む。

 一方で、甘利は己の為すべきことを一心に考えている。

 晴信から任せられた頼み事。それは政信に対し、選択・・を迫ることであった。



 「殿は直々に、其方を一家臣として迎えたいと仰せである!

  もし参られた暁には、それなりの褒美を用意致すとも!

  無論、報酬に不満ならば去っても構わぬ!さて、我々と共に参るか、義清殿の許へ参るか、其方が決めるのじゃ、大須賀久兵衛政信!!」



 突然の言葉に、村上勢は更なる動揺を生んだ。

 あまりに予想外ともいえる言葉に、政信は眉間に皺を寄せた。

 その傍らで、板垣は甘利の言葉に思考する。


 (晴幸が来る以前に言われたとしても、奴は何も思わなかったのであろうな)

 そもそも晴信が彼等を仲間に引き入れたいと思ったのは、何時からだろうか。少なくとも早い段階で、政信の素質を見出していた筈である。

 そうでなければ、あの状況で甘利に調略の役目を任ずる筈はない。


 それに家臣に頼むというのも、板垣にとっては些か納得がいかなかった。こういったことは、本人がせねば納得がいかない性格だと思い込んでいた為である。だが少し考えれば分かる事であった。あくまで己が《そう思い込んでいただけ》であって、本当のところは間違っていたのだ。


 甘利に任せ、晴信は去る。その際に晴信は甘利に対し、最も重要な事を伝えなかったのだ。現に甘利はそのことに言及しなかったのではなく、言及が出来なかった。

 真に引き入れるつもりならば、この場で口にする方が得策であると、晴信も甘利どちらも知っている筈である。それも全て、晴信の策の内なのだろう。


 《知りたくば我らの許に参れ》

 晴信が姿を眩ませた今なら、政信にもこの状況が理解できているはずである。




 「……慈悲の心を生んだか、晴信殿よ。左様。これは全て、我が殿の御意向じゃ。

  元を辿れば、かの夜襲は我等とが武田と縁を結ばせることが目的であった。それが無理であらば、多少の損害はやむを得ぬと思っておったが、逆に我々の方が多大な損害を被ることになろうとはな。

  士気を保たせるため、多くの味方にも偽りを申し続けていた訳だが、もはや意味は無かった様じゃ。

  其方に聞く。それでも、我々と縁を結び直すつもりはないというか」


 政信の言葉に甘利は応じない。ただ、言葉にせずとも伝わっている。

 それは、武田家にとっての宣戦布告・・・・

 いわば、真っ向からぶつかり合う為の挑発である。


 冷風が身を震わせる。依然変わらぬ状況に、政信は諦めの色を見せた。

 鋭敏な視線を向け続けたまま、政信は語る。


 「……否、晴信殿が此処に居らぬのでは、応えられる訳も無かろう。

  晴信殿に伝えよ。我々に情けなど無用であると。

  其方等の望み通り、此処を去ろう」


 そう言い残し、家臣に呼び掛け、政信は彼等に背を向ける。

 未だに動揺を隠せない男達は暫く呆けていたが、状況を理解した途端に、政信の許へと走り出した。






 「……此れで良いのですか?甘利様」

 「案ずるな、逃がしたところで大事ない。

  彼方側は依然、我々と縁を繋ぐつもりでいると申したであろう」

 「し、しかし、殿にその御積もりがなければ意味は……」

 「気が変わればの話じゃ。選択・・が増えるというまでの話よ」


 甘利は真剣な眼差しで敵を見送る。

 これも全て晴信の言葉あってこそだと、彼は思い直すのであった。

 


 「思うたよりも手こずったな」

 そう言い、板垣は刀を鞘に仕舞う。

 同時に、何処かほっとしたような面持ちを見せていた。

 作兵衛も同様、最小限の損害で事が済んだことに、隠し切れずにいる。

 ただ、一つだけ心残りがあるとすれば、彼等・・のこと。

 


 「幸綱殿……!」


 途端に耳を刺す声に、全員の目が向く。

 草木を掻き分け、雪の中を現れたのは、傷を負った真田幸綱。

 そして、彼に背負われた山本晴幸である。


 「……ようやく着いたか」

 「幸綱殿、御身体は!?」

 「大事無い。ただ、こやつは傷を負っておる。

  甲斐に戻り次第、すぐさま治療して貰いたい」



 晴幸は、彼の背中で静かに眠っている。

 穏やかな表情で呼吸する様子に、皆が安堵の表情を浮かべていた。

 本隊の危機を救った、救世主。

 降り続く雪の中、それは山本晴幸おれという男を、初めて皆が認めた瞬間であった。



次回、帰還。


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