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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百五十三話 駆け引き、対面

 その一方、武田本隊と村上勢の攻防は熾烈を極める。

 此方側の優勢には違いないが、作兵衛にとってそれは問題ではない。

 敵側がどれほど耐えうるか。それこそが今の彼にとって、最も重要な議題であった。


 (頼綱あちら側も巧くいっている筈だ。直に此処へ着く頃合いだろう)

 そう思いながらも、何処か不安・・を拭い切れていないことを、作兵衛は自覚している。

 新雪を踏む度に鳴る乾いた音を小さくしようと努めながら、叢を伝い、本隊の後方へと向かう。戦火の飛ばぬ場所で戦況を見守っている男を目にし、作兵衛は走り寄った。


 「只今戻りました」

 「大儀であったな、作兵衛。晴幸は如何した」

 「は、晴幸様は少しばかり傷を負っています故、安全な場所で治療を行っております。本隊ここへ戻るには、些か時が必要になるかと」

 「そうか。此方こちらはそう時はかからぬ故、早く直せと申し伝えておけ」


 無茶を言うものだと、作兵衛は苦笑する。

 いや、元々晴信がそういう人間であることは、十二分に理解していた。


 (晴幸様。どうやら此方は、そう長くは持ちませぬ。)

 表面では笑顔を取り繕いつつも、内心は鋭い睨みを利かせている。

 晴幸が一刻も早く此処へ戻ってくるよう、作兵衛は願うばかりであった。











 (何故、こんな場所に……)

 俺は平静を保ったまま、敵兵を睨む。

 目前に立つ、十数名の(つわもの)たち。

 どうやら俺の馬に矢を射たのも、彼等の仕業のようだ。


 「負傷しておる様だが、如何する、捨て置くか?」

 「ならば、儂が止めを刺しても良いか?」

 「待て。手柄を占めるつもりならば、黙って見ておくわけにもいかぬ」


 男達が語り合う最中、俺はその様子を黙ったまま見つめ続ける。

 ゆっくりと浮かび上がる数字に、俺は視線を移した。



 十人(推定)ノ平均値


 セントウ  一一六七

 セイジ   八五九

 ザイリョク 七五八

 チノウ  八三二



 ステータスを確認した俺は俯き、思考する。

 考えろ、如何すればこの状況を打破できる?

 こいつらのステータスは、特別高い訳ではない。

 だが仮に動けたとしても、この人数を一人で相手するのは厳しいだろう。

 

 俺は首を振るう。駄目だ。できるはずが無い。

 そもそも人を殺せない奴に、相手など務まる筈が無いことは自明だ。

 雑念に似た思考が混じってしまうのは、身体中の痛みが膨れ上がっているせいか。

 



 俺は息を吐く。

 やはり、元から方法は一つしかなかった。

 山本晴幸という男が、最も得意とする分野。





 「ふ、くくく……」


 突然笑い出す男に、敵兵達の会話が止まる。

 俺はゆっくりと顔を上げる。

 この状況には不相応な、苦しさの混じる笑みを浮かべていた。



 仕掛けるか、此処で。

 俺に残された、唯一の砦ともいえる打開策。

 


 戦略的駆け引きで相手を揺さぶる。

 言うなればそれは、話術を用いた欺瞞(・・)である。





 「……儂を殺したところで、利など一つもない。

  儂を殺せば、矛先は其方等の方に向くことになろう」

 「如何いう意味じゃ……」

 「そのままの意味よ。儂が敵兵の往来する中で、一人山中を駆け回る馬鹿だと思うか?」


 俺はゆっくりと、骨の折れた左腕を広げてみる。

 激痛を伴いながらも、俺は表情一つ変えずに語り続ける。


 「今、儂の背後には二十もの精鋭達が息を潜めておる。

  儂に指一本触れたものなら、其奴らは黙ってなどおれまいよ」

 「ふっ、それは誠なものか。熊次郎、ちと確かめてこい」

 「は、」


 熊次郎と呼ばれた男は、俺の背後へ向け歩き出す。

 傍を横切った瞬間、俺は俯き様に言い放った。



 「良いのか?儂よりも後ろに立った途端に、其方の身体は《蜂の巣》になるぞ」



 一回り大きな声を上げる。途端に、彼等の動きが止まった。

 立ち止まったまま睨みを利かせる熊次郎に、俺は横目でほくそ笑む。


 さあどうする、このまま引き下がるか、構わず通り越すか?

 無論、全てハッタリだ。しかしながら、彼らの惑う姿に俺は悟る。

 人間は疑心の種を植え付けておけば、動けぬ生き物なのだと。

 


 「其方等は見る限り、村上家でもかなりの地位に就く者だと思われる。

  地位も名誉も、一度死ねば全てを失ってしまうぞ?」

 「……っ」



 動きが完全に止まった。

 それを悟った俺は、内心期待していた。

 このまま俺を見逃し、去ってくれるはずだと、そう信じてやまなかった。


 そう。彼らの背後から、

 予想外の一言が飛び出すまでは。







 「案ずるな、近辺に伏兵は一騎たりともおらぬ」







 途端に、表情が壊れる。

 声の先にいるのは、馬に跨った一人の男。

 男達の背後から現れた男は馬を下り、俺の方へと歩み寄った。


 「お、お待ちくだされ!」


 男は構わず、俺の背後へ立つ。

 しかし、何も起こらない。

 男達は沈黙の最中、その様子を注視していた。


 当の俺も同じ。我を忘れたかのように、呆然とその場に佇んでいる。



 「やはりそうか、その眼帯、頬の傷、そして皆を騙す巧みな話術。

  お主、武田家家臣、山本晴幸殿として間違いないな」

 「っ!?」


 男は横目に、俺を睨んでいる。

 理解が追い付かない。なぜ晴幸おれの事を知っているのか。


 「其方ならば、仲間・・を救いに来てくれると信じておった。

  会いたかったぞ、晴幸殿」


 もしや、この男は

 俺は歯を食いしばり、睨み返す。


 「村上……義清……っ!!」


 


 気付いた、いや、気付いてしまった。

 俺の元に現れたのは、敵側の総大将。

 その正体は、俺、幸綱と続く、第三の転生者(・・・)

 義清は兜越しに、優し気な笑みを浮かべている。



 「幸綱は何処だ、御前は幸綱に、何をした……っ!!」

 「まあ待て。此処で話すには些か場が宜しくない・・・・・・・事は、其方にも分かるであろう」


 男達は、二人のやり取りに目を奪われている。

 その様子を横目に、義清は屈み、俺に耳打ちする。


 「……安心せい、幸綱殿は生きておる。儂のチカラで城外へと逃がした。

  それにしても人というものは、心底恐ろしいな。

  幸綱殿は己のチカラに慢心し、かえって痛い目を見たのだ。

  まあ、全ては其方を誘き寄せる為のだった訳だが、あやつは微塵も気づいていなかったな」


 幸綱は、晴幸の居場所を決して公言しなかった。

 今になってその理由がはっきりしたと、義清は立ち上がる。


 「かの城はくれてやる。まあ、既に燃え尽きてしまっただろうがな......

  ああそうじゃ、怪我をさせてしまった事は謝らせてくれ。

  単なる足止めのつもりだったが、ここまで大事になるとは思わなかったのでな。

  其方とはまた会う時もあろう。その機に、元気な姿を見せて貰いたい。

  この国の行く末を知る者同士、力を合わせ、共に日本ひのもとを動かそうではないか」

 「日本ひのもと……だと?」



 そう言い残し、彼は振り返る。

 義清は微笑みながら、戸惑う家臣に声をかけ、闇に向かい歩み始める。





 「お待ちくだされ、殿っ!!

  先程の話は一体、あの者とは如何なる関係で」



 「忘れろ」




 そう言い、ぱちんと指を鳴らした瞬間である。

 男達は一斉に目を見開き、立ち止まった。



 「私は、何を......」

 


 義清もまた立ち止まり、振り返る。何もなかったと、彼はそう口にした。

 己が置かれた状況を把握するように、自身に問いかけるような仕草に、義清は可笑しさを覚える。


 記憶を操作するチカラで、彼等の記憶から今までの数分間の記憶を抹消する。これでのことは、私以外の誰も覚えていないことになる。


 


 転生者同士、利害は一致している筈だ。

 これで良いのだろう、晴幸殿。












 「待て、待て……!」


 去り行く背中に叫び続ける俺は、突然の眩暈に襲われ、その場に倒れてしまう。

 同時に、今までの疲労が一度に押し寄せてきた。

 どうやら、無理をしすぎたようだ。



 早く、早く晴信の許に戻らなければ。

 でも、幸綱は?

 幸綱は、何処にいる?




 曇天から再び、雪が散り始める。

 地に溶けゆく雪に、俺は白い息を吐く。

 何故だろうか、異様に眠い。

 ここで眠れば、俺は死んでしまう様な気がする。


 (まさか、本やドラマじゃあるまいしな)

 

 頰に伝わる冷たさに、ふと笑みをこぼした。

 その時である。





 「全く、何をしておる」




 耳に残る、低く通る声。

 今度こそ、その声には聞き覚えがあった。



 「ようやく戻ってこれたと思えば、みっともないのお。早う立て、晴信が其方を待っておるぞ」

 「……五月蠅い……分かっておるわ……」



 ぼやけた視界の中で、影を見る。

 これは、幻覚だろうか。


 分かってる。助けて欲しいだけだ。

 だからこそ、救世主として現れた幻覚を見ているに過ぎない。

 所詮、俺は一人では何もできない人間だと知っているから。

 

 俺の事は、誰よりも俺が分かってるつもりだ。

 だから、晴幸(・・)よ。

 こんな俺を惨めだと、笑ってくれ。




 身体が宙に浮く感覚。

 視界が暗闇に包まれてゆく。

 一文字ずつ乖離する、文字の羅列。


 幻想は、少しずつ化けの皮を剥がしてゆく。



 「何だ、寝ぼけておるのか?全く」

 俺の前に立つ男。その正体に気付き、俺は歪んだ笑みを浮かべる。

 仕方ないと、彼は俺を背負うや否や、前を向いた。



 「幸、綱」

 「帰陣まで死ぬでないぞ。転生者(・・・)よ」

 そこに現れた真田幸綱ほんものは、俺を睨む。

 痛みに気絶する事も出来ない俺は、彼の背中に寄りかかった。


 《今だけは、身をゆだねさせてほしい。》

 その言葉が、幸綱かれに届いていたかは定かではない。

 ただ幸綱が、重い足取りで歩き続けている事だけは、理解出来ていた。

 

 


第4章、残り三話

次回、帰陣

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