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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百五十二話 本音と、痛み

2018年8月25日 武田の鬼 第1話投稿。

それから1周年、応援ありがとうございます!(^^)

これからも宜しくお願いします!!


 「……御言葉ですが、晴幸様。これ以上、重臣として身勝手な振舞いを為されるのは、言語道断にございますぞ」

 男達の怒号が山中を木霊する中、草履越しに伝わる冷たさに、微かな身震いを覚えた。

 《怒り》。感情という部類の中で、他者に影響を及ぼしうるものの一つ。

 当に今、俺は目に見えぬそれ・・を目の当たりにしている。


 まあそうだろうな。同意を得られようとは、端から思ってなどいない。寧ろ作兵衛は、俺の身勝手な行動から目を逸らしてくれていた方だと思っている。

 俺は作兵衛が発した言葉の裏側にある真意を捉えつつも、己の行為を否定しようとはしなかった。

 

 今回は許されようとも、次こそ許されない可能性が高い。そんなことは百も承知だ。

 そもそも晴信は幸綱の身を案じてなどいない。本隊を離れ、砥石城に向かったことが知られた時点で、罰則ペナルティは免れないだろう。だからこそ、晴信に知られる事無く行動する必要があった。

 ただ今から砥石城へ向かうとなれば、帰陣までに本体との合流を図れるとは到底思えない。幸綱を救うには、利点メリットよりも欠点デメリットの方が多いと作兵衛かれは言いたいのだ。

 それでも俺は、歩みを止めようとはしなかった。


 「許せ、作兵衛」

 「なりませぬっ、晴幸様!!」

 馬を引きつつ、叢へと歩を進める俺を作兵衛は追う。

 腕を掴まれた俺は、振り返ることなく言い放った。


 「何を申そうと、儂は儂の考えを変えるつもりはない。」

 

 作兵衛は驚嘆し、思わず腕を放す。

 俺は直ぐに目を細め、己を悔やむ。

 誤魔化しなど効かないと、端から知っていた筈なのに。


 「何故、其処までして……」

 もはや、無駄だ。

 俺は遂に振り返る。

 

 



 「……奴は、儂と同じ、未来・・から……」





 そう言った途端に、《見えない力》が俺の身体を潰し始める。

 鋭さを増す痛みに耐え、悟られぬよう拳を握り、微かに歯を食いしばった。


 「みら、い?」

 俺は必死に首を振るう。本当は、建前など要らなかった。

 《本音を語ることのできない身体》だからこそ、建前に縛られる俺は苦しんでいる。



 「……奴は儂と、同じ境遇を辿った・・・・・・・・、仲間だからだ……っ!」




 途端に、痛みが嘘のように消える。汗が頬を垂れ、肩を上下させながら息を切らす俺は、俯きがちに作兵衛を睨んだ。


 理由、そんなものは至極明快である。

 あの男は、何百年という未来から飛ばされた、俺と同じ境遇を辿った初めての仲間。故に失いたくはない。それは、この時代へ来て二度目・・・の感情だった。

 


 「……晴幸様」


 作兵衛は俯く。

 晴幸かれの中に芽生えた変化。それを察した作兵衛の中に、少しずつ現れ始めたもの。決して心変わりなどしないと、そう決めていた筈だった。

 どれだけ御人好なのだと、己を恨む。そんな事すらも、惨めに思えてしまう。

 


 作兵衛は遂に、深く息を吐いた。







 「行って下され」

 「さく、べえ……?」

 「私が時を稼ぎます。晴幸様、必ず帰陣までにお戻りください」




 俺は目を見開き、作兵衛の顔を見る。

 そこにあるはずの、失望に塗れた感情。

 彼が俺に見せていたのは、予想とは真逆・・の表情だった。

 「御急ぎ下され!!」

 叱責に似た作兵衛の言葉。決意を露わにした表情に、俺は遂に微笑む。



 「……忝い、作兵衛っ!!」

 作兵衛は、手にしていた松明たいまつを俺に渡す。

 俺は松明を片手に、年齢に似つかわない身軽さで馬に乗り、全速力で駆け出した。

 



 これで、良かったのだ。

 作兵衛は、暗闇に溶ける後ろ姿を目で追う。

 口を噤み、彼は自身の言葉の数々を、脳裏で反芻する。

 晴幸を前に俯く作兵衛は、晴幸と初めて出会ったあの日の事を思い出していた。

 彼にとって、先程の言葉は全て《正直に語った》故の産物である。



 そうだ。儂は、《次々に筋書きを壊してゆく晴幸様の生き様》に、心惹かれたのだ。




 百程の手勢を相手にする程の短時間の間に、幸綱を連れ戻る。

 誰もが十中八九無理だと決めつけるだろう中で、彼だけはやり遂げてみせる。

 それが、山本晴幸という男なのだと。




 作兵衛はふと笑みを零し、ゆっくりと振り返る。

 一瞬の平穏もつかの間、其処に広がるのは血にまみれた男達による、惨たる光景。


 「私は信じておりますぞ、晴幸様」

 作兵衛は腰刀に手をかけたまま踏み出す。

 視界が徐々に明るくなる。

 少しずつ、狂った世界が近づいてゆく。












 雪を被った木の枝が頬に当たる。頬が切れ、血が垂れる。

 それでも俺は、速度を緩めようとはしない。

 作兵衛の言葉を、ここで無碍にしてはならない。


 風で松明の火が消えてしまわぬよう、俺は身体の前に火をかざす。火は自分の身体側に壁を作る方が消えにくいと、何かの記事で読んだことがあったのだ。

 振り落とされそうな速度で走る俺の目は、唯一点を向いている。

 遠方で未だ燃える、砥石城の姿。


 「もう直ぐだ……幸綱……!!」

 そう呟いた途端






 聞き覚えのある声が、頭の中に響いた。







 突然、馬が甲高い声を上げる。

 「っ!?」

 突然の事に驚く俺は、気付く。

 一本の矢が、馬の身体に刺さっていた。



 暴れる馬に放り出され、俺はそのまま地面に叩き付けられる。

 鈍い音を立て雪の中を転がる俺は、木の幹に勢いよく身体を打ち付けた。





 「痛……っ」

 あまりの痛みに声が出せない。

 頭を打ち、兜の破片が其処等に落ちている。腰刀の鞘も外れてしまった。


 俺は立ち上がろうとするも、右足の激痛に耐えられなかった。

 どうやら足と腕を中心に、数ヶ所ほど骨をやってしまったようである。

 同時に、馬が何処かへ逃げてしまったことにも気付く。




 一人取り残された山中で、俺は静かに歯を食いしばった。

 このままでは自力で向かう事も、戻る事すらも不可能である。

 膝立ちの状態で拳を握る俺は、乱れる思考の中で思い出す。




 「……はる……ゆき……」




 掠れた声で呟くが、返答はない。

 地を向いたまま、俺は自身を嘆く。

 惨めなものだ。あの男を救いに行くことすら、叶わないのか。




 「……い……ぬし……」

 その時、を聞いた俺は、目を見開いた。

 しかし、それは晴幸の声ではない。



 「お主、武田の者か」



 俺はゆっくりと見上げる。

 其処に佇むのは、十人ほどの雑兵。



 彼等の背後に見えたのは、村上家の旗差。



其処に、希望はない。


第4章、残り4話(予定)

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