表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/188

第十四話 不穏、影

 それから、一ヶ月が経つ。

 桜も青葉を付ける五月。

 何事も無く過ぎゆく日々の中で、俺は再び対面する事となる。


 「晴幸殿、御急ぎ下され」

 全く、突然呼び出しておいて何だ。

 俺は荷物を両手に抱え、早足で城へと向かっていた。


 俺が案内されたのは、食事にも使われる大広間。

 其処に集められたのは、武田を担う重鎮達。

 彼らに並ぶ様に、俺はゆっくりと腰を下ろす。


 「これは、一体何事か……」

 周りの男達の小声が、耳に障る。

 全く、大体予想は出来ているだろうに。



 数分後、奥側の障子が開く。

 同時にそれら声々が止み、静寂が広がる。

 其処に現れた男は、俺達の目前に座った。


 一瞬にして、空気がぴりつく。

 武田晴信、若造のくせして持っている貫禄は並々ではない。


  


 「皆に聞く。其方らは信濃をどう見る」

 唐突に晴信から発された言葉。

 その真意を、俺は直ぐに理解できた。

 

 この時代、様々な御家が国の統一を目指し成し遂げてゆく中で、

 多くの国衆に分かれていた信濃は、唯一統一が遅れていたのだ。

 となれば、この先の信濃の動向を探る事が〈信濃に矛先を向ける〉為に重要な行為であるのは、歴史を知らぬおれにも容易に想像出来る。


 「と、言いますと?」

 「近日中に、我らは信濃へ侵攻する」

 ほらな。訊くまでもない。

 晴信の答えに、俺は静かに薄ら笑みを浮かべた。


 「晴信様。以前〈諏訪殿が不穏な動きを見せておる〉と仰せられていたこととは、何か関係が?」

 俺の隣に座る男は地に拳をつき、晴信を見る。


 「左様じゃ、甘利(あまり)

  諏訪頼重、奴は近頃、何やら上杉の許へ通い詰めておる様でな、

  信濃に忍ばせた間者に、諏訪の動きを探らせていたのだ。

  やはり諏訪は我らを放ったまま、信濃の領地を分割するつもりであった。

  これは、我等との盟約違反に値する」


 盟約違反?俺はその言葉の意味に詰まる。

 諏訪家と武田家は、既に同盟を結んでいたのか?

 

 「甘利殿……と申したか。盟約違反とは一体何だ」

 俺は晴信に目を向けたまま、横の男に語り掛ける。

 先程、晴信が名を出してくれた御陰で、話しかけるのが容易くなった。


 「あぁ、其方は此処に来て日が浅いのだったな。

  武田と諏訪は、共に父の代より婚姻同盟を結んでいたのだ。

  此方としては、晴信様の異母妹、禰々(ねね)様を諏訪殿に贈らせて頂いておる」


 (成程、だから自分達を放って信濃の分割を行う諏訪が気に入らない訳か。)

  


 「本日は、信濃侵攻を伝えに呼んだまでじゃ。

  明日の正午過ぎ、再び軍議を執り行う。

  其処で侵攻の道筋に加え、少しばかり皆の案を聞きたいと思う故、

  各々、意見を持ち寄れ」

 「はっ!」


 晴信の言葉に、深々と頭を下げる。

 斯くして、此度の侵攻に関する意見交換は、明日に持ち込まれることとなった。





 「先程は、忝うございました」

 広間を出てすぐ、俺は甘利に一度、礼をする。

 「良い良い。其方のことは板垣殿からも耳にしておる。

  殿も其方の事を、良く仰せであったぞ」

 「晴信様が?」

 其の時、甘利は何かを思い出したかの様な仕草を見せた。


 「そうじゃ、言い忘れておった。

  実はな、武田と諏訪の不仲の元凶は、盟約違反ではないのだ。

  諏訪家は連年風水害を受けておってな、それにも関わらず軍事行動を続けておる。其方が此処へ来る一月程前にも、諏訪殿は甲斐に攻め入ったのよ。

  つい先月、儂が晴信様と言葉を交わした時には、

  既に信濃侵攻を決意なされておった」


 当然の判断だと、俺は考えた。

 しかし、同盟関係である以上、やはり諏訪家の行動は暴挙としか思えない。

 単なる自暴自棄か、それとも別の思惑か。


 「諏訪殿は、焦っておる様に思えますな」

 俺の言葉に、甘利は頷く。

 既に勝敗は決まっている。そう思っているのはきっと俺だけではない。


 「まあ、明日は其方の考えとやらを聞かせてみよ。

  晴信様は、其方のことを十分に期待しておられるぞ」

 (変に圧をかけるんじゃない)

 俺は彼の言葉に苦笑した。



 甘利(あまり)虎泰(とらやす)


 セントウ  一四二九

 セイジ   一八六五

 ザイリョク 一四八一

 チノウ  一七〇六



 甘利と別れ、俺は屋敷へと戻る。

 道中で俺は思考する。


 (諏訪家の焦りには、晴信も気づいている筈だ。

 ならば何故、これほどまでに慎重なのか)


 そちらの方が、考えようがあるのかもしれない。


 明日の為に、少しだけ考えてみよう。

 屋敷に戻った俺は、再び晴幸の日記を取り出し、開いてみるのであった。




次回、軍議

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ