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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百四十四話 老将と、転生者

 そこには唯一人、呆然と立ちすくむ男が居た。

 息凍る寒さに、朦朧とした意識に光が差す。

 幸綱は沈黙のままてのひらに目をやり、自身・・を確かめる。



 鉄の臭い。腰刀に残る、血の滴る痕跡。

 掌に現れる赤黒い跡。途端に右足に走る激痛。

 「っ……!」

 傷口が疼き、袴が赤く染まっていた。



 何が起きたのか。

 行為、言動、約十分間の記憶の行方。

 直ぐに自身のチカラに縛られたことを思い出し、幸綱は顔を歪ませながらも振り返る。


 山の麓。微かに見える、崩れ始めた天守閣。

 赤黒き焔に悟る、もはや戻ることは叶わないと。

 

 幸綱は目に映る光景に、拳を強く握る。

 結論から言えば、全て義清(やつ)の掌の上であった。

 義清の持つ《他者の術を奪う》チカラ。彼は自身のチカラを用いられ、そして(にが)された。

 決して抗えはしないと、身構えていた服従の(チカラ)

 先程の音は、チカラが解けた合図のようなものだろう。


 殺されまいと思っての行動か、私の身を案じたのか。それとも、その両方か。

 どちらにせよ、してやられたものだ。




 我を忘れた故に起きた事実など、どうだって良い。どうせあの城は既に空っぽだ。修復に時はかかるだろうが、城主が逃げたとなれば、奪い取ったことと同義。

 もしかしたら、義清あのおとこは甲陽軍鑑通りに事を進めていただけなのかもしれない。

 其処に身を案じる心は無いのかもしれない。いや、在ると信じたい。



 (真田幸綱が砥石城を奪うというのは、

  甲陽軍鑑でも語られていた事実なのだろうか)








 不意に目線を移した途端に、違和感・・・を覚えた幸綱。

 その方を見ると、雪が異様な形に盛り上がっている。

 右足を引きずりながら近づき、その正体を間近にしたとき、幸綱は驚愕する。











 「備中、殿」









 

 それは、装備を剥がされ、新雪に埋もれかけていた高松であった。











 直ぐに雪を掻き分け、幸綱は彼を抱き抱えた。

 必死に名を呼びかけるが、応える様子を見せない。

 ただ冷たくなった傷だらけの身体が、腕に圧し掛かる。


 身体だけではない。いつの間にか、声まで震え始めていた。





 私が、殺したのか?




 ……いや、違う。私じゃない。

 だが、備中殿を見捨てたのは、間違いなく私だった。

 


 そう悟った途端である。

 視界に靄が浮かび、数字(・・)が彼の頭上に現れる。

 『五十二』という赤黒い数字が、一定感覚で一ずつ引かれていく。



 《命の終わりが、近づいている。》

 その事実に幸綱は焦りを覚えた。


 高松の安否を案ずるのと共に、合理化に努める幸綱。

 どちらを優先しているかは、言うまでもない(・・・・・・・)

 高松を抱える腕の力が、強くなってゆく。

 

 




 

 「……幸……綱……」

 「っ、備中殿!!」






 頭上の数字が二十を切ったとき、微かに見開いた瞼。我に返った幸綱は大声で呼びかけた。

 蒼白ともいえる表情。高松はゆっくりと幸綱の方に顔を向ける。

 そのまま何を語ろうとせず、薄ら笑みを浮かべる高松。

 不意に、幸綱の目から涙が溢れた。




 備中殿、教えてくれ

 おまえは私を恨んでいるのか?

 なぁ、どうなんだ



 答えてくれ

 備中殿



 その時、頭上の数字が(ゼロ)を指した。






 同時に目を閉じた高松は、柔らかい表情のまま動くことは無かった。

 途端に(ゼロ)の文字は、崩れるように形を失ってゆく。

 涙が頬に伝い、幸綱は遂に俯く。

 届くはずのない、震える声で何度も高松の名を呟く。



 



 その時、幸綱の頭に声が響いた。




 「人というものは、常に愚かさに苛まれる生き物じゃ」





 顔を上げると、其処に一人の男が立っていた。

 今の姿と瓜二つの、赤く光る目を持つ男。

 



 

 「人はもろいものだな。幾ら栄えようとも、死ねば泡沫の如く消えてしまう。

  この老人も同じじゃ。甘利を介して其方を援護するだけ・・の関係に過ぎぬ。

  そんなことで悲しんでおれば、乱世を生き抜くことなどできぬわ」

 「……御前も、その道半ばで死んでいった者の一人ではなかったか」

 「……は、そうであったな。

  乱世を生きた儂とて、其方等と同じ思いを抱えておるのだろう。

  だが、其方は一つ大きな間違いを犯しておる」

 「間違い、だと?」


 途端に、本物・・の表情が変わった。




 「其処に味方が伏せておるというのに、《儂を恨んでおるか》だと??

  馬鹿者め!!何故己の身を案じておるのじゃこの大うつけがぁっ!!!」





 叱責を受け、目を丸くする幸綱。

 本物・・は彼を睨みつつ、息を切らしている。



 「……此の男が愚か者そなたを恨んでいると、誠に思っておるのか?」

 「儂は、ただ……」

 「ならば聞けば良い。其方にはあやつ・・・がおるではないか」



 幸綱は口を噤む。

 何故そんな考えに至ったのか、自分でさえ理解できなかった。

 迷っている。その様は、行き場を失った子供と同じ。

 本物・・は息を吐き、幸綱の肩に手を置いた。

 その途端、身体が熱くなると同時に、置かれた手に吸い込まれる様な錯覚を覚える。

 意識を失った偽物・・の傍ら、目覚めた身体に宿るのは、本物・・の魂。





 「......其方はよく働いた。暫し休め」






 目に赤い光を灯す男は、高松を背負い、歩む。

 目指すは未だ敵の群がる、あの燃え盛る城の方角。



本物、参る

第4章、徐々に佳境へ。


(今更だけど、高松って「たかまつ」じゃないよ、「たかとし」だよ)

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