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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百四十三話 守るべきものと、価値

横田高松のターン

 解釈に、時間は必要なかった。

 それも悟った・・・途端の事であった。

 男は自然の力に吹き飛ばされ、自然に守られたのだ。

 きっとこの痛みもその賜物であろうと、横田高松おとこは大木を背に、傷口を抑える。


 「......っ」


 

 目を細め、歯を食いしばる。掌が赤く染まる。

 記憶を辿りながら見上げる先には、燃え盛る砥石城。

 それらも白い息と雪に霞み、いつの間にやら幻と化してゆくかのように錯覚してしまう。

 荒れる息遣いに老いを覚えつつ、高松は思考に浸る。


 全ての原因は、義清の言動一つ一つに気を奪われてしまったことにある。

 家臣の働きか、はたまた伝達の巧妙さか。どれをとっても、なぜ此方の動きを見抜いたのかは不明のままだが、あの場で全てを語ったのも、義清あやつの策の一つなのだろうことは分かる。

 守らねばならなかった。《守るべきもの》を守れなかったことを悔いながら、高松は俯いた。

 

 「これでは、向かう事も叶わぬではないか……」


 高松は右足に目線を移す。

 負傷し、歩くこともままならない。

 先程の爆発で片耳の聴力を失ってしまったと同時に、三半規管をも傷付け、平衡感覚を失いつつある。

 常に目の前が回り続けている現状に、違和感を無くし始めていた。

 



 「何者だ」


 声の方に立つのは、城下を一掃した敵兵の集り。その数、ざっと十から二十程。

 集った者達は血に飢えた刀を手に、相対する。

 気づいた頃には、既に手遅れだったようだと、義清は息を吐いた。

 

 「何だ、爺か」

 「眠っておるのか?どけ、儂にやらせろ」


 俯き加減に目を閉じている高松に、敵兵の一人が笑みを零す。

 たとえ爺だとしても、装備や髪を剥いて売れば資金にできる。

 (我々の利用価値となって頂こう)

 敵兵は刀を振り上げる。刃が頭上で光った時のこと。

 



 高松の目が開く。

 一瞬のうちに、敵兵の首から血が噴き出していた。



 「な、っ!?」

 倒れた男の首に刺さって居たのは、一本の苦無クナイ

 全員の目が老人の方を向く。当の高松は恐ろしい形相で立ち上がった。



 「老いぼれだと侮ったか、失礼なものだ。

  その口、塞いでくれよう」



 弓を捨て、己の腰刀を杖代わりに立つ高松。彼は毅然とした態度を貫こうと、鋭い眼差しを浮かべ続けていた。

 視界は既に歪んでしまっているが、その代わりに目と片耳を除いた三感が研ぎ澄まされている。《目が見えぬ者は耳を、耳が聞こえぬ者は目を》というのは、よくある話。


 「か、かかれ!かかれっ!!」

 

 高松を取り囲む者達。

 それにも物怖じせず、再び目を閉じる。

 目に見える世界が、思考(イメージ)の邪魔をする。

 今は、己の持つ感覚だけが頼りであった。


 遂に刀を持ち上げ、構えた男。

 依然目を閉じる男に、周囲は怒りに似た感情を覚える。

 それは本心か否か。《我々はこの老人に嘗められているのだ》と、全員が察していた。





 我が名は、横田備中守高松。

 誇りを盃に、儂は最後まで戦いますぞ。殿。





 「其方らは志賀城の残党か。さぞ武田を恨んでおることであろうよ。

  武田晴信はこの道を進んだところに身を構えておる。

  通りたくば……否、殺したくば、まず儂を殺してから行け」



 微笑む高松に、まずもって斬り込んできた男。高松は気配を頼りに間合いを取り、相手の刀が振り下ろされたことを察すると、瞬時に太刀を振り下ろした。

 途端に温い血が顔にかかる。直後に襲い来る男達に、己の《感覚》だけで戦う高松。



 この時の彼の心情を、理解できる者などいない。

 救援など望めない絶望的な状況で、高松の口元は笑っていたのだ。


 

 

 「ふんっ!!」

 血に濡れる身体。赤く染まる足元の雪を、高松は知らない。

 数人を叩き斬った時、相手の刃先が遂に頬を霞めた。

 高松が一歩退いた瞬間、





 一本の槍が、高松の身体を貫いた。





 「が……っあ……!!」


 一気に引き抜かれ、高松はふらつく。

 腹のあたりが熱い。こんな感覚を、高松は知らなかった。

 何がどうなっているのか。刺されたのかさえも定かではない。





 「ぐっ、ぬぉおおおおああああ!!!」





 それでも高松は立ち続け、刀を振るった。

 興奮し出血は多量。なれど痛みを忘れ、動きは勢いを増す。

 「ば、化物じゃ」

 何処からか聞こえた声に、己の置かれた状況を察する余裕さえなかった。

 息遣いの粗さを増すその様子は、まるで理性を失った獣の如し。






 

 敵の数は既に半数。劣勢を悟った敵の一人は、遂に合図を出す。




 その途端、高松は八方から猛追を受け、次々に刺される。






 串刺された高松は血を吐き、膝から崩れ落ちた。








 「おのれ、手間取らせやがって……」


 微かな声。俯せながらも、高松の頭に流れる走馬燈。

 忘れかけていた者達のこと、裏切ってしまった者、己を大事に思ってくれていた者。



 こんな時にばかり思い出させるのは、きっと天の仕業なのだろう。

 きっと、死を迎えようとする愚か者に、足掻く機会を与えてくれているのだ。






 いや、もう良い。もはや感覚など死んでいた。






 雪の冷たさが、身体を侵食する。

 悴んだ体に、呼吸が徐々に薄れてゆく。


 甘利殿、済まなかった。

 其方との約束を果たせなかった。



 しかし、それで良かったのだろう。

 元々、長く生きられる訳では無かった。

 誇りだけを胸に死ねる、これほど名誉な事はない。




 生ききった。

 それが精一杯だった。

 高松は光を失った目に涙を浮かべ、微笑む。










 そうだ、うっかりしていた。

 あの男・・・を、忘れていた。

 儂が守るべきだった、あの男のことを。


 









 満足気な笑みと共に、

 高松は静かに目を閉じたのだった。








 












 「……ここは」



 薄暗い山奥に立ち尽くす男。

 音を聞き、真田幸綱(・・・・)は我を取り戻す。



次回、幸綱と高松。

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