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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百四十二話 同様の、景色

晴信・虎胤のターン

 「晴幸は如何した」

 「は、馬を取りに向かったまま、未だ戻らず……」

 「何をしておるのだ。

  作兵衛とやら、其方は晴幸の家来であったな。奴の様子を見て参れ。

  我等は先に領地へ向かう」

 「はっ!」


 其の頃、晴信達(本隊)は撤退の支度を整えていた。

 白銀に染まる世界。吹雪となりつつある山中で、晴信の咆哮が高らかに響き渡る。

 呼応する者達もまた同じ。ただ足並みを揃える者の中に、後方に意識を向ける者が一人。


 未だ煙の上がる城を、虎胤は歩みながらも横目に見る。

 《幸綱と高松の安否》と、《未だ行方を眩ませた伝令役》。

 先程の爆音は、果たして本当に狼煙だったのか。

 周囲はそう思っている。そう思いたがっている。


 口に出せなかったわけではない。

 虎胤は、晴信との直前のやり取りを思い出していた。

 この撤退は晴信かれにとっての、我等にとっての賭け・・であった。

 





 「殿、やはりここは伝令を待つべきかと」

 「……何故だ」




 虎胤の言葉に眉を寄せた晴信。理由は分かりきっている。ここで引かなければ、我等の存在が幸綱が城を奪取する上で障害となるのは自明。ただ戦況が一切不明な状況下で動くのはあまりにもリスクが高すぎる。虎胤は其れを伝えたかった。

 伝わっている、そう信じている。無論主君の命に背くつもりはない。

 もし晴信が己の決断を揺るがすつもりがないとしても、誠心誠意付いて行くつもりであった。

 唾を飲み、拳を握る。虎胤はただ沈黙を貫いた。

 


 「其方は、幸綱の身を案じておるのか」

 「……!」



 その途端、晴信の口から零れた言葉。

 想像の斜め上を行く男だと知っているが故に、驚くことはない。

 ただ流石に無理があったのか、虎胤は詳細を付け加えようとする。

 しかし、晴信は聞き入れようとする様子を見せなかった。


 「儂は数多の策を引き合いに出し、その末に幸綱の策を受け入れた。

  何故だか分かるか?」

 「それは」

 「儂は幸綱あのおとこが策を全うする事を前提に了承すると申したのだ。

  故に戦況を見る必要は皆無。幸綱は必ずや策を果たすであろう。

  何故ならば、《あの男が自ずからそう申した》のだからな」


 無表情かつ淡々とした口調に、悪寒を覚える。

 晴信は一切の迷いを捨てている。《言葉一つ》と《御家の運命》を秤に乗せ、賭けている。

 それは家臣を信じているからこその言動か、それともー





 数歩ほど前方に、馬に乗る晴信の姿が見える。

 若さと貫禄を兼ね備えた後ろ姿に、虎胤は息を吐いた。

 一切の迷いを見せなかったのは、己の言動に責任を持つことを信念としているから。また、それを《見せつける》事にすら意味をもたらしている。


 己と同じ思いを抱えている人間が、何人いるというのか。

 乱世というものは、言葉一つで生きられるほど甘いものではない。例え一人の命を犠牲にしてでも、心に植え付けるほど価値のある信念であろうか。

 ただ、非力・・という二文字が頭を廻る。


 身体は冷え、足跡は雪に消える。

 何もしてやれないこと、許せ。

 薄まる幻から目を逸らし、虎胤は踏み出し続ける。

 主君と同じ、その目に迷いはない。


 本来はそうあるべきなのだろう。

 ただ、その《あるべき自分》に対して、恐れを抱いてしまっている。

 その恐れを乗り越えた先には、何が見えるのだろうか。

 あの御方と同じ景色を、視ることが出来るのだろうか。

 もしそうならば、こんなふうに迷うことも無いのだろうな。




 若き大将が率いる大軍勢は、吹雪の中に消えてゆく。

 その中で、虎胤はただ一人、口元を緩ませる。

 彼の様子に気付く者は、誰一人としていなかった。






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