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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百二十八話 晴幸、混迷

 それは昨夜のこと。

 晴信が発した突然の一言に、板垣は驚愕した。


 「儂が直に見て参る」

 

 理由を聞き出す暇も与えられず、それだけを口にした晴信は立ち上がる。

 「と、殿!!」

 晴信は板垣を睨む。

 現実を告げるかの如く鋭い眼光。

 板垣は唯一人、血のめぐる音も聞こえる程の静寂の中で、息苦しさを覚えていた。






 翌朝


 「何っ、殿が!?」

 「は!置文が殿の部屋に残されておりました!!」


 顔面蒼白。弥兵衛から受け取った便箋の内容は、俺の想像を遥かに逸するものであった。

 そこには明らかな晴信の筆跡で、砥石城へ向かう旨が書かれている。

 俺は数秒の硬直の後、遂に手を額に当て、唸り声を上げた。


 「晴幸様!!」

 「何故だ……もし殿に何かあれば……っ」


 

 じわりと汗が垂れ始める。

 彼の言葉が示唆する意味は、それから半日ほど前まで遡った出来事にある。


 城攻めに駆り出された小姓達。

 甘利虎泰が彼等の一端に命じたのは、夜番の務め。それも虎泰本人の口から耳にしていた俺と晴幸。ただ弥兵衛が気付いた頃には既に、彼等もまた姿をくらませていた。

 彼等自身が謀った、もしくは《付いて参れ》と晴信に促されたか。

 どちらにせよ気付けなかった。いや、どう考えても気付かせようとはしていない。

 まるで同じだ。高遠が宴の裏で事態を操っていた、あの晩と同じ。

 


 「命令じゃ弥兵衛、板垣殿に一刻も早く連れ戻せと今すぐ申し上げよ!」

 「それが、殿とその板垣様が昨晩、何やら声を荒げ話されているのを耳に致しました」

 「……何?」

 俺は遂に顔を上げる。板垣が?

 (どういうことだ?板垣は晴信の後を追っている訳でもなく、依然陣中に残っているじゃないか……)



 「儂が板垣殿から訳を聞いて参る」


 咄嗟に出たその言葉に安堵の様子を見せる弥兵衛。

 この時の俺は、至極恐ろしい顔をしていたと思う。

 そんな恐怖に塗れた感情を覚えた俺を、諫めようとした男がいた。

 その男は静かに語りかける。鼓動の音を耳に、力を抜けと。



 真偽を問う暇も無く、俺は探し回る。

 周囲の反応からして、既に晴信消失の噂が出回り始めている様だった。


 「……!」


 ざわつく集団の奥で、浮かび上がるように現れた男の背中。

 俺は呼びかけ、男は振り返った。



 「如何した」

 「……其方は何をしておるのだ。家臣団は大騒ぎじゃ、板垣。

  其方は何を考えておる?」

 板垣は応えず、ただ普段と違った雰囲気を醸し出す。

 俺に終始伝え続けているのは、《冷酷さを帯びた眼》だけ。


 「筆頭家老として、殿を連れ戻すべきではなかったのか……?」


 そう言いかけ、気付く。

 そうだ、そもそも何故晴信は思い立った?

 己の目で確かめるという事が、確かさを得られる行為だと知っているから?


 違う。そんなちっぽけな理由なんかじゃない。

 その思考の裏側・・に、俺は気付けていないのではないか?




 「其方はまだ気づいておらぬのか?」



 冷め切った声と鋭い光が、咄嗟の眩暈を誘発する。

 失望が織り交ざった声に、俺は目を見開いたまま動けなかった。



 「《その目に偽りは無いか》?

  其方は殿の問いに対し、迷いを見せた。

  偽り無き目を信じてはおらぬという様子でな。

  殿はそう仰せられておる」

 

 だから、俺を疑ったのか?

 それとも、俺を信じた上で吟味しているのか?

 考えれば考えるほど、思考がよじれてゆく。

 如何して、どうして、どうして......





 「やはり、其方は己しか見えて居らぬ」

 「……殿」「っ!」

 呟きに似た板垣の声。否、音を失った世界に迷い込んだ俺は、口の動きでしか状況を判断できない。

 思考の渦の中で、己が身に従うかの如く屈み込む。

 俺の背後に立つ晴信は、ぼろぼろの布を纏ったみすぼらしい格好で、俺を見下ろしていた。



 「今戻った。晴幸、後に其方の策を聞かせよ。

  儂と其方の見る景色は、同じであったか。

  それを此れより確かめる」


 彼の言葉が、俺を我に引き戻した。

 何が起きているのか、状況が理解できない程に、俺の頭の中は混乱している。

 異物はるゆきは赤子の様だと、俺の中で嗤い続けていた。



 「は、はっ!」

 俺は首を垂れつつ応える。

 俺の振る舞いが、晴信にとっての一手間と化してしまった。しかしそれは決して他人事じゃない。御前もそうだ。

 他人を惑わし、要らぬ杞憂に振り回される。

 我等はそれほどの《老いぼれ》に、なってしまったのだったな。




 「板垣、わしの目論見通り、事は進んでおる」

 「は......」

 「明日の夜に夜襲を仕掛ける。城攻めじゃ」


 正気を取り戻した真剣な表情で、板垣は返答する。

 その様子に頷く晴信は、汚れた足で一歩ずつ、目的の場所(・・・・・)へと歩を進める。

 それは勇ましく力強く、はたまた決意と覚悟を胸に秘めた《若武者》の顔であった。



次回、開戦。

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