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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百二十七話 その目に、映る世界

 陣へ戻る最中さなかに、俺は一度も口を開くことは無かったらしい・・・

 厳粛な空気が流れていた訳でも、思考に浸っていた訳でもない。

 正しく言えば、道中の記憶が無かった。

 城へ辿り着いた後も、往路と同じく一寸の暇も与えられず、俺達は帰還の報告へと出向く。

 「その目に、狂いは無いな」

 晴信は直ぐに問い質し、虎胤は唯一度だけ頷いた。

 



 俺は再び鎧を纏い、陣へ赴く。

 既に出立した頃の慌ただしさは治まっている。




 「その目に狂いはない......か」

 そういえば、子供の頃からよく考えていたことがある。

 《この右目に映る景色は、果たして正しいものだったのか》と。

 今もこういう時に限って、常々考えてしまう。



 人は他人の視点から見た世界を、知ることは出来ない。

 例えば目の前に丸いものがあり、第三者がその形を問うとする。

 俺ともう一人の人間は、それを間違いなく丸だと答えるだろう。

 だがもう一人の見た世界では、それが《四角》に見えているとしたらどうだろうか。

 そういった意味で、その問いは誤謬ごびゅうを孕んでいると言える。

 認識の誤差。俺にとっての《丸》が、もう一人にとっての《四角》なのだ。

 

 極端な例えではあるが、要は他人と自分の見えている世界が、違うのかもしれないということ。

 晴信と、転生者としてこの時代に降り立った俺とは見え方が違う。


 俺は眼帯に手を当て、俯く。

 人は、目に映す物を本物・・だと定義する生き物だ。しかし、いつしかそれは大きな間違いだったと気付かされた。

 俺の右目は、色とりどりの世界を映す。しかし左目に映る景色は常に白光を帯び、無に近しい。


 俺の前に広がる世界は、案外そんなものなのかもしれない。進化の過程で、脳が都合よく虚構を映しているだけなのかもしれない。

 右目に映る世界が全て正しいといえる証拠など、ありはしないのだから。


 同じ世界を見て生まれる差異。どちらが正しいのかも分からない。

 《その目に狂いなど無い》と、果たして言い切れるだろうか。

 こんなことも、他人からすれば唯の杞憂だろう。俺は再び目前の景観を眺めつつ、息を吐いた。


 「あの男、何かを隠しておるように見えたな」

 後方からの声。いつものことだと振り返り、瓜二つの男に頷きを見せる。

 同じ考えを持つことさえ、奇遇かどうか言い難いものだ。

 互いの思考を読める事が、その何よりの証拠。

 きっと、俺とこの男の見ている世界は同じ。


 やはり、幸綱の力は強大だ。

 誰がどんな世界を見ているのか、奴に聞けは一瞥即解だろう。

 幸綱やつと比べる度に、己の力の微力さを悟る。

 苦しいものだ。俺には分からないことだらけ。




 突然鼻がむずがゆくなり、大きなくしゃみが出る。

 冷え込んできた。気づけば風が強まっている。

 「疲れておるな、少しは暇も必要であろう」

 そうだな、と俺は頷いた。


 先程まで休息を欲していたというのに、ようやく訪れた休息を思考に費やしてしまうとは。

 どうやら、変な癖がついてしまったものだ。

 だがそれも、此の男に転生した定めなのかもしれない。



 俺は(いくさ)の前の静けさに、ただ安堵していた。

 長くまた濃くもあった一日は、何事もなく過ぎてゆくものだと思っていた。








 そう。

 晴信本人が、何も言わずに砥石城へ向かったという報告を耳にするまでは。



嵐が、来る。

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