第百二十四話 正しさの、証明
無音の中で、揺らぐ火が雪に燃え、足元を濡らす。
鼓動や息遣いまで聞こえてくるような静けさに、俺は眩暈を覚える。
それはまるで、現実と虚構の間に迷い込んだかのような感覚。
《儂は、弱い。》
初めてのことだと唾を飲む。もはや幸綱について問う事さえ忘れてしまった。
虚無を悟った目は漆黒を帯びている。それほど彼の表情に衝撃を覚えていたのだ。
「《己の選ぶ道こそが、自ずと正しき道になる》。
其方は儂にそう説いてくれたな」
晴信は立ち上がり、その場から暗闇に目を向ける。
遥か遠くに一つの灯を見つけ、俺は目を細める。
雪交じりの風が、晴信の身体をぶるりと震わせた。
「幸綱を手放した儂は、果たして正しかったか?」
「っ……!」
俺は気づく。
晴信は頬を緩め、地に目を向けた。
列を為す蟻が、濡れた地に群がってゆく。
違う。
違う。
俺は強く拳を握った。
正しさという事柄を証明するのは、至極難解である。
己の行いを正当化する事が、正しいことだと言い難いのは確か。
大人になれば、そういうのも自然と分かる様になるものだとばかり思い込んでいたが、そうでもないらしい。
この時代に来る以前の俺でさえ、正しさと間違いの区別に惑う事は多々あった。
現実はゲームほど単純な世界ではない。イベントごとに二択の分岐から選択を迫られる、そんな簡単な話ではないのだ。一歩進む、退く、振り返る。無限個の選択肢は常に存在していて、選べるのは一つだけ。その選択には常に制限時間が付き纏う。次々と現れる選択を一つでも間違えれば、取り戻すことは難しい。
勝利条件も描かれない、説明書すらない、己を紡ぐ物語の終焉すらも。
それなのにライフは一つ。コンティニューすら許されない鬼畜ゲーだ。
だからこそ、己の選択を正しいと言わざるを得なかったのだ。
「申し訳……ございませぬ……」
思わず口から零れた呟き。
俺が晴信に問い詰めること。それは晴信の行為が正しいものではなかったと、そう宣告しているようなものだ。
無責任な発言をしてしまった俺にも責任はある。だが晴信、御前はよく頭が回る故に、達観しすぎている。
他人には見えぬものが見えてしまう。だからこそ、誰よりも思い悩んでしまうのだな。
「其方は悪くない、儂に道を示唆してくれたのは其方じゃ。
変に思い悩むのは、互いの悪い癖だな」
そうかもしれない。見えないものが見える、俺と晴信は何処か似ている。
互いに異なる、大きな運命を背負って生きている。
転生者として生きる俺も幸綱も、一国の主として生きる御前も。
幸綱もきっと逃げた訳じゃない。同じ境遇に立つ俺だからこそ分かる。
「済まなかったな。直ぐ城に戻る」
「あ……」
晴信は振り返り、城へと歩き始める。
俺は呆然と立ちすくんだまま、彼の背中を目で追っていた。
「全く堅物だな、晴信も其方も」
声の方を向くと、先ほどまで晴信が座っていた席に、晴幸が座っている。
今なら何を言われても、素直に受け入れられる気がする。俺は俯き、己を恥じた
「其方は難しく考えすぎだ」
晴幸は俺に語り掛ける。
そうなのだろうか。幸綱の行為を、もっと単純明解な言葉で言い表すことが出来るだろうか。
その理由を探すのも、俺自身に与えられた選択の一つ。
寒くなってきた。
誰もいなくなった陣中で、俺は天を見上げる。
深々と降り続ける雪は、一層強さを増していた。
俺と晴信。
似ても似つかぬ二人。