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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百二十三話 晴信の、問い

 甲府を発ち、早一週間。

 武田陣はかつて大井貞隆おおいさだきよが占有していた長窪なかくぼ城に布陣する。


 手綱を手際よく操作し、俺は馬上から霜の降りる草の上に降り立った。

 しゃりという音と固い感触が、草鞋を経て伝わる。

 着々と陣を立て始める者達。時折見せる身震いとかじかむ指先に、身を案ずる暇もない。

 其処に広がる情景はごく有り触れたもの。枯葉にまみれた景色に、俺はとある出来事を脳裏で思い返していた。


 晴信が命じた大井貞隆の惨殺・・・・・・・。その事実に俺は耳を疑う。

 直ぐに晴信の許へ赴き、問い詰める者数名。それにも変わらず無表情を貫く晴信。

 

 「あやつらの企み、はなから知っておったわ」

 

 晴信の達観さには心底驚かされるが、こう驚かされっぱなしでは身体が持たない。

 奴の洞察力をどれほど理解し、此度の進軍をどんな心構えで受け入れているのか。皆の表情を見れば一目瞭然だ。

 赤の他人・・・・に対して誠心誠意の姿勢を崩さない。この時代では当たり前のことなのかもしれないが、この家の団結力というものは心底計り知れないな。

 

 「晴幸殿、少し良いか」

 板垣の声。背後からの呼びかけに、俺は振り向き様に返答する。

 そうだ。呆ける暇も無いと言ったのは、俺の方だった。



 「先程、今井藤左衛門を偵察隊として向かわせた。

  近々、虎胤らも偵察に向かわせる。其方も共に向かえ」


 彼の言葉に、「ああ」とだけ返す。

 此処まで来て、晴信の慎重な姿勢は変わらないようだ。

 それもそのはず。偵察隊にも重臣を起用するところを見れば、重要な任務である事は自明。

 当然だ、知られてはならない・・・・・・・・・のだ。

 仮にでも知られてしまった時には、撤退するのが得策。力で押し入ったとしても、無駄な被害を生むだけ。それは城攻めの失敗、いわば《負け》を意味する。



 「……《虎胤ら》とは申したが、其方も人員は少ない方が良いだろう。

  手勢は十名ほどと考えて貰いたい」

 「承知した」

 口にしつつも、どこか上の空である。

 その原因は言わずもがな、あの男にある。

 日は既に暮れ始め、空は曇り始めていた。


 




 その日の夜、俺は夜風を浴びに城外へ赴く。

 其処には陣中に腰掛けながら、思案する晴信の姿があった。

 「御風邪を召されますぞ」

 晴信は驚いた様な表情を見せながらも、息を吐き笑む。

 気を張っていなければ、いつどうなるか分かったものでは無い。

 そう言いたい気持ちは十二分に分かるが、此処は家臣としてあるべき振舞いを見せなければならない。


 「何故此処へ来た?知っていたのだろう、儂が此処に赴いておる事を」

 「は。幸綱殿について、殿の御考えを御聞かせ願いとうございます」

 「……」


 やはり未だに理解し難い。行動も思考も、言動の意味も。

 武田晴信ともあろう男が、安易な考えで幸綱を手放すとは考えにくいのだ。

 それに、幸綱がいない状況だからこそ、偵察の手間が増えてしまったのではないか。

 しつこいのは承知だが、追求しなければ気が済まなかった。

 晴信は数秒の沈黙の後、一寸先の暗闇に目を向けながら語る。


 「晴幸、其方は儂の事をどう思っておる」

 「……?」

 「何者にも動じぬ強かな男だと、そう思っているのか?」

 「わ、私は今幸綱殿の事を……」

 「儂は、弱い」


 不意に発せられた一言に、俺は言葉を失う。

 晴信は遂に俺の方を向く。

 その時、額に冷たい感触を覚えた。


 



 

 「儂は、弱いのだ。晴幸」




 静寂の中、深々と雪が舞い始める。

 冷たさが身に染みる。息が白い煙となって溶けてゆく。

 松明たいまつに照らされた晴信の表情は、どこか悲しげであった。




それこそが、幸綱を手放した理由。

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