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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第4章 運命、混迷す (1546年 10月〜)
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第百十四話 泰山と、虎胤

 「ほお。故に、頼みを請いに参られた訳ですな」

 「殿の御命である。聞いてくれるな?松尾殿」

 松尾泰山の笑みを前にして、原虎胤は以前無表情を貫く。

 幾ら晴信の後ろ盾があるとはいえ、笑みなど浮かべている余裕など無いと理解しているからだ。


 虎胤は泰山の屋敷へ赴き、前々から晴信が虎胤に対し多額の集金を求めていたこと、またその用途として、戦で削られた兵糧と躑躅ヶ崎館改修工事の費用にすると口にした。


 (松尾泰山は武田家にとって強力な金貸し。下手な言動一つで我が家の明暗を分ける程の力を持ちかねない……)


 「可笑しなものですな。何故今になって、私に御頼み為さるというのか。

  城の改修ならば、日を迫られることは無いと思えるのですが」

 「儂にも分からぬ。殿は有耶無耶になさるのだ」

 「いえ、貴方様なら御分かりの筈」

 

 予想外の返答に、虎胤は目を見開く。

 雨上がりの水面に、波紋が広がった。


 「殿は再び、戦をなさるおつもりなのでは?」


 笑みを浮かべる泰山に、虎胤は唾を飲む。

 晴信による口封じに、既に気付いていた。

 いや、そもそもの要因は己にあったか。



 「それを秘密裏になさるとは、やはり殿は民を第一に考えておられる。何と御優しい事であろう」

 

 虎胤は拳を強く握る。

 動揺してはならない、腹を立ててはいけない。これは奴の罠だ、乗れば喰われる。


 戦を仕掛けると民に知れれば、彼等の意欲を削る事にもなりかねない。男はそれを見越しているのだ。

 五百貫など、容易に貸せる程の額ではない。泰山は見定めている、普段は人前に見せることの無い《武田家の重臣を担う者の持つ器量》を。


 「隻眼の男(・・・・)ならば、既にご存知であらせられますぞ」

 「……山本晴幸の事か?」

 「左様にございます。彼はよく此処に訪れます故、貴方様の話は耳にしております」



 泰山はそう言って、目の前に大判を積んだ。

 五百貫、現在の価値で五千万円は下らない。


 「ほれ、欲しかったものにございましょう。受け取りなされ」


 虎胤は目でその額を計算する。

 目的の額。一銭も違うことなく五百貫が積まれている事を確かめ、彼は口を噤む。



 この行為を意味するもの、それは《承認》である。

 大金を貸す程の価値を見出し、対価としての存在を認めた証。


 (儂が噂通りの男だったと、そう言いたいのか)


 やれやれ、参ったものだ。

 これで、山本晴幸という男がますます分からなくなってしまった。

 新参者のくせをして、松尾泰山このおとこを動かすことが出来る存在。


 

 「……忝い」

 虎胤は深々と一礼。対する泰山は微笑んだまま、彼を見下ろしている。

 己に出来ることはこれしかない。唯の金貸しに頭を下げることだけ。

 酷く惨めなものだ。






 本当にそうだろうか?

 我々は認めようとしないだけで、この男が土台に居るからこそ、この家は成り立っているのだ。

 そろそろ、素直な姿勢を見せる良い頃合いかもしれない。


 「余り、身をほろぼさない方が宜しいですぞ」

 去り際に聞こえる声。振り向く先に座る男は、強かな眼差しで此方を見る。

 「無理をしているように見えるか?」

 泰山は応えない。虎胤は彼の様子を黙視しつつ、部屋を出た。



 泰山は息を吐き、髑髏(しゃれこうべ)を垂れる。

 あの男(・・・)は、何も知らない様子であった。

 聞くことはなかったが、雰囲気で何となく分かる。




 「山本晴幸、其方は何者じゃ」


 泰山はゆっくりと笑い始める。

 最も理解に乏しかったのは、泰山(かれ)の方であった。

 晴幸(かれ)に関して、可笑しな部分はこれまでいくつもあった。だがその一つ一つが、確かめようのない唯の違和感に過ぎない。


 奴は己の身を護る為に、何かを隠している。

 仮にでも知られれば、死をも免れない程の機密事項を、奴は抱えている。

 根拠こそないが、こういう時の勘はよく当たるものだ。そうではないか?



 彼は笑いながら、宙を仰いだ。

 知れた暁には、きっと良いことがある。

 そんな一種の煩悩・・も、胸の内にしまって置くことにした。




松尾泰山、奴は天使か、悪魔か。

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