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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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番外編EX4 とある噂と、とある妄想

 これは、小田井原の戦が始まる少し前。

 基い、庭の梅の蕾が芽吹き始める頃のこと。

 井戸の水を汲む若殿は、溜息を吐く。

 春の訪れを思わせる、温かな風が吹き抜けた。


 甲斐は、居心地の良い場所だと思う。

 ただ何故だろうか。何処か閑散としていて、

 温もりさえ忘れてしまいそうな、寂しさを覚えてしまうのは。


 分かっている。自分だけではない。

 1番の要因は、の周囲が一変したこと。

 これで本当に良かったのだろうか。そう思う日も少なくはない。

 あの時、彼を送り出したこと。

 自己満足に済む訳がなかった。

 てっきり胸を覆う不安も、次第に慣れてゆくものだと思い込んでいた。

 

 「若殿様」

 振り返る先に立つ女性は、表裏のない笑顔を見せる。

 原虎胤の一人娘、菊。いつもと変わらず、籠一杯の山菜を手にしている。

 彼女を前に若殿は微笑み、屋敷へと招き入れた。

 



 「いつも有難うございます」

 素っ気ない挨拶と共に茶を差し出し、向き合い様に腰を下ろす若殿。

 そんな様子を、菊は澄んだ丸い目で見つめ続ける。


 「何か御悩みですか」

 「え」

 「溜め息を付いていらしたでしょう。悩みなら御聞きしますよ」


 突然の発言に固まってしまう。

 己の全てを筒抜けにされているかのような言葉。

 同時に悟る。彼女に隠し事などできはしないと。


 若殿は語る。己が此処へ来た経緯と、己の中に溜め込んだ多くの事。

 表面張力を越えるかのように、次々に言葉が外へ溢れ出す。

 対する菊は、そんな彼女の言葉を何時にも無く真面目な表情で聞き続ける。

 こういう時に、聞き手がいるというのは有難いものだ。



 「近頃、晴幸様は御殿様の許に通い詰められておられるみたいです。

  この頃戻りが遅いというのも、そのせいではないかと……」


 若殿は納得するように頷く。

 恐らく虎胤から伝わった噂だろうが、信用は出来るだろう。

 


 「何も、御二人だけで《素敵な時間》を過ごされているという噂ですよ……」

 「っ!?」


 不敵な笑みを浮かべる菊の前で、若殿の顔は熱を帯び始める。

 晴信おとのさまと晴幸殿が、優し気な笑みで互いに触れ合う情景。

 そんな、御殿様と晴幸殿が、まさか……?

 若殿はすぐに首を振り、手で顔を覆った。


 「それは……御父様から耳にしたお話ですか……?」

 「さあ、如何いかがでしょう?」


 最後まで、菊は真偽を語ろうとしなかった。

 菊が屋敷を出た後も、若殿の頭は真白のまま。

 否、晴信と晴幸の《様子》が、いつまでも頭の中を負い尽くしていた。





 その日、晴幸おれは普段よりも早く屋敷へと戻る。




 「如何した、若殿。様子が変であるぞ」

 「いやっ、何でも……」

 何やら歩き方からぎこちない。

 俺は、一目で彼女の異変を理解していた。


 (何やら頬が赤く見えるな。熱でもあるのだろうか)

 俺は休息を薦めたが、若殿は拒否。

 終始、俺と目を合わせようとしない。

 ますますどういう訳か、分からなくなってしまった。

 

 「晴幸殿……」

 小声で語り掛ける若殿に、俺は目を向ける。

 「晴幸殿は……毎晩、何をしておられるのですか......?」

 「へ?」

 「いやっ、近頃御戻りが遅いので……」


 あぁ、そうか。若殿には伝え忘れていた。

 あまり口にしたくはないが、言っておかなければな。

 俺は天を見上げ、言葉を整理する。




 「誠に言い辛いのだが、殿と策について語っておっただけじゃ」


 へ?


 理解に数秒かかった。

 途端に恥ずかしさが襲い始め、笑みが零れる。


 「あぁ……良かった……」

 「ん?何が良かったんだ?」

 「いえ、何でもないです」


 若殿の声色が戻る。

 呆然とする俺の傍ら、彼女は俯き加減に語る。


 「近々、戦が始まるのですね」

 「……ああ」

 「どうか、無事にお戻り下さい。若殿は此処に居ます」


 目紛(めまぐる)しく変わる若殿の様子に、俺は戸惑っていた。

 しかし、若殿の中で何かが吹っ切れた事は分かっていた。


 そうか。これが、女心というものか。

 幸綱に頼めば、そういった類も容易に理解出来るのだろうな。

 俺は《いつもの若殿》に口元を緩め、頷く。




 人を疑う事を知らない若殿。

 彼女の真意に気付くことのない、晴幸。

 二人の間に起こった、小さな騒動。




 出陣の時は、すぐそこまで迫っている。






 終

 

菊、悪女だなぁ。

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