表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
111/188

第百七話 天、馳せ参ず

 燃え盛る火と、火の粉が宙を舞う天守。

 畳に滴り落ちる汗と蝋。

 二人の武将は相対し、互いの目を睨み合う。

 

 「上杉の家臣か、どうりで見ぬ顔と思うたわ」


 目前の男は微笑み、盃を顔の横で揺らす。

 笠原の真意が掴めない。高田は眉を顰める。

 攻め立てられ、今にも城が落ちるという状況で呑気に酒など、何を考えている?

 城内に火を撒くなど、この男は捨て鉢になっているのか、それとも意地でも城を渡すまいと考えた上での行為、いわば敵への最大の抗いか。

 「……」

 高田は尻込みながらも、笠原の一歩手前まで歩み、腰を下ろす。

 訊ねるしかない。こうなれば救いに来たと口にしても、彼は一切聞く耳を持たないだろう。

 

 暑さが身を焦がす。それは高田の身体や心に一種の苦痛を与え続けている。

 乾盃の音頭すらも呑み込めず、ただ問う為の言葉が脳内を回る。

 己の行為に疑問を抱きつつ、高田はたった一杯の盃を傾けた。


 「……笠原殿、お力添え叶わず、申し訳ありませぬ」

 不意に漏れた第一声。笠原は笑み、木造の天井を向く。

 「儂はさいを天に委ねる事にした。どうなろうと譲る気はない」


 運に身を任せる。

 つまり逃げるつもりなど皆無だと、そう言いたいのだな。

 ぱちぱちと、畳の燃える音が耳に刺さる。

 


 「其方は生きよ、高田殿」

 

 二杯目の酒が口へ運ばれた時、笠原の言葉が聞こえた。

 高田は笠原の目を見て、苦笑する。

 それではまるで、生きることを諦めている様な言い方ではないか。


 「私は援軍として参った身。

  私は、貴方様を御守りする為に此処へ参りました。

  ならば私が申せるのは《生きて下され》と、その言葉のみにございます」

 「其方の命を賭す必要など無いのだぞ」


 もはや勝敗は決している。

 城を焼き捨てた後に取る選択。

 それはへの執着か、への矜持か。


 「我が殿は、至極悩んでおられました。

  我等が生き永らえ、貴方様が死んでしまっては、上杉家に戻ることなど叶いませぬ」

 「何時まで小意地を張っているつもりじゃ、高田殿。

  其方も所詮は援軍の身であろう」

 「ならば、抗わせて下され」


 笠原の沈黙に、高田は少しばかり後悔の念を生む。

 援軍の分際で命を賭す事など馬鹿馬鹿しい。

 全ては笠原なりの優しさだと知っている。

 だが、それでも互いに譲り合うつもりなど無い。


 「己が身を無碍にはするな」


 笠原の声色が変わる。彼は俯いたまま、高田の目を見ることは無い。

 それは、戦う事を許した戒めの言葉。

 もし死ぬようなことがあれば、決して赦しはしないと。

 

 「お許しくだされ、笠原殿」

 

 高田は天守を去る。

 儂と同じ愚か者だと思っていたが、奴はこれほどまでに優しい男だったか。

 笠原は懐から匕首あいくちを取り出す。


 途端に大きな音を立て、天井の骨組みが落ちる。

 炎に入口が閉ざされ、退路を断たれた。

 笠原は刀を地に置き、前を向く。




 「生きて見せよ。高田憲頼殿」



 笠原は目を閉じ、ただ待つ。

 いつかの空へと記憶を馳せ、その時を迎えるまで。









 「武田兵、成敗致す……!」


 目の色を変え、高田憲頼は戦う。

 襲い掛かる武者は、皆口元に布を巻く。

 敵は平然とした様子を変えることは無い。

 息をする度に肺が苦しさが増す。それでも刀を握り、舌を噛んだ。

 己を忘れまいと、天に咆哮する。

 身体は優に限界を超えている。生きているのは、精神と気力だけ。


 十数人を斬り倒し、燃やされる敵の躯。

 酸素不足に視界がぼやけ、遂に膝をつく高田。

 それでも、刀を杖代わりに立とうと力を入れる。

 今にも途切れそうな深い息遣いで、見上げる。


 目の前に立つ大男が、太刀を振り上げていた。







 何が起きたのか、直ぐに理解出来た。

 気付けば仰向けに倒れ、動けなくなっている。

 ぬるい液体が、地に広がる。

 もはや痛みさえ感じない。朦朧とした感覚が、己を硬直させてゆく。


 「……くぞ……こち……じゃ……!」

 敵の声と足音が遠ざかる。

 やはり、互いの声など届きはしなかった。



 金井殿、済まない。

 儂はとんだ恩知らずだったようだ。

 たかが援軍の分際で命を投げ打つ、

 こんな儂を、馬鹿馬鹿しいと嗤うだろうか。




 硬い筒状の感触、赤く光る天井。

 高田は光の失った眼で、右手を伸ばす。

 天に伸ばされたのは、肘から先を失った腕。



 「は……はは……」

 高田は笑う。

 参ったな、これでは何も掴めないではないか。

 彼は笑い疲れ、力が抜けたように息を吐く。

 そのまま薄ら笑みを浮かべ、静かに目を閉じた。



 その日、志賀城の炎は夜通し燃え続け、昼間の様な明るさを見せていたという。



 明くる日になり、天守に腹に傷を負った焼死体が見つかる。

 彼と語り合った男を見た者は、誰一人としていなかったという。

次回、決着。

幸綱との再会

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ