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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第百六話 忠誠と、覚悟

 誰かが、それを地獄・・だと言った。

 積み上がる黒い影は、猛暑にも沈黙を貫く。

 

 その日、昼を回る頃には、全ての首が志賀城の目前に晒される。

 猛暑の下に置かれたむくろは、まるで水飴の様に溶け、地に水溜まりを生む。

 陽炎の揺らめきが、地獄をより想起させる。

 その光景は当に、奈落以外の何物でもなかった。


 「これは……」

 笠原は天守からの光景に、笑い出す。

 否、これほどの仕打ちに、笑うことしかできなかったのだろう。

 男は俯いたまま、何を語ろうともしない。主君に掛ける言葉が見つからない。


 もはや、希望は絶たれたか。

 やはり儚きものだな。一寸の夢というものは。


 「殿、御逃げ下され」

 男は遂に言を発する。それは彼らが内に秘めてきた筈だった、敗北宣言。

 笠原は息を吐き、顔を綻ばせる。

 安堵していた。本当は口に出せなかったのは、笠原じぶんの方であった。

 己は如何に弱く、脆い生き物であったかを、我が家臣に思い知らされるとはな。


 

 「……ああ。だがその前に一つ頼みが有る。

  城内の者共に伝えて貰いたい。城外にて敵を迎え撃て。

  ただし、己が身を無碍にはするなと」

 「はっ」


 男の後ろ姿が、滲んで見える。

 気のせいだろうか。一人になった笠原は再び天守から景観を見下ろした。

 躯の陰から露わとなる、大軍の侵攻。

 

 武田晴信。其方は誠の名将じゃ。

 笠原は備えてあった大量の酒を畳に撒き、蝋燭の火を放つ。

 途端に燃え上がる炎の中央に座り、彼は盃を傾けた。


 皆の者、此処までよく耐えてくれた。

 来客は、盛大に迎えねばな。






 「あれはなんじゃ」

 城外に出た男達は、天守から煙が漏れている事に気付く。

 何かを悟った彼らは急遽城へ戻ろうとするも、階段にまで既に火の手が迫っており、戻ることは叶わなかった。

 

 当の武田側も、異変に気付き始めていた。

 「もしや、自ら命を絶つ気では……」

 その言葉に晴信は目を閉じ、世の無常を悟る。

 それが乱世だと、決めつけてしまえばそれで終わる。

 だからと言って、躊躇っている暇などない。

 我らが此処で躊躇えば、奴は死ぬにも死に切れぬだろう。

 奴には、己の誇りを胸に死んで貰う他ない。


 やはり、そうなるのか。

 俺は志賀城を目に映しながら、拳を握る。

 風が吹いた。それは陣羽織の袖を揺らし、俺に語り掛ける。


 《それが、乱世というものじゃ》

 微かに、そう聞こえた気がした。


 




 


 城に辿り着いた高田は、誰もいなくなった城門から、城内へと足を踏み入れる。

 既に火が回っていたが、彼は構わず走り続ける。

 苦しい。煤だらけの身体になっても、彼は唯一点を目指し続けた。


 「笠原殿っ……!」

 辿り着いた天守で、高田は叫ぶ。

 火の中心で俯く男は、徐々に顔を上げ、高田を見た。


 「来たか」


 高田はその光景に、目を見開く。

 火に囲まれ微笑む男の姿に、威厳と美しさを垣間見る。

 儂は、おかしくなってしまったのか?高田は己を疑った。

 しかし、直ぐに気付く。男の目には、まだ光が宿っていることに。


 「其方、名は何と申す」

 小さな声、しかし力強い眼差しで、笠原は問う。

 高田は一度口を噤みながらも、力強い口調で言い放った。



 「我は上杉家家臣、高田憲頼にござる」

 


 

 




 

 

 「……ん」

 その一方、志賀城からそう遠くは離れていない寺院で、男は目を覚ます。

 彼は上半身を起こし、右手で頭を抱える。

 静まり返った場所に一人きり。それも、見たことのない寺の中。

 意識の朦朧さが抜けない。儂は何を?

 己に問い、そして気づく。

 


 「そうじゃ……戻らねば……っ」

 彼、《金井秀景》は立ち上がろうとするも、足に激痛が走り立ち上がれない。

 見れば、身体中に血に染まった無数の包帯が巻かれている。


 儂は、戦ったのか?

 思い出そうとしても、《空白》が脳裏を埋め尽くしている。

 そうだ、思えば《敵》が陣に現れたあの頃から記憶が無い。


 何方にせよ、自力で歩くことは無理の様だ。

 (誰かが傷を負った儂を、此処まで運んでくれたのだろう)

 悟り、金井は再び横たわる。

 

 戦は終わったのだろうか。

 ずっと、身体が宙に浮いていたような感覚だけが残っている。

 金井は全ての記憶を奪われ、虚無感に襲われる。

 

 「高田殿……」

 不意に零れる名前。

 彼は一体、何処にいるのだろうか。









 

 

 黒煙が肺を覆い、咳を誘発する。

 空気が薄い。煤の付いた肌に、汗が滲む。

 息を荒げながら男は刀を取り、火の手が回る廊下を歩んでいる。

 そこに現れる数名の武者達を、鋭い眼光で捉えた。



 「武田兵、成敗致す……!」


 そう口にし、彼は燃え盛る炎へと飛び込むのであった。




高田が志賀城へ辿り着く。

其れが達成された今、

初めて幸綱のスキルからの解放が為される。


第三章、クライマックス。

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