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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第百四話 夜明け、終止符

お待たせしました


 《晴幸》が武田陣中に姿を現した頃には、既に晴信とその他数名の護衛のみであった。

 弥兵衛達も駆り出されたのだろうか。周囲を確かめつつ、晴信に帰陣を伝える。

 何処をうろついていたのか。内心訊ねられるだろうかと恐れていたが、案の定問われることは無かった。


 《晴幸ほんものと入れ替わる》には、少々時を要する事は言うまでもない。

 多量の汗や息切れ等、入れ替わる瞬間に現れる身体の異変は傍から見ても明らか。故に姿を見せる訳にはいかなかった。

 恐らく普段から姿をくらませていた為に、疑問を抱くことが無かったのだろう。

 何方にせよ、晴幸や《俺》にとってはありがたいことに変わりはない。


 「晴幸。此度の援軍の動きについて、何か知っておるか」


 安堵の感情に浸っていた晴幸に投げかけられた問い。

 一瞬驚きはしたが、何も知らない者達にとっては普通の感情だと理解する。

 幸綱はこうべを垂れながら、口にした。


 「いえ、何も」


 晴信は晴幸の表情を注視する。

 何も分からない、それは嘘ではない。

 きっと幸綱のスキルを、晴幸わしは一片たりとも理解できていない。

 己の目に、偽りは映していないはずだ。


 晴信は遂に頷き、そうかと口にする。

 晴幸は俯きながらに考えた。儂は何度、晴信このおとこを騙しただろうか。

 いつか主君を幾度と謀った大罪人として吊られても、おかしくはないな。

 


 「儂は、笠原を侮っていたのかもしれぬわ」


 晴信の言葉に、晴幸は口を噤む。

 此度、我らが常に目を向けていたのは、上杉の援軍。

 武田の精鋭部隊をもってしても、これ程まで耐え忍ぶとは思っていなかった。


 いや、違う。侮っていたのではない。

 信濃の小国ごときに苦戦することで、気付いた事だろう。

 己の力を過信していた事実に。


 

 「殿は、誰よりも先の世を見ております。

  私は、この家の行く末を見たいと、そう思っております」


 晴信は晴幸を見る。そのうえ一笑いし、問うのである。

 「晴幸。我等の向かうべき先は何処だ」

 分かり切ったことを。と、晴幸は頬を緩ませる。

 

 一度死んだはずの身に、訪れた二度目の人生。

 天は、再び儂に《抗う》事を許した。

 ならば、儂のしたい様にする他ない。そうではないか?



 この男はまだ未熟だ。人の世も、何も分かってはおらぬ。

 今も建前を目の前に積み上げれば、見事に食いついた。

 だが、それで良い。それでも力があるならば。

 此の家はいずれ、天下の脅威となろう。

 その時だ、その時まで待つ。

 




 いずれ、奴が天下に名を轟かせるその時、

 それは、儂が御前を《喰らう》時だ。




 晴幸は、不敵な笑みを浮かべる。

 此の感情を悟られてはならない。無論、《あの男》にさえもだ。

 晴幸は、己だけの感情に収めようと努めた。



 「其方はこれからも、儂の側にいてくれるのか」

 晴幸は顔を上げる。鋭い目を向ける晴信。

 そんな彼にも、優し気な笑みを浮かべるのである。

 それは家臣としての礼儀か、偽りの演技か。きっと己にしか、分からぬ事であろうな。




 「殿、伝令にございます。

  板垣・甘利隊、敵将十四騎、敵兵三千を討ち取り、敗走」

 「……大儀であった」


 気付けば、空は明るくなり始めている。太陽が上り始める時を見計らい、晴幸は陣を離れた。

 途端に息を切らし、頬を流れる汗を拭う。


 やはり、この身体では不便だ。

 晴幸は苦しげな笑みを浮かべる。


 いつかお主をも、喰らう時が来る。

 其の瞬間、心臓が大きく鼓動を打った。




 

 「......っ!」


 天を見上げ、《俺》は意識を取り戻す。息苦しさが嘘のように消えてゆく。

 今置かれた状況を把握し、疲労感だけが残った身体で、俺は歩き出す。

 陣中には、旗差が朝の風に靡いていた。

 いつか望んだ、朝日に照らされた四つ割菱が。


 朝日に照らされた後ろ姿に、俺は目を細める。

 赤の陣羽織が、眩しい。目前の男に、俺は神々しさを覚えた。




 「其の首、全て志賀城の前へ晒せ」



 彼の表情は見えなかった。

 しかし、きっと彼は満面の笑みを浮かべている。

 根拠はない、ただそう思えるだけだ。



 八月六日

 其の日は、戦に似合わない快晴の日だった。

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