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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第百三話 夜襲、決戦

 【武田陣中】


 「遅い、何をしておった」

 「申し訳ありませぬ!

  しかしながら殿、此度は山本殿より策を授かっております!」


 晴信の元へ姿を現す上原達は、事の委細を説明する。理由こそ定かではないが、敵の援軍が内山峠を越え此方へ向かっている、その報告に晴信は頷いた。

 彼の背後には蝋燭の火に照らされた、今にも泣き出しそうな、安堵ともいえる表情を浮かべる貞清の表情が浮かび上がっていた。

 

 「今晩、敵は夜襲を仕掛けるやもしれぬ。

  志賀城を攻め立てた者らに言い伝えよ。今宵の城攻めはここまでじゃ。

  そのうえで、板垣・甘利隊を碓氷峠に配置する。

  良いか各々、決して警戒を怠るでないぞ」

 「「はっ!」」


 一通り伝え終えた晴信は、遂に目を閉じた。

 閉じたまま、不意に姿を現した疑問・・に問いかける。

 勿論、敵の援軍の行動についてである。


 援軍が突然攻撃を止めた事は勿論だが、注目すべきはその経緯と後の行動。

 いくら夜襲と言えど、丸分かりすぎる。はったりだと思えてしまうほどだ。



 「……晴幸」

 晴信の口から思わず洩れた名前。意図せず発された言葉。

 彼自身さえ、突拍子に晴幸の名が出てきた理由は分からなかった。

 〈晴幸やつのことだ、何か知っているのかもしれない〉

 彼の発言の根底にあるのは、そのような確実性の無い、淡い期待。



 夜空には変わらず星々が輝く。

 その中でも一層明るく光る星を眺めては、溜め息を吐く。

 じきに、事が済む頃合いだろうか。


 大声で士気を高める者、兜の緒を強く締める者。

 一人一人が己を鼓舞する様を目で捉えながら、晴信は強く采配を握るのだった。








 【志賀城内・天守】


 「殿、上杉からの援軍が此方へ向かっております」

 「おぉ……待ち侘びたぞ……!」


 笠原は遂に頬を緩ませる。兵糧が尽きかけている今、援軍の存在は大きい。

 今は日も沈み、敵の攻撃も止んでいる。この闇夜ならば侵攻にはもってこいだ。

 敵に気付かれず城内へ迎え入れれば、後は此方のもの。


 「良いか、丁重に迎え入れよ!

  決して敵に気付かれてはならぬぞ!」

 「はっ!!」

 

 此処まで耐え忍んだ甲斐があったと、笠原は笑う。

 笠原と晴信、二人は互いに勝機を見出していた。






 【上野・上杉領】


 「金井殿、誠に良いのか?」

 「良いに決まっておろう、主様・・の御言葉じゃ。聞き入れぬ理由などない」


 金井秀景は、虚ろな目で歩き続ける。

 高田憲頼は彼を不審がる様子を見せながら、なお後を付いてゆく。



 先程から、どこか金井の様子がおかしい。

 元はといえば、敵将(・・)が単騎で我等の前に現れた時からだ。


 突如陣に現れた血塗ちまみれのおとこは、金井達われらの姿を見るや否や、決死の形相で襲い掛かった。

 奴は決して刀を抜かなかった。幾度と斬り傷を受けながらも陣中を走り、呆気に取られていた金井の目の前で咆哮した。


 「金井かない淡路守あわじのかみと御見受けいたす!!淡路守、我が配下と成れ!!」


 途端に、奴は金井の頭を思い切り殴ったのだ。

 鈍い音と共に、地に落ちる金井。荒い息遣いでそれを見下ろす男。

 奴は何かを呟いていたようだったが、高田わしには分からなかった。



 「み、皆の者!金井殿を御助けせよ!!」

 

 その言葉と共に、奴は逃げる様に我々に背を向け、ふらつくまま叢へと消えていった。




 奇妙なことだ。突如として内山城攻めを止めたのも、その直後である。

 あの出来事から何を口にしても、《主様の御言葉だ》と、その一点張り。

 



 「金井」

 高田の声に、金井は振り返る。

 彼の向ける、光を失った漆黒の瞳に、吸い寄せられる錯覚を覚えた。

 闇夜の中で高田は唾を飲み、恐る恐る問いかける。


 「其方の言う主様とは、誰のことを指しておる……?」

 

 まさか、あの男のことではあるまいな。

 金井は不敵な笑みを浮かべた。




 「知らずとも良い。

  じきに其方も、我らと同じになる」

 「は……?」



 其の瞬間、背後からの視線に、背筋の凍る心地がした。

 振り返れば、先程まで普通・・だった者達が、光を失った目で高田を睨んでいた。




 「何が……起きておる……」


 其の瞬間、高田は激しい頭痛に襲われる。

 同時に頭の中に響く、男の声。


 《我が配下と成れ》

 「っ!?」


 その声が、その言葉が、徐々に高田の脳を埋め尽くす。

 高田(かれ)は顔を歪ませ、頭を抱える。

 首を左右に振り、我を忘れまいと歯を食い縛る。

 


 

 乾いた叫び声が、辺りを木霊した。

 悲痛な声は、誰にも聞き届けられる事はなかった。




 彼はそのまま膝から崩れ落ち、地にうずくまる。

 周りは、沈黙のまま彼の悶える姿を見ている。

 幾ら足掻いても、踠いても、叫んでも抗えない。

 そうやって、皆も変わり果ててしまったのだと気づく。


 望まぬ仕官。『洗脳』という名の暴挙。

 欲することのない、苦痛の対価。

 抗えぬまま、遂に思考回路が塗り替えられた時、高田の叫びは止まった。

 





 彼はうずくまったまま、小声で呟く。

 「主様の……御言葉ならば……」

 光の灯らぬ瞳を向けながら、高田はゆっくりと顔を上げるのだった。







 【志賀城北側・碓氷峠】


 城の北側へ集められた兵たちは、優に五千を超える。

 同じく其処で待機する、板垣と甘利。

 直ぐにでも動ける様にと片足立ちで地に座り、音を立てずその機を待つ。

 遠くで何かが揺らいでいるのが見え、甘利は固唾をのんだ。


 揺らめく火が、彼等の待つ地へと向かってくる。




 来る。

 碓氷峠を超え、佐久郡の地に足を踏み入れた瞬間、板垣は立ち上がった。

 「行くぞ!!板垣隊、一斉にかかれぇ!!」

 板垣率いる大軍は、雄叫びと共に敵目掛けて走り出す。



 一月(ひとつき)にわたる小田井原合戦。

 決戦の火蓋は、この小田井原の地に切って落とされた。

次回、夜明け

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