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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第百二話 術の、正体

 「は、はっ!!」


 弥兵衛は一瞬惑いながらも、猛勇さながらの目付きで応える。

 彼は呆然と立ちすくんだ上原に語りかけ、俺の発言通り志賀城へ向かうよう促した。

 だが、機に乗じて場を去ろうとした男を、俺は見逃さなかった。


 「待て。其の方、武田の者では無いな」


 俺が呼び止めたのは、最初に叢から姿を見せた男。

 周りの者は動きを止め、男の方へと視線を向けた。

 男は誰をも寄せ付けぬ鋭い眼差しを向ける。

 俺はそんな彼に向け、してやったりの笑顔を浮かべた。


 「残念だが、城はまだ落ちておらぬ様だ。

  行き急いだな、上杉の間者よ」

 

 

 男は舌打ちながら、何も言わず叢へと姿をくらませた。



 「晴幸殿、追わずとも良いのですか?」

 「良い。何方にせよ、志賀城へ向かう事には変わりなかったのだ。

  それよりも、急ぎ陣へ向かえ。儂も直ぐに後を追う」

 

 その時、馬を引き連れた男達が上原に乗馬を促す。

 俺と幸綱の家臣は、夕暮れ空の下で侵攻を始めた彼等の黒い背中を、目で追い続けた。




 「幸綱から頼まれたのか」

 遠のく姿を見送り、俺は問い掛ける。

 からすひぐらし、蝉の声が耳を刺し、多少の五月蠅うるささを覚えた。

 

 「源太左衛門(幸綱)様は私を呼び、これから敵陣へ向かうと申しておりました。その旨を山本殿に伝える様に促されたのでございます。

  それに、何やら覚悟を決めた笑みで、〈戦を終わらせる〉とも呟いておりました」


 

 間違いない、幸綱はスキルを使ったのだ。

 彼のスキルによって敵を志賀城へと誘導した、そう考えるのが妥当だろう。ならば幸綱がスキルを使った相手とは、全軍に指示を出し、かつそれが聞き入れられる人物。それが出来るのは一人しかいない。幸綱は援軍の大将相手にあのスキルを使ったのだ。


 そして、援軍が今も変わらず志賀城へと向かっているのだとしたら、現状幸綱が生きている可能性は高いといえる。何故なら主従関係とは、主君と従属が共に存在する(生きている)状況において成り立つはずだからだ。ならばスキルを使えるのは一人だけ(上原のスキルが解けたことによる)で、スキルの効果を受けた人間から何らかの形で周囲に伝染する、という説はまかり通る。


 無論、幸綱が死に、スキルが独り歩きしているという可能性も考えられる。俺が第三のスキルで視た幸綱は、少なくとも自身のスキルに慣れた様子ではなかった為、もしスキルが複数人に併用できるもので、幸綱自身がスキルの解き方を知らなかったのだとすれば、既に死んでいるという説もあり得る。


 ただ、それは隣に佇む男に聞けば良いだけの話。

 それだけだ、それだけなのだが、俺にはそんな勇気が無かった。

 この男の態度は本心からか、それとも装ったものか。そういうのも、幸綱ならば瞬時に分かるのだろう。


 俺の見せた笑顔すらも、所詮は気休め程度のもの。

 本当は、不安でたまらなかった。




 「……一つ訊ねても良いか」

 俺が幸綱の安否を聞く前に、訊ねたかったこと。

 彼のスキルは、相手の身体に触れる事が発動条件。

 ならば如何にして、敵将の身体に触れることが出来たのか。

 俺は訊ねる。幸綱は、誰と敵陣へ向かったのかと。



 「いくら私が諫めようと、無駄にございました。

  あの御方は、たった一騎で敵陣に向かっておりました。

  味方を散らばせ、戦乱の最中に紛れつつ、馬を走らせておりました。

 〈ここで死ぬ儂ではない〉と、そう言い残して」

 




 「幸綱は……幸綱は、無事なのか……?」

 「御安心くだされ。

  もし無事でなければ、私は此処におりませぬ」



 全身の力が抜けた。強張っていた身体が、微かに震える。

 大きく息を吐いた俺は、笑い出す。

 

 

 「あやつに伝えておけ、其方は誠の愚か者だと」



 俺は笑いながら、天を仰ぐ。

 幸綱あのおとこはたった一人で、正面から敵陣に突っ込んだのだ。

 〈このような場所で死ぬ儂ではない〉

 俺のスキルを信じて、ただ無心に馬を走らせていたのだ。



 零れそうな涙を、抑えようと必死だった。

 陽が沈む。俺の背に、微かな寒気を感じた。

 身体が火照り始めるのを感じ、俺は汗ばんだ拳を握る。





 これで、俺達の役目は終わった。

 後は任せたぞ、晴幸。


 そう己に言い聞かせながら、

 俺は静かに目を閉じるのだった。


第三章、いよいよ終盤へ

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