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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第九十九話 幸綱という、男

 幸綱は答えない。

 黙ったまま、表裏なき表情を現す。

 何をしたのかと口に出す必要など無い。沈黙の中で俺は察していた。

 「何も言うな、晴幸殿」

 嘘偽りのない瞳を向けながら、幸綱は薄ら笑みで遠方を見る。

 其処には霧が晴れる様に大木が現れ、上原伊賀守がその下で眠っていた。


 間違いない。上原は幸綱の持つスキルの影響を受けている。

 俺は唾を飲み、胡坐あぐらをかき眠る上原を黙視する。

 心地良さ気な寝顔が、俺の中に奇妙な感情を植え付けた。


 此の男の持つ第三のスキル。大体の察しは付いている。

 全貌こそ定かではないが、上原の異変を見れば、敵に回すと厄介なスキルであることは確かだ。

 

 

 幸綱はゆっくりと上原の許に歩み寄り、肩に手を置く。

 「......っ!」

 途端に上原かれの身体が反応し、険しい顔を浮かべ始める。

 息を荒げ、次第に大量の汗が吹き出す。唸り声を上げる上原に囁く幸綱。


 「……其方が苦しいのは百も承知じゃ。ただもう少しで良い。

  儂に従ってくれ、伊賀守殿」


 歯を食いしばりながらも、上原はこくりと頷いた。その様子に俺は気付く。此処で起こって居る事が、恐らく上原を縛り上げているスキルの正体なのだと。

 心では抗おうとするも、身体では抗うことができない。

 それは、一種の拷問に近似した、服従の形。


 ただ、その苦しさは一方的なものではなかった。

 上原を縛り付けている幸綱かれも、同じように贖罪に縛られているのだ。

 望んでもいない服従を誓わせ、かつ不幸へと陥るのが己自身であるとは、何と酷なことか。


 「......此れまで如何程の人間が、其方への服従を誓った」

 「そんなもの、数え切れぬわ」


 手を放せば、上原は何事もなかったかのように眠り始める。


 「其方は、何故武田に参ったのじゃ」

 「……史実上の行為であると申せば、納得するか」

 訊ねられずにいた問いの答えは、この通り至極単純なものであった。

 ならば少なくとも、この時代へ飛ばされる経緯だけでも訊ねておきたいと思った。


 幸綱は語る。

 その日、彼はいつも通り自室のベッドで眠っていた筈だった。

 しかし、暑さとうるささに目を覚ませば、床に仰向けで倒れている。

 気付けば、辺りは合戦の真っ只中であった。


 当人さえも詳しくは語ろうとしない。

 ただ七年の月日を経た今も、己が得た力を恐れている事を自白する。

 スキルを使えば、誰かが不幸になる。

 俺にとっても、幸綱にとっても同じ。最も苦しい思いをするのは、決まって自分自身だ。

 

 天を突き破らんとするかのように、大木は伸び続ける。

 俺は見上げる。力強く伸び続ける様子は、まるで己の力を抑えられずにいる幸綱自身の心にも思えた。


 理解を示す必要などない。

 この木の成長を促す為に、俺は何をすべきか。

 転生者である俺が、誰よりも理解できる筈だった問い。

 今では、その道筋さえも見えなくなっている。





 俺はふと我に返る。

 草の生い茂った地面に向け(こうべ)を垂れた俺は、気配を感じる。

 見上げれば、《目前の存在》は俺目掛けて刀を振り上げていた。


 「晴幸殿っ!!」

 後方からの声。ただ俺は目を逸らさなかった。

 逸らさぬまま、何もしない。

 目の色を変えた上原(おとこ)を、俺は一心に睨む。



 この(スキル)は伝染する。

 主となる一人から、何らかの理由で周りに影響を及ぼしている。

 そんな彼等には、(スキル)を逃れる一切の猶予も与えられない。


 為す術のない彼等の苦痛を理解しているのは、この場で俺だけだと知っている。

 上原は葛藤している。味方を殺したくはないと、心の内で叫んでいる。

 





 「どけと......っ、申しておろうが......あ゛......っ」



 

 其の瞬間、上原の身体が硬直した。

 目を見開き、数秒間の硬直の末、ゆっくりと辺りを見回す。



 「......ここ、は......?」

 上原は自身が刀を握っている事に気付き、驚嘆する。

 そのまま手から滑り落ちた刀は、軽い音を立てながら地に落ちた。


 後方に立つ男達も、この状況を呆然と眺めていた。

 俺は眉をひそめたまま、悟る。



 なんだ?(スキル)の効果が切れたのか?

 いや、違う。内山城で、何かが起きたのだ。


 

次回、百話目。


次回更新は木曜日以降となる見込みです。もう少しお待ちください。

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