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武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る  作者: こまめ
第3章 第二の、転生 (1546年 2月〜)
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第九十七話 思考、窮地

 「申し上げます!」


 武田陣中に轟く声。事の詳細を訊ねる晴信を前に、青ざめた表情を浮かべる男。

 内山城に、援軍の手が迫っている。

 その報告に、俺の背筋が凍るのを感じた。


 「敵は内山城を避ける手筈ではなかったのか!?」

 「既に内山城の半数が此方へ向かっておる!

  此のままでは確実に城は落ちるぞ!」


 乾いた空気が、喉の渇きを誘発する。

 飛び交う議論に、俺は目を見開いたまま立ちすくんでいた。


 賭けは失敗に終わった。

 眩暈を感じた俺は再び床机しょうぎに座り込み、顎を触る。

 大した覚悟だ。あくまで笠原なかまを裏切るつもりか。それとも、こちらの考えを見越した上での行動か。


 「直ぐにでも内山城に援軍を送るべきじゃ!!」

 「いえ、送りませぬ。城攻めを続けて下され」

 「何故じゃ!?奴等を見殺しにする気か!?」


 怒り紛れの言葉。

 その通りだ。俺は今、仲間を見殺しにしようとしている。

 ただそれは、〈一種の希望〉を信じているからこその言葉。

 

 「そもそも元をただせば、全て其方のせいではないのか!?」

 

 俺は周囲の冷たい視線を察しながらも、顔を上げようとはしなかった。

 いや、顔を上げられなかったという方が正しいのかもしれない。





 怖いのか。俺は己に問いかける。

 決断一つで、何十人、何百人という人間を殺しかねない。

 分かっていた筈だ、俺はそんな時代に飛ばされたのだと。 

 

 俺のしたことは、間違いだったか?

 いや、この状況を見れば分かりきっている。信じたくないだけだ。

 つくづく自分のずるさが嫌になるな。俺は静かに目を細めた。

 

 恨むにも恨めない。もどかしさまでもが俺を襲い始め、全てがぐちゃぐちゃに絡まってゆく。

 呼吸が速度を上げる。俺は歯を駆使張り、早くなる鼓動を抑えようと努める。

 

 《勝てるのなら、幾人死ぬくらい安いものだ。》

 幻聴が聞こえる。耳元で語り掛ける。《何か》が俺を殺そうとする。

 あぁ、そうなのかもしれない。

 いっそ、そう思えてしまえたなら、楽なのかもな。





 「恐ろしい顔をしておるぞ、晴幸」




 途端に、周囲の音が消える。

 其の声に、ゆっくりと顔を上げる。

 目の前で、晴信が俺を睨みつけていた。

 

 同時に己の無慈悲さに気付き、様々な感情が薄れてゆく。

 息切れを起こす俺は、ゆっくりと深呼吸を始めた。

 


 駄目だ、また自分を見失いかけた。

 考えろ。

 晴信の目は死んでいない。このような所で諦めてはならない。違うか?

 前を向け、俺は武田晴信(このおとこ)の軍師なのだから。


 


 「......弥兵衛。志賀城落城までは、如何程の時を要す」

 「は、もう少々時が必要かと思われます」



 側に控える弥兵衛の言葉に、俺は納得する。

 笠原を侮ってはいけない。板垣や甘利が率いる精鋭部隊による攻撃に対して、志賀城がこれほどまで強固なのは、その賜物であろう。

 今援軍を送ったところで、此方が手薄になるだけ。隙を見せれば、危うくなるのは此方かもしれない。


 「ならば城攻めは続行。内山峠には五十の兵を潜めております。あとは彼等が如何程に耐えうるか……」

 「五十だと……?はっ、無理に決まっておろう」

 

 至極当然の反応。五十の兵で数千の兵を相手にするなど無謀だ。

 せいぜい内山城に残る兵力も三百程度。時間の問題である。


 「そうじゃ、敵に〈志賀城は既に落城した〉と偽りの報を流せば、

  戦意を削ぐことが出来るのでは……」

 「無駄じゃ、その情報に効力はない」


 男の言葉に即答する晴信。俺は彼を横目に頷く。

 晴信の言うとおりである。内山城を攻めている時点で、援軍は笠原を裏切ったも同然。もはや笠原への援軍として向かっていない時点で、その情報に意味は為さない。

 そうなると、出来ることは一つ。


 「殿、一つお願いがございます。

  此処へ向かう半数の兵と共に、私を内山城へ向かわせて頂きとうございます」

 「勝機はあるのか」


 強かな目を向ける俺に、晴信は一度頷く。

 「……良いだろう、其方の失策、取り返して参れ」

 俺は礼をし、立ち上がる。


 こんなことで失態を取り戻せるとは思っていない。だが、今の俺にできることはこれしかない。

 

 「手の空いておる者は儂に付いて参れ!」


 此れも一種の賭け、だ。

 直ぐ様馬に飛び乗った俺は、信頼を置く数人の兵と共に陣を駆け出した。

 

 






 【内山城内】


 絶望感の漂う城内。逃げ出す者も後を絶たない。

 熱風が吹き抜ける天守には、数人の男が座っている。

 彼等は何を語ろうともしない。ただ戦うしかないのだと、各々が理解していた。

 

 死を悟る状況なかで、幸綱は唯一人思考する。

 十倍以上の軍勢に真っ向勝負を挑んだところで、時間の問題。

 今状況を打破し、笠原の望む援軍の手を絶つ方法。

 

 「……一つだけある」

 呟かれた一言。皆は一斉に声の主を見る。

 覚悟を決めた目で、幸綱は皆を見回した。


 幸綱かれの編み出した、全てを覆す起死回生の一手。

 死にたくなければ、やるしかない。

 敵兵の姿は、肉眼で確認できる所まで近づいていた。




小田井原合戦、クライマックスへ。

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