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彼女の名前はシャンベルリル=ミラージュ・ラドヴァール・ノン・ガルト。


「その目……それにその髪……もしやと思ったけれど……」


 姫様は僕のことを、矯めつ眇めつ、前から横から後ろからじっとりと睨め回す。何も悪いことはしていないはずなのに、ねっとりとした汗が僕の背中を伝い、思わず身震いをしてしてしまった。


「君……五年前『オドロの森』の沢にいた男の子でしょ」


「じゃ、じゃあそういう君は……五年前『オドロの森』の沢にいた女の子だね?」


「「……」」


 僕らは何も答えなかった。しかし、それは最も明瞭な肯定の返事でもあった。

 故に、僕は彼女としばらく見つめ合っていると、自然と頬が綻んでくるのが分かった。

 向こうも同じなのか、夕焼けに照らされた顔に少し朱色が混じった気がする。


「ずう……っと! ずっとあなたを探していたの!」


「……どうして僕を?」


「だって気になるじゃない! 眼帯を着けた黒髪の男の子が、あの『オドロの森』にいたのよ? それに、あのときあなたが背負っていた猿……私あの後家の書庫で調べてみたんだけれど、金級(ゴールドクラス)の魔物だった! 私と同じくらいの歳でそんなに強い人は見たことなかったの」


「僕が? 強い? いやいや、まさか」


 言っちゃあ何だが、僕は弱い。一対一の模擬戦で師匠に勝った例は一度もない。魔法でも剣でもただの一度も勝ったことすらないのだ。

 更に言えばあのとき僕が持っていた猿、キツキザルは音を消して忍び寄れば簡単に捕獲出来る。確かにバレたら少し面倒だが、ようはバレないように近づけばいいわけだ。

 

「いいえ、強いわ」


 そこには有無を言わせない迫力があった。

 彼女を見ていると、本当に強いのではと思いそうになる。

 

「ところで、あなた名前は? 私はシャンベルリル。シャンベルリル=ミラージュ・ラドヴァール・ノン・ガルト。シャンベルとか、ミラって呼んで」


「僕はマリスヴェル。呼び方は……君が呼びやすければ何でもいいよ」


「……」


「……?」


 シャンベルは僕の方をじっと捉えて離さない。むむむ、と眉間にしわを寄せ頻りに首を捻っては、顎に手を当てる。


「……驚かないの?」


「何に?」


「何って……」


 シャンベルは信じられないという顔で大岩の下の兵士たちを一瞥する。僕も彼らを見やると、「無礼な奴め!」だの「不敬罪だ!」だの「姫様今すぐお離れください」といった声が聞こえる。

 なんとも不躾な連中である。僕が何をしたというのだ。シャンベルと話しているだけではないか。それとも、彼女と話してはいけない理由でもあるのだろうか。


「なあ、あんたら流石に失礼じゃないか? 僕はシャンベルと話しているだけだぞ? それをまるで……僕は罪人か何かか?」


「「「…………」」」


 兵士たちの顔が見る間に真っ赤になっていく。それは恥じらいや照れなどではなく、どちらかというと憤怒というか何というか……いや、まさに憤怒の形相なんですけどね。

 まあ、兎に角、兵士たちの顔はよく熟れたリンゴみたいに真っ赤になった。一方でシャンベルはというと、ポカンと口を開け信じられないと(かぶり)を振っていた


「ほんっとうにマリスは何者なの!? 私のことも知らないし、ここで何してるのかもわからないし、何処に住んでいるのかもわからないし! あぁーもう! よしっ、決めた! マリス、私の家に招待するわ! そこでじっくりと話しましょ? 馬車に乗ってくれる?」


 すると、またもや「姫様!?」から始まり「ご乱心ですか!?」とか「どうかこの者に処刑を御命じ下さい」だの口々に言っている。


「勿論だ。僕も君の正体が気になっていたところだからね。じっくりと話し合おうじゃないか」




 僕はシャンベルの馬車に乗ることになった。彼女の側に侍る兵士たちが猛烈に嫌そうな素振りを見せたけれど、そういったことはすべて彼女の、


「次文句垂れたら死刑ね」


 というあまりに横暴な命令で止むことになった。

 まあ、僕としては入領出来るから万々歳なわけで、だからシャンベルを窘めたり諭したりするようなことはしなかった。が、何とも言えない面持ちで兵士用の馬車に乗り込む彼らの後ろ姿は、可哀想に見えないこともなかった。

 

 跳ね橋を渡り、大門へ差し掛かる。てっきり、僕は他の馬車と同じように通行手形的な何かを提示するものかと思っていたのだが、シャンベルと僕を乗せた馬車一行は誰にも咎められること無く、寧ろ一礼されて通された。


 昼間の僕が阿呆みたいに思えた。


「凄いね。皆畏まっているじゃないか。シャンベル、君は一体何者なんだ?」


「はあ……後でわかるわ。それと、絶対顔を外に出しちゃ駄目だからね?」


「何でさ?」


「そりゃあ……」


 シャンベルは息を詰まらせ何かを言おうとした。しかし、代わりに彼女は顔を赤くするだけで、しかもこれはさっきの兵士たちとは少し違う、どちらかと言えばあの大岩で見た柔らかな赤みだった。


「変なの」


「っもう!」


 シャンベルは馬車に備え付いていたふかふかのクッションを僕に投げつけた。

 理不尽な暴力だと思ったけれども、シャンベルの顔を見ていると、まあ、一回くらいなら投げつけられてもいいかな、と思えてくる。不思議なことだが、本当のことだ。


 馬車は入領してからずっと大通りを走っている。何処かを曲がるだとか、立ち寄るだとかそんなことをする気配もない。


 それに、窓の外を遠目に見てみると、やたらに人だかりが出来ており、こちらをまるで珍獣のような好奇の目で見てくるのには、心底参った。

 だって、僕はこんなに大勢の人に晒されたことがないわけで、こうして強がっているけれども、内心はどうしようもなく怯えているのだ。


 かつて師匠の言っていた言葉を思い出す。


『人間は危険な生き物じゃ。奴等は自分と違う見た目、違う能力を持った者を排斥したがる。それだけならまだよい。問題は違う者を捕らえようとする連中じゃ。奴等は違う者を人間とは見ておらん。知能を持った魔獣程度にしか見ておらんのだ。それがどれだけ危険なのかわからないわけではあるまい?』


 師匠はそう言って小さい頃の僕をよく脅かした。沢の件以来そういうことを言うことは無くなったけれど、それでも僕の中には人間に対する恐怖心を拭えないでいる。


 あのときの僕は、理由はよくわからないけれど、シャンベルは危険でないと直感で察した。しかし、それが出来たのはそのときだけだった。今日はあのときの直感が全く働かない。

 それがまた怖かった。馬車の両脇に列を作る人間たちがどうしようもなく怖かった。


「マリス? 何かあった? 震えているけど……」


「ちょっとね……こんなに多くの人間に囲まれるのは生まれて初めてだから……少し吃驚(びっくり)しただけ」


「ならいいんだけど……もし具合が悪いなら教えてね? 私でよければ回復魔法を掛けるわ」


「うん、ありがとう」


 僕はそれ以上窓の外を見なかった。

 やがて、馬車はただの家とは決して呼べない、お城と形容すべき建物の一群が見えてきた。それは天を突き抜けるくらい高いとんがり屋根のついた僕が初めて見る建物だった。


 その建物は他の家々とは違い、大きな堀で囲まれた中に建っている。

 まさか……この建物は……僕がどれだけ世間知らずと言えども、この存在は知っているぞ。あれはまさしくお城だ。おとぎ話等でよく聞くお城そのものじゃないか。


 石を組み上げて造った土台、真っ白な壁、まっさらな空を思わせる青い屋根。今はもう暗くなってよく見えないけれども、昼に見ればきっと綺麗に違いない。

 僕はそう確信できた。


「ナニコレ?」


「ふっふっふー! どう? 驚いた? これが私の家よ!」


「お城じゃないか!」


「そうよ! だって私お姫様だもん!」


 シャンベルは……いや、シャンベルリル=ミラージュ・ラドヴァール・ノン・ガルトは、ガルトリア帝国直轄領、ラドヴァール領の領主、ルギーレ=ガイザ・ラドヴァール・ノン・ガルト帝の三人娘の末っ子だった。

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