第八話:戦ノ真
〜Side:???〜
『渇ケ、萎メ、病ミ、枯セ――』
ぐつぐつとこの地に溢れるのはマイナスな詠唱。様々な想い、それは彼の心を酷く傷付ける。
彼は全てを奪われ続けた。
親友も、恋人も、家族も――何もかもが奪われたのだ。壊れた世界、それを変えてしまった運命。その代償は彼の命よりも重いもので……
「もういい……俺はこの世界を――」
この瞬間。始まりとも終わりとも言えるであろう最後の闘いが遂に幕を開けてしまった。
『??、??――』
紡がれるのは旧世界の言葉。彼らの想いは世界線をも越えてしまう強大なもの。それ故に、現世には大きな穴が空いてしまう。
そしてこの災厄を止められる奴がいるとしたら、
それは現世に生きる覇を吐く者たちにしかできないことなのであろう――
白い天井、白い壁紙。
そして、白いベット。
この部屋を一言で表すなら――真白。
見慣れた空気とは程遠い、ここはまるで一種の拷問部屋といっても間違いではないだろう。辺りを見渡し、状況を確認する。ここはどこだ、なんてつまらないことを何度も繰り返し言うような人間ではない。
ゆえに今この状況を端的に説明すると、ただ単純に暇だった。
この部屋にあるものと言えば今俺が寝ているベットと、よく分からない機械がドアの近くに設置されているだけ……
ただ寝っ転がっているだけではつまらない。意味不明な世界に迷い込んだんだ、どうせなら俺も自由にやらせてもらおう。
考えに至ったらすぐ行動に移す。それが俺のジンクスでもあり、いつも心がけていることだ。
そして俺は機械の前に立ち、例による〝機械音女〟の声がスピーカー越しに聞こえてきた。
《魔導書ヲ提示シテ下サイ》
「魔導書……?」
いったいなんだそれは、と。途中まで言いかけて思い出す。
それは昨日……でいいのか? まあ何にしろ、あの女神様が言っていたな。このスマートフォンのことを自信満々のドヤ顔で〝魔導書〟だと。
《認証――柊狩羅。
データ再構築中………完了―――》
瞬間、様々な項目がコンピュータの画面上に現れた。ぱっと見た感じまるでゲームのような表示がされている文字列。見慣れたものと言えば、ステータス、ジョブ、装備。そして異能力と、ごく普通の王道的なものばかり。
だがしかし、中には見慣れないものも存在する。それは、
「――神器適合率……?」
その表示がされている文字をタップすると、パッと画面が切り替わった。
見るとそこには、大きな文字で〝零パーセント〟と書かれてる隣に変わった形状の剣らしきものが勇ましく描かれている。
名前がない。
ましてや実在するモノでもない。
まさに異形と言っても過言ではないであろう形の剣に対して、俺は――柊狩羅という人間はその剣に酷く滑稽なほどに惹かれていた。
目を欺くほどに洗練された刀身。
切り捨てた者の輝きを全てを貪り、それをただの己が渇望を昇華させるためだけの道具としてしか見ていないような――
「これが俺の〝神器〟――なのか……?」
神器。そう、神器だ。
神の器を持つ者にしか扱えない武器。
誰しもが持てるわけでもなく、誰しもが持てる可能性のある武器。
どうして俺みたいな人間がこのような資格を持ち合わせているのか、甚だ理解できないのだが……これはせっかくのチャンスでもある。それならば、遠慮することはない。精一杯このくそったれた人生を謳歌しようじゃないか。
そう、決意を胸に抱いた刹那――
《活動、形成、創造――神器、流出。
アクセス、モード〝業〟ヨリ。求段・顕象――》
凄まじい速度でコンピュータが稼働する。
そして、眩い光が全身を包み込んだ。キラキラと身体中を蔓延る魔力的な何かを感じ、目を開くとそこにあったのは――
「女の子……?」
ディスプレイに映っていた、あの変わった形をした剣などではなく。少女が俺の正面に立ち尽くし、目を瞑ったまま――倒れた。
「――ッ!? おい、大丈夫か!?」
ゆさゆさと身体を揺さぶる。今この状況で少女の裸に意識を向けるほど俺はクズじゃない。そうして俺は少女を抱きかかえると、さっきまで俺が寝ていたベッドまで運んでやる。
ベッドの上に寝かしつけ、ここでようやく頭の中が冷めてきた。この少女の正体だったり、先の不思議な感覚。そう、あの魔力的な何かだったりと……考える余裕は十分にあった。
ふっと息をつくと、俺も少女の隣に座り込む。そしてなるべく見ないようにして目を瞑った。意識のない女の子を犯す趣味はないんでな、やるなら起きているときのほうがいい。
なんて、エロ妄想も程々に。取り敢えず今は何がどうして、どうしてこうなっているのかを考えなければ。
「といってもな……この子が目を覚まさない限り、何もできることはない」
つまりはそういうことだ。何か面白そうなイベントが始まったと思ったら、まさかの「メンテナンスによりゲームをプレイできません」みたいな、そんな感じで寸止めされた気分。
「しょうがない。俺ももう一度寝るか」
悪いと思いながらも、俺は少女の隣に寝転がる。少女の裸を見ないようにと背中を向けて、ゆっくりとまぶたを下ろした。そうして夢の世界へと意識を飛ばす。
次に目を覚ました時は、何かしらの変化が訪れていますようにと、意味不明な願いを胸に留め、俺は再び深い眠りへと誘われた。