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第七話:墜落ノ逆サ磔

 

「どこだ、ここ……」


 おかしい。何かがおかしい。

 そう気付いたのは、目を覚まして十分後のことだった。


 あたりを見まわし、一言。病院でないことは確かだった。


 昨日の昼頃、卒業式当日。俺と永嗣は学校の歴史に名を残すであろう大喧嘩をした。そうなった理由は最高にどうでもよく、しょうもないものだと理解している。


 単純に暴れたかっただけなのだろう。

 中学校最後の思い出として、本気の殺し合いを模した喧嘩を――


 馬鹿だと罵るやつは好きにすればいいさ。現に俺も馬鹿だと思っているからな。


 そしてまず最初に感じたのは、これが深い夢だという感覚。そして次にこれは現実なのではないかという疑問。


 これはあのときと同じ、螺旋状の階段を一歩一歩降りていくような感覚だった。しかし、その一歩を踏み込む度に足には激痛が走る。まるで永嗣の蹴りを何度も喰らい続けているかのような……そんな痛みだ。


 そして俺はいったいどこに居るのだろうといった恐怖感を煽られる。


 苦しくて、痛くて、辛くて――逃げ出してしまいたい。


 だがしかし。そんな弱った感情に対して、この夢のような現実は容赦なく俺を襲いかかる。ただ地面を歩いているだけなのに、まるで高い所から命綱も無しで綱渡りでもしているかのような錯覚に貶められたり。


 ひたすら頭を殴られ続けられたり、骨という骨を限界まで粉々に砕かれ。内臓のいたるところで出血が起きている。


 実際にはそんなことは起きていないが、その凄まじい痛みだけは俺の身体を蝕んでいる。


 痛い――痛みで頭が可笑しくなりそうだ。

 真っ暗い闇の中に支配されている感覚。ざあざあと不快なノイズが混じったような音が鼓膜を振動させる。


 なんだこれは……


 酷く息苦しい。一生懸命に息を吸い込もうとしても、この空気はまったく肺を満たさない。


 重く、禍々しい気配が纏わり付いて来る中で、俺はただひたすらにこの世界の出口を探し求めていた。歩いても歩いても先は見えない。まるで同じ場所をずうっとグルグル回っているかのような――


「………ッ!」


 落ち着け、大丈夫だから。自分を信じて歩き続けろ。


 そうやって何度も心に訴えかけた。挫けそうで、砕けそうで……とてつもなく長い道筋をたった一人で。


 いったい俺は何時間歩いたのだろうか。暗くてよく分からない。今が、朝なのか昼なのか夜なのか、それすらも分からない真っ暗なこの道を、ただ俺は出口だけを求めて歩いて行く。


 深い、深い、深い、深い――


 道中には小さなライトすら見当たらない。しかし、運が良いのか悪いのか、真っ白なスマートフォンがポケットの中に入っていた。


 どうして今まで気付かなかったのだろう。

 何度も膝をつき、ポケット触れる機会はあったというのに――


「……――ッ!」


 つまるところ、これはそう言った試練みたいなものだったのか。凄まじい痛みの中でどれだけ他に意識を向けることができるのかと……


「―――」


 そして開く。この絶望的な状況を覆す為に。


「なんだよ、これ……」


 しかしこのスマートフォンは上手く作動してはくれない模様。電源をつけ、いざ検索をかけようと試みたが……画面に表示されている文字を見て、俺は言葉を失いかけた。


 ただ純粋に喜べばいいのか、怒ればいいのか……それとも哀しめばいいのか――


 画面に書かれていた文字――"魔導師証明書"などと意味の分からない表示が酷く頭を混乱させる。


 これにいったい何の意味があるのか皆目見当もつかない。だがしかし、この世界から出られる唯一のヒントなのだろうという確信は確かにあった。


 そうして俺はいつものような仕草でスマートフォンに指をかける。左に右に、まるでこれは自分の物だと言わんばかりの表情で操作を行う。




 そして――



 

《認証完了――魔導師介入条件突破。……入学許可》




 機械音声が鳴り、その後カタカタと事務的な処理をしていった。身長や体重、年齢や生年月日など。柊狩羅という人間の個人情報全てをスマートフォンを通して、この”機械音女”に記憶されていく。もちろん拒否なんか出来ないし今更元に戻ろうなんて気にはならなかった。



《同期完了――學園再構築。適性クラス――”戦”》



 刹那、真っ暗闇だった世界は一変。


「うそ……だろ……」



 俺の瞳には、目を疑うような光景が広がってた。



《神器魔導師調教育成學園學園》



 全身の筋肉が強張るのを感じながら、



《柊狩羅――學園魔導師ノ権限ヲ許可シマス》



 ――ゴクリと生唾を飲み込んだ。











 ただ単純に、それでいて純粋に。


 俺は――柊狩羅は興奮を隠せずにいた。


 この場所がなんだろうが、どうだっていい。だが、とんでもない場所に来てしまったという自覚は十二分にあった。


「今代は活気のある"魔法使い"さんばかりで楽しみね〜、ほら貴方もそう思うでしょう? ――Mr.ファット?」


 見上げると、綺麗な女の人が宙に浮かんでいた。ふわふわとまるで当たり前のような仕草で浮かぶ女性。その隣には何処から持ってきたのか高級感のある椅子に座り、まるで俺たちを見下すかのような表情を浮かべる男の姿があった。


 Mr.ファット――と呼ばれた男は、汚れ一つ無い綺麗な紳士服に身を包み、頭には大きなウサギの被り物で頑丈に素顔を隠している。そして彼も当たり前と言いたげな表情で紅茶を口元近づける。


 そして一言、女神のような女性に便乗して、


「ええ、楽しみです」


 心にもないことを言ってのけた。


「うふふ、いいんですよ。無理に私の考えに便乗しなくても。それにしても……本当に貴方の心は――闇に染まっているのですね」


 その瞬間、女神の抱擁ならぬ女神の笑顔で"それ"は包み込まれた。狂気が滲み出されるファットと呼ばれた男。ひと目見ただけであれは本当にヤバい奴なのだと本能がサイレンを鳴らしている。


 人間が理解できる次元を越えた存在。

 それが、この學園を――このちっぽけな世界を創った人たちの正体。


「さてさて、いつまで新入生を待たせているわけにもいかないので。……私がちゃっちゃっと挨拶だけでも済ましておきますね」


 そう言って、女性はてんから舞い降りる。


 背中まで伸びた黄金の髪。

 とても柔らかそうなピンク色の唇。

 そして、総てを包み込むかのような緑色の瞳。


 一言――美しい。


 それ以外の表現の仕方が見つからなかった。語彙力が乏しいだとか、言葉の辞書が薄っぺらいなどと言いたいやつは言えばいい。


 いざ、おまえたちもこのような場面に遭遇したら絶対にこう思うはずだから。


『皆さん、初めまして。私の名前はベアトリーチェ。気軽にベアちゃんでもベア様でも適当に呼んじゃって下さいね~』


 なんとも軽い挨拶から始まった始業式。


『さて、各々が突然の事で大変びっくりしていると思いますが、簡単に説明するとこの世界は"第三世界"を任せられる"魔導師を育成する場所"とでも言っておきましょうか』


 第三世界? 魔導師を育成する場所?

 なんだよそれは法螺話にも限度ってものがある。


『そして、この度は【神器魔導師調教育成學園】の生徒さんとして集まられた訳なんですが……、私から言えるのはたった一つ――』


 続く言葉に、何故か俺は恐怖していた。何かよからぬイベントが始まる前の予兆みたいな、そんな感じ。

 

 理性の皮を突き破った本能がそう告げている。



 これは()()()()()()のだと――



『是非皆さんには"神廻ノ環アニュラス"へと到達してもらい、本気で真剣に最高に最低の結末を巡って、いざ尋常に争って頂きましょうか!』


 なんだよ、それ……まったく意味が分からない。

 空を見上げ、ただ茫然と立ち尽くしてしまう。


『こほん、それでは學園長としての挨拶を終わらせて頂きます。後のことはその"魔導書"を見れば分かるはずですので』


 言って女神は胸元から真っ白なスマートフォンを取り出した。

 そして次の瞬間、俺たちのスマホにあるメッセージが送られてくる。


「なんだ、これ……適性クラス――?」


 与えられたジョブ、もとい魔導適性。それは後々に関係するクラス分けみたいなものらしい。周りを見渡すと各々が神妙な顔つきでスマートフォンを眺めていた。


『それでは、皆さん。清き良き魔導師として精一杯學園生活をエンジョイして下さい! そして、あなた方一人一人が新世界の神様だという自覚を持って――』


 その瞬間、俺たちはまるで電源の落ちた機械さながらの素早さで急速に意識が抜き取られ、バタバタと次々に人が倒れていった。


『私たちと同じ格。もとい、〝神々ノ座〟を奪い獲りに来て下さいね――?』


 いつからだろうか、このような感覚に襲われ始めたのは。

 ひどく嫌な予感がする。そして何かが始まろうとしている予感でもある。


 もしかしたらこれは単なる()()()なのかもしれない。本当は今頃、永嗣と一瞬に病院のベットの上で寝ているのかもしれない


 だがそれでも構わなかった。何の因果か知らないけれど、俺を巻き込んでくれて本当にありがとう。今は感謝の心で胸が満たされている。


「ふふふ。さて、殺戮遊戯(ゲーム)を始めましょうか。私たちの望む世界はいよいよ一つに収束されるのです――」


 こうして、俺たちは神廻ノ環を巡って争うことになる。

 


 誰が何を求め、誰が何を望むのか――



 己が渇望を胸に――神々の定めた法則が、時計のゼンマイに似た螺旋状の歯車として今まさに、ゆっくりと動き始めた。

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