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第三話:煉気化神


 時刻は七時二十四分。


 絡みつく真っ白な雪と鋼鉄のように凍てついた道路。明けたばかりの空が、朝の冷気とともに新鮮に輝いている。あふれる人ごみのなか、人々は口から白い息を吐き、それを風が散らした。


 季節は春。


 今日の気温は去年の冬と大差ない寒さで、顔に吹き付ける冷たい風がうっとおしく感じた。ふと空を見上げると、まるで冬の弱々しく柔らかな陽ざしが静かに降り注いでいる。


「さ、寒い……」


 タンスの奥から引っ張り出してきた灰色のパーカーと学校指定の紺色のセーターを着こんでいても、冷たい空気が繊維の隙間を縫って入り込んでしまう。


 ポケットに仕込んでいた使い捨てカイロがほかほかと熱を帯びてきたころ、突然背筋が凍るような鋭い痛みに襲われた。肩甲骨から尾骶骨にかけて冷たい何かが滑り落ちていく感覚。


「――っ!?」


 そのとき俺は呆れかえって、棒のように突っ立ったまま。そして直ぐ後ろから聞き覚えのある少女の透き通った声が聞こえてきた。


「柊くん。おはよ~! 今日もまた一段と寒い朝だね〜」


 その少女の方へと振り向き、俺は唖然としてまじまじと見つめて――


「どうしたの? 私の顔に何かついてる? それとも可愛すぎるこの容姿に見惚れちゃったかな?」


 ただ単純に、この女を見ているとたまらなく哀しい気持ちになった。かわいそうでかわいそうでたまらない。無意識に片眉を上げると、俺は同情するような表情を浮かべた。


「んも~、黙ってないで何か言ってよ。これじゃあ私がバカみたいじゃん」


 ああ、そうだな。おまえはバカだ。おまえを見ていると憐れみ以外の感情が感じられなくなりそうだよ。


「ねぇ~、ひいらぎくーん! 聞こえてる? 返事してよ~!」


 まったく朝からうるさいやつだな。いつからこんなうるさい女に育ってしまったんだろうか。見た目は良いのにどうしてこんなにもアホなのか、俺には理解に苦しむ。


「はあ……」


 やはり神は完璧な人間を生み出すことは不可能らしい。なによりも俺の目の前に立つこの少女の存在こそが、全てを物語っているから。


「なんか今すごく失礼なことを言われた気がしたんだけど……」


 察しが良いな。だけれど俺は知らん。

 おまえがそう思うんならそうなのだろうよ。

 おまえの中ではな、――それが全てだ。


「気のせいだな、忘れろ」


「えぇ~? ……まあいいや、それより柊くん! 急がないと、学校遅刻しちゃうよー?」


 改めて紹介しよう。

 この少しばかり頭のおかしい少女の名前は――世良柚希。


 小さい頃からの幼なじみで今現在も付き合いのある友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。……おっと、幼なじみだからって変な勘繰りを入れるんじゃあないぞ? 


 間違ってもコイツとだけは絶対に恋人などという恐ろしい関係にはならない運命なのだからな。


「……おい、腕を絡ませるなって」


「んふ~、いいじゃないですか〜!」


 ああ、もう鬱陶しい。


「離れろよ……邪魔だ」


「んも〜照れ屋さんなんだからっ!」


「……ウザい」


 本当に、マジでおまえと一緒にいるとめちゃくちゃ疲れる。どうして俺はこんなに朝からため息を吐かなければならないんだろう。


 死んだ魚のような瞳で俺は通学路を歩いて行く。早くこの悍ましい時間が過ぎ去らないかな、などという夢を抱きながら……


 その瞬間、柚希が何かを思い出したかのように、ぱっと俺から離れて行った。


「あっ、そういえばさ。今日が最後の四時間授業みたい」


 そう言って、柚希はスマホを鞄から取り出す。


「四時間ってもどうせ遊ぶだけだろ? 今日はもう二時間でいいよ。まったく、教師共は何を考えているんだ」


 学校という場所をもっと有意義に過ごさせてくれ、それが俺の唯一の望みだ。


「全く……これだから柊くんは友達少ないんだよ」


 どうしてだよ……というか、


「五月蝿い、おまえにとやかく言われ筋合いはねぇよ」


 群れるのがあまり好きではない俺にとって、あの小さな教室は最高にストレスの溜まる場所となっている。あの中に四十人も収まっているって考えるだけで頭が痛い。


 俺にとって学校とは、拷問部屋とそう対して変わらない感覚だった。

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