9話 ヨドミ/ユガミ → 崩壊/離脱
ヨドミの中心がユガミである。
中枢であるから、それを失った場所が持続するわけがない。
主を失った空間は、それがいた部屋から崩れはじめる。
即座にカズヤは部屋の入り口の方へと向かった。
この場所から脱出するために。
中央から崩れていく部屋から廊下へと逃げ出していく。
来た道を辿るだけなので、そう難しい事ではない。
ペンライトで照らしながら、記憶している道順をたどっていく。
途中、いまだに居残ってる人影にも出くわすが、相手をしている余裕は無い。
横に押しのけながら進んで振り切っていく。
こんな状況でも人影は襲いかかってこようとするが、構ってる場合ではない。
崩壊に巻き込まれたら異次元をさまようと言われている。
かつて同じように巻き込まれた者達はほとんど生還してこなかった。
奇跡的な例外もいるとは聞くが、それらがどうやって帰還したのかは定かではない。
おかげで崩壊に巻き込まれた後の対処方などは全く確立されてない。
中心となるユガミを倒した後は、速やかに脱出すること。
それが唯一の対処方法だった。
それにならって、ひたすら走っていく。
こんな事に巻き込まれたいとはカズヤも思っていない。
入り口まで戻ってさっさと外に出る事だけを求めていく。
中心地から始まる崩壊はさほど早くは進まない。
それだけが救いである。
構造も複雑なものではないので、道順も詰まるようなところはない。
ユガミとの戦闘でもそれほど消耗してないので、途中で敵と遭遇しても無理なく対処出来る。
焦ったりしなければ、難なく脱出出来るはずだった。
もっと規模の大きな、出てくる敵が強い場所ならそうもいかなかった。
今回、カズヤ一人でどうにか出来る程度の所だから、撤退もそれほど難しくはない。
途中、立ちふさがるように人影が溜まっていた部屋もあったが、それらも倒していく。
それらも、カズヤを止めるようにというよりは、逃げだそうとして詰まっていたようにも見えた。
だからだろうか、攻撃してくることもなく、出口を求めて入り口のほうに殺到していた。
そのせいで入り口がふさがり立ち往生してしまっていた。
いったい何のギャグだと思ってしまう。
それだけ人影達も必死なのだろう。
ヨドミの中で生まれたとはいえ、崩壊にまで付き合う気はないようだ。
それらはそれらで独立した存在であり、崩壊していくヨドミにまで付き合うつもりはないのだろう。
外に出て人に襲いかかっていけるのだから、これらも自分自身で生きていくだけの力はあるのかもしれない。
だからこそ、逃がすと危険である。
入り口である玄関まで戻ってきた所で、後ろを振り返る。
出口へと向かってくる人影達の姿が遠くに見えた。
まだ崩壊まで時間があるようで、目に見える所までは形を保っている。
その分、人影達の逃げる時間も出来てしまう。
脱出までに時間があるのはありがたいが、こうなってくるとそれが仇になってしまう。
ここにカズヤがたどり着くまでに脱出を果たした人影もいるかもしれない。
それについては仕方ないと思うが、ここから先も黙って逃がしてやる理由はない。
掌に集めた気を放ち、先頭を歩いてくる人影を拘束していく。
倒していくのは大変なので、足止めにとどまってしまう。
それでも、さして広くない廊下のこと、二体三体と先頭の者達の動きを止めれば効果はある。
後ろにいる連中も足止めをくらう。
押し合いへし合いになり、最前列にいるものが押しのけられていく。
その都度前に来たものを拘束していき、足を止めていく。
その向こう側に崩壊が迫って来るのが見えてくる。
遠くにいる者達が徐々に巻き込まれていく。
残った人影達がそこから逃れようとしているが、それもかなわなず崩壊に巻き込まれていく。
その瞬間、消えていく空間にあわせて人影達も姿を消していく。
巻き込まれていくそれらは次々に姿を消していく。
足止めをくってるものたちから、拘束されたものたちまでが消え去り、カズヤの数メートル前までが綺麗になっていく。
それを見てようやく後ろの入り口へと向かう。
薄い磨りガラスになってる戸に手をかけ、それを横に引いた。
一歩外に踏み出すだけでヨドミから本来の空間へと戻っていく。
ヨドミの中心だった家の門扉が、入る前と同じように閉まった状態になっている。
ただ、家の雰囲気は変わった。
異常の中心だった事で放たれていた禍々しさが消えている。
雰囲気がどこか明るい。
空気が淀んでる感覚がない。
そもそも家が変わっている。
入る前は築二十年か三十年はたってると思われたが、その家は無くなっている。
建て直したのか、新しいデザインの家に変わっている。
その家だけでなく、周囲の様子も同じように変わっている。
実際の築年数以上に古びてたり廃れてるように感じられた住宅が並んでたが、それらが一変している。
落ち着いた雰囲気も漂っている。
ヨドミが消えた事を実感した。
無くなった事で、様々なものが消え去っている。
おそらく中の住人達にも変化があるはずだった。
住人そのものも変化してるかもしれない。
さすがにそこまで確かめてられないが。
ただ、今までよりは良い状態になってるはずである。
これまでヨドミが消滅した後はたいていそうなっていたのだから。
何はともあれ、これで終了である。
これ以上カズヤに出来る事は無い。
自転車に乗ってその場から移動をしていく。
夜中に近所でもない場所をうろついていたら不審者扱いされなかねない。
時間も時間だし、さっさと家に帰りたいとも思う。
なんだかんだで疲れていた。
気力も体力も使っているのだ、余裕などあるわけがない。
途中にあった自販機を見て止まり、適当なものを買う。
喉も渇いていたので、とりあえず潤いが欲しかった。
缶の口を開け、中身を飲み込んでいく。
気分が落ち着いていく。
ついでに、携帯電話を取りだしメールを送っていく。
『作業終了』とだけ打ち込んだ短い内容を、仲間に送っていった。
この方面で作業を続けてる者達もいるはずなので、これでそれらを終わらせなければならない。
これでそれらも終わるはずである。
別の場所での活動にまわる事になる。
そのメールが送信されてから程なく返信が来た。
内容は想像できるが、念のために確認をする。
これまた短く、『報酬よろしく』とだけ書いてある。
「はいはい……」
と呟いて、確認の画面を呼び出した。
カズヤの前に、それがあらわれる。
ステータス画面と呼んでいるそれが、手を伸ばせば届く位置にあらわれる。
RPGのように能力が表示された半透明の一覧である。
こういった事に巻き込まれるようになってから表れるようになった。
念じるだけで呼び出せるし、気力などを消耗するというわけではない。
自分の状態が一目で分かるので便利ではある。
とはいえ、こんなものが出て来る事も不可解の一つではある。
なんでこういったものが存在するのか分からない。
あって困るものではないので便利に使わせてもらってるが、これもまた様々な謎の一つとなっている。
そんなステータス画面の中にある項目にカズヤは目を向ける。
『修養値』と書かれた部分に加えられてる数値を確かめていく。
ヨドミを崩壊させた事もあり、かなりの数値が数えられていた。
(二万五千八百ね)
ヨドミ一つを潰したのだから結構な点数になっている。
そのうちの幾つかを換金していく。
とりあえず報酬に必要な分、合計十万円を消費する。
精算をすると、修養値が一百点減少する。
それからポケットに手を入れる。
先ほどまで無かった感触が指先に伝わってきた。
取り出すと十万円のお札が出て来る。
確かに換金は出来た。
(明日にでも渡すか)
こういう事は急いだ方が良いが、さすがに今日はもう遅い。
メールをあらためて送信し、明日の都合の良い時間を聞いていく。
とりあえずは返事待ちになる。
あとは残った修養値の使い道を考える事になるが、さすがにその余裕が無い。
(帰るか)
他にやる事も無い。
さっさと家に帰ろうと思った。
「ちょっと」
などと呼び止められるまでは。
続きは20:00に投稿予定。