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8話 ヨドミ → ユガミ

 広い部屋だった。

 何も無い、ただ広いだけの部屋だった。

 殺風景という言葉がよく似合う。

 えてしてこんなものである。

 仰々しい装飾や、おどろおどろしい舞台背景などがあるわけではない。

 むしろ、何も無い空虚感がある意味こういった場所には似合う。

 生活感がない。

 息づかいがない。

 そこで生きているという感触がない。

 ただただ何も無い。

 生命の躍動が全く無い。

 それがヨドミの性質をこれ異常なく示しているようにも見えた。

 中央に何かがいるだけの、無機質さが。



 それだけが異彩を放っていた。

 赤黒い肌を持ち、黒い衣服のようなものを身にまとい、立っている。

 何を考えてるのか、何を感じてるのかも分からない無表情で。

 ペンライトに照らされたそれは、彫像のようにすら見えた。

 相対するだけで背筋が凍るようなおぞましさを放ちながら。

 禍々しいとはこういう事だと実感させてくれる。

 それがこのヨドミの主であろう。

 見た目は人間に近いほどととのっている。

 少なくとも人影などよりはよほど人間に近い。

 肌の色などはともかくとして。

 それでも何かが決定的に違うのを感じさせる。

 思う事はただ一つ。

(歪んでる……)

 別の場所で何度も見てきたヨドミの主達と共通する何かがある。

 空気や雰囲気といった曖昧なものではない。

 空間や次元すらもねじ曲げてるような感覚。

 その中心がこれなのだと実感させる何かがある。

 何かをねじ曲げてるから存在するこの空間の主にふさわしい。

 化け物の主でもあるこれらは、ヨドミと同様共通して呼ばれる名前を与えられていた。

 ユガミと。



 塩をまいていく。

 この部屋の、このヨドミの、ここから生まれる全ての化け物達の主の前に。

 まだ動きを示してないそいつの前にしきつめるように。

 動きを少しでも阻害出来るように。

 それでどうにかなるような相手ではないが、こんな事が何かの役に立つ事もある。

 ちょっとした準備を疎かにする事で、多大な苦労を背負わねばならない事もある。

 神経質に思えるくらいに慎重である事は、命を長らえるに必要な措置である。

 こんな危険な場所に踏み込んでおいて慎重も何も無いが、その中で最善をつくす事を捨てはしない。

 そんなカズヤを何時までも放置するほど相手も甘いわけではない。

 相手の前方から横に入ろうとしたところで、ユガミの腕があがった。



 腕が伸びる。

 人間としてあるべき長さを無視して伸びてくる。

 ひろげた掌が更にひろがり、カズヤを包み込むほど拡大する。

 物理的にありえない動きをしてくるそれらを、カズヤは手刀で弾く。

 手先だけでなく腕全体を使い、包み込むように掴もうとするユガミの手を切り裂いていく。

 通常ならありえないだろうが、気を用いた攻撃ならそれも可能になる。

 網のようにひろがっていた手が、肘から先を用いた切り上げによって二つに分かれていく。

 身につけた技量がもたらす手刀の鋭さだけでなく、気を用いた攻撃が相手の体を切り裂いていった。

 使い方によって、敵を打ち倒す事も傷を癒す事も出来るのが気である。

 それを攻撃に用いてるからこそ、ユガミの体を引きちぎっていける。

 武器らしい武器を持てないだけに、この技術の有無が戦闘力に関わってくる。

 境界やヨドミの中ならともかく、そこに至るまでは一般社会の中である。

 不用意に武器を携帯するわけにはいかなかった。

 警察に捕まってしまう。

 ただ、持ち運ぶことが出来たとしても、それほど役に立つわけでもない。

 どれほど鋭い刃でも、鉄板すら簡単に打ち抜く銃器であっても、化け物達相手では効果が薄い。

 全く効果が無いというわけではないが、相応の処理を施してない限り人間相手の時より威力は落ちる。

 そんな事情もあるので、ヨドミやユガミを相手にする者達は、武器よりも気の鍛錬に時間を割いている。

 その成果をカズヤはしめしていった。



 相手の手を切り裂いてすぐに、もう片方の手に気を凝縮する。

 それを相手むかって伸ばし、捕縛しようとする。

 人影ほど簡単ではない。

 長く伸びた気の網はユガミを捕まえるが、動きを留めるにはいたらない。

 大幅に阻害はするが、身動きを完全に禁じるには至らない。

 相手の力量が大きいからである。

 それでも動きを制限するだけでもかなりのものである。

 技を研ぎ澄ましていなければ、そもそも効果を発揮する事もない。

 そして、止められないまでも大幅に阻害してるだけで十分だった。

 相手が下手に動き出したりしないでいてくれれば、それだけ攻めも守りもやりやすい。

 先ほどのように、腕を伸ばし手をひろげる事が難しくなってるだけでつけいる隙が大きくなる。

 その場に立って掌を向け、気を放っていく。

 衝撃がユガミの体を穿ち、内部をさらけ出していく。

 気の凝縮によって形作られてるのはユガミも同じである。

 ただ、密度や強度が雑魚の化け物とは違う。

 核の部分を剥き出しにするだけでも結構な時間がかかってしまう。

 その間、接触距離にいたら、かなりの影響を受ける事になる。

 人影のような低級な化け物であっても、ユガミから生まれた歪みでしかない者達ですら、接触すれば悪影響を与えてくる。

 大本になるユガミであれば、それは更に強くなる。

 そんなユガミに接近しての攻撃などかなりの無茶となる。

 どうしても接触しなければならないならともかく、可能な限り距離を置いて対峙するのが定石だ。

 まずは表面を削る。

 核を剥き出しにして、それから対処する。

 その為の手段は様々になるが、これが基本的なやり方になる。

 核の位置はだいたい共通しており、人間形態であれば心臓の位置にあるのがほとんどだ。

 動物などの形をまねる場合もあるが、そういった時でも心臓にあたる場所に核は存在する。

 それ以外の形をとる事もあるが、そういった場合は全体の中心となる位置に存在する事が多い。

 今回、とりあえずは人型なので、心臓に近い位置を狙っていく。

 その周囲の部分は邪魔になる。

 なので、頭を、肩を、胸を、腰を吹き飛ばしていく。

 吹き飛ばされる方もされるがままというわけではなく、残ってる部分から体の一部を伸ばして迎撃しようとする。

 見た目によって判断しがちな部位や器官などの違いなど全く関係がないように。

 実際、化け物どもがとってる姿形の意味はない。

 生物のように、そこに骨や臓器があり、部位ごとの役割があるという事は無い。

 あってもそれはかなり希薄なようで、どこかが吹き飛んでも全体に支障が出るような事は無い。

 失血や部位の損壊による生命の低下と喪失はほとんどない。

 人間や動物などの形をとってる事はあるが、あくまで形を真似ているだけのようであった。

 なので、体のあちこちが吹き飛ばされても生きているし、残った他の部位を変形させて攻撃をしてくる。

 形が崩れるに従い、それは顕著になっていく。

 編み目のような気の拘束を突き破ってくる攻撃は、人間のものではない。

 異形の化け物にふさわしいものだった。

 それもそう長くは続かない。

 気の塊によって吹き飛ばしていたユガミの体から、ようやく核が露出してくる。



 それが見えてからは簡単である。

 再度相手の体を拘束し、動きを封じていく。

 それから接近し、ユガミの間近まで迫っていく。

 体のあちこちが歪んできしむ感覚に襲われながらも近づく事をやめない。

 ここまで来たら、離れた所から遠距離攻撃を仕掛けていくだけでは済まなくなる。

 安全性は高いが、一撃の威力に欠けてしまう。

 接触しての攻撃は、継続的に気をぶつける事が出来るので、基本的には遠距離攻撃より有効になる。

 ユガミの影響を受ける諸刃の剣となるので短期決戦が望まれる。

 核が露出すれば、それも可能となる。

 手を気で覆い、核を握る。

 脈動するようなユガミの気が流れ込んで来る。

 それをはじき返すように、カズヤも気を掌に集中していく。

 ユガミの核から放たれる波動が押し切られ、カズヤの気が核に触れていく。

 その接点から段々とヒビが入っていく。

 小さく細かい、無数の亀裂がだんだんと核の表面の剥落となっていく。

 時間が経つごとに進行は加速し、核はボロボロと崩れだしていく。

 核を中心にしていたユガミの体も、あわせて分解されていく。

 カズヤも神経を削るような、撫でるような悪寒を感じているが、生命の危機に至る程ではない。

 それよりも遙かに早く、ユガミの核が破壊された。

 結晶だった核が消え去った事で、残っていたユガミの体も分散されていく。

 このヨドミの中心が完全に消滅していく。

 空間の崩壊が始まっていった。

 続きは明日の17:00予定。

 誤字脱字などありましたら、メッセージお願いします。


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