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75話 回想:消失

「じゃあ、今日もがんばろう」

 翌日、見つかったヨドミの一つに向かう前の言葉である。

 渡された道具を受け取ったカズヤは、「はい」と答えてワゴン車に乗り込んでいく。

「それで、どこに行くんですか?」

「この近くの小学校」

 カズヤが通っていた所である。

 今は弟と妹が通っている。

「あそこにもあったんですか」

「ああ。

 校庭の倉庫にな」

 なるほどと思った。

 ノボルの在学中から、態度の悪い連中が入り浸ってると言われていた場所だ。

 化け物が寄りついたとしても不思議はない。

「まだ早いから、もうちょっとしてから入る。

 それまではゆっくりしてて」

「はい」

 日は沈んでるが、時間的にはまだ夕方を少し過ぎたくらいである。

 人に見られる可能性があった。

 出来るだけ急い終わらせたいが、見つかったら色々と面倒ではある。

 やってる事にやましい事はないが、傍から見れば不法侵入でしかない。

 正直に、

「化け物を倒す為に入った」

と言って信じてくれる者がいるわけもない。

 これもやむをえない措置である……というのがノボルの弁である。

「ま、結果が良ければそれでいいって」

 そういう考え方にある種の感銘を受ける。

 良いかどうかは判断しかねるというか、してはいけないと思ったが。

 ただ、手をこまねいてるわけにもいかない。

 実際に常ならざる存在がいる事を知ったら、それらを無視していくわけにはいかない。

 カズヤの方で無視しようとしても、相手の方からよってくる。

 逃げ続ける事が出来れば良いかもしれないが、それではいずれ力尽きる。

 立ち向かっていく以外に助かる道はない。

(しょうがないか……)

 そう思って小学校の中に入っていく。

 卒業して一年にもならないが、既にいくらかの懐かしさを感じてしまった。

 感慨にふけってるわけにもいかないので、目当ての体育倉庫へと向かっていく。

 在学中も立ち寄る事がなかったので、始めてその中に入る事になる。

(鍵、開いてるのかな)

 それが心配だったが、杞憂に終わる。

 驚いた事に鍵はかかってなかった。

 なぜ、という疑問は中に入ってすぐに解消される。

 既に先客がいた。



 まだそれほど遅くはないとはいえ、とっくに日は落ちている。

 子供が外に出ていて良い時間とはいえない。

 最近は塾や習い事で夜も遅い子供も増えているが、それでもあまり良い事ではないだろう。

 なのに体育倉庫には、そんな子供達が屯していた。

 それも数人。

 お世辞にも柄がよいとはいえない者が揃っている。

 ヨドミの近くとあって化け物に取り憑かれたそれらは、入ってきたカズヤ達を淀んだ目で睨んできた。

 即座に境界が発生したのは吉か凶か。

 化け物がすぐに襲いかかってきたので考える事も出来なかった。



 化け物そのものは簡単に片付ける事が出来た。

 ノボルとマキがいるので造作もない。

 ただ、化け物を倒し、境界が解消された後が問題だった。

 境界にいる間にはカズヤ達の事を認識出来ないだろうが、元に戻ればそうはいかない。

 騒がれる可能性がある。

 捕らえて拘束しておくしかなかった。

 手足は縛り上げ、目と口にはガムテープをして。

 ただ、その中の一人を見て、カズヤはどうしようもなく衝撃を受けた。

(なんでここに……)

 縛り上げながらそう思ってしまう。

 化け物こそ取り憑いてない、というか以前カズヤが取り除いたからいなかった。

 だが、思い起こせばそれらしき兆候はあった。

 帰りが遅かったり、態度が悪くなったり。

 良くない事が起こってるのだろうと思っていたが、まさかこういう所に入り浸ってるとは思わなかった。

 こういう連中と付き合いがあるというのも想像していなかった。

 縛り上げてる者────自分の弟がここにいる事を。

 何があってどういう経緯でこうなってるのかは分からない。

 だが、こういう事になってるのが残念だった。

 自分も含めて家族が悪い方向に向かってはいたが、ギリギリの所で何とか踏みとどまってると思っていた。

 ここに来て弟がこういう連中と一緒にいるのを見て、それが願望でしかないのをまざまざと見せつけられた。

(あいつも、こんな風になってるのかな)

 その下の妹の事も考える。

 小さいが化け物に取り憑かれていたのだから、何かしら悪い事に巻き込まれてるかもしれない。

 確かめようもないが、その可能性がただの懸念であるよう願うしかなかった。



「じゃあ、行くぞ」

 子供達を縛り上げてからヨドミに突入していく。

 下手に外に出すわけにもいかない。

 もっと安全な所に連れて行くべきだとは思ったが、誰かに目撃されたら厄介である。

 事を終わらせて戻ってきてから解放しようとなった。

 それまでは、この場に留まる者達に護衛と監視をしていてもらう事になる。

 念のために子供達に塩をふりまいて。

 化け物を取り除いたはいいが、再び取り憑かれたら面倒である

 手早く終わらせようと決めて、ノボルとマキとカズヤはヨドミに入っていった。



 名前通りに空気が淀んでるように感じられた。

 粘り着くような何かが膚に絡んでくる。

 倉庫の内部のような作りの空間だったヨドミは、長居する気にならないような雰囲気だった。

 そんな中を、ゆらゆらと漂うように歩いてる化け物が見え隠れする。

 人影よりはしっかりとした実体を持ってる。

「ゾンビかな」

 ノボルがぼそっと呟いた。

「それって、死体って事ですか?」

「いや、そういうわけじゃない」

「動きがのろのろしてて、ああやってさまよってるからそう呼んでるの。

 名前がないと呼びづらいから」

「ああ、そういう事ですか」

 はっきりとした名前があるわけではなく、識別のために名付けてるようだった。

 ただ、言われてみるとそんな感じにもなってくる。

 ゆっくりと動いてるそれは、映画やゲームで見る動く死体にそっくりだった。

 体が腐敗してるわけではないが。

 それらを倒しながら三人は進んでいく。

 まとわりつく粘った空気は鬱陶しかったが、だからこそさっさと片付けて外に出たかった。



 たどり着いたユガミは、それまで遭遇したゾンビと違い、機敏な動きを見せてきた。

 小柄な人間のような姿をしたそれは、飛び跳ねながら近づき、あるいは遠ざかりながら攻撃をしかけてくる。

 身の軽さを用いた動きはとらえる事が難しい。

 それでもマキが広範囲に放つ気力の波がそれをさらっていく。

 無色透明の気のうねりが跳ね飛ぶ異形を壁に叩きつけた。

 その瞬間を逃さずノボルが一気に距離をつめた。

 すぐに飛び退こうとしたユガミであるが、ノボルが掴まえる方が早かった。

 逃げだそうと手足を使ってノボルを殴り蹴るが、そんな事で離すほどノボルも軟弱ではない。

 握った手に更に力を入れてユガミを引き寄せる。

「往生際が……」

 もう片方の手に握った刀が、暴れる手足を打って切り落とす。

「悪いんだよ!」

 身動きが取れなくなったところで手を離し、両手で刀を握りなおす。

 振りおろした刃は、ユガミの体を斜めに両断した。

 核は切り損なったが、これで動きを完全に止めた。

 それでもまだ床の上でのたうちまわるユガミの核をノボルは切っ先で打つ。

 捕らえるまでは手こずったが、そこから先は呆気なく終わった。

 それが出来るだけの能力があってこそだが、カズヤは単純に感心した。



「お疲れさん」

 終わってヨドミから出て来たカズヤ達は、見張っていた者達と声を交わす。

 特に変わった事も無かったと聞いて安心し、始まっていく変化を眺めていく。

 今回は分かりやすいくらい変化がはっきりとあらわれていくようだった。

 周囲の様子が少しずつ変わっていく。

 とはいえさほど大きな変化はない。

 しまってある様々な道具の配置が変わっていくくらいだった。

 奥の方が道具で仕切られて小部屋のようになっていたが、それが綺麗に整頓されていく。

 ここに入り浸っていた連中が、自分達が潜んでいられるように並び替えていたのだろう。

 よくもまあ気づかれなかったものだと思う。

 それほど必要無い物が奥にまとまっていたのかもしれない。

 だが、物はそれで済んだが、人の方はそうはいかなかった。

 転がっていた悪ガキ達の姿が消えていく。

 少しずつ透明になりながら。

「え?」

 見間違いではないのかとそちらに目をやる。

 気のせいでも何でもなく、子供達が消えていっていた。

「な、これ」

「ああ、今回はこうなんだ」

 あわてるカズヤと違い、ノボルはあっさりとしたものだった。

「物だけじゃなくて人が変わる事もあるからな。

 今回はそうだったんだろよ」

「でも、それじゃ」

 消えていく弟を見て愕然とする。

 聞いてはいたがまさかこうなるとは思ってもいなかった。

 自分の周辺の者達は大丈夫だと、何の根拠もなく思っていた。

 だが、そんな事は無い。

 何が条件なのかは分からないが、それに合致したなら該当していく。

 それだけの事なのだろう。

「なんだ、知り合いか?」

「弟です……」

「そうか……」

 ノボルもそれで全てを察した。

 そして、それ以上は何も言わなかった。

「これ、どうにか出来ないんですか」

 そう聞かれた時に、

「分からん」

とだけ答えた。

「俺ら何がどうなって消えていくのか分からん。

 どうにかしたくても何も出来ん」

 何一つ嘘のない事実なのだろう。

 だからこそ絶望も大きくなる。

 弟を救う手段がないという事なのだから。

 ただ、黙って見ているしかなかった。

 続きは明日の17:00予定。

 誤字脱字などありましたら、メッセージお願いします。

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