74話 回想:喪失/反転/因果
「おう、来たか」
ヨドミに入ってきたカズヤへの言葉である。
「逃げるわけにはいかないですから」
そう言いながら周りを見る。
自宅にあった異空間とは違った作りをしてる事にすぐ気づく。
今回は家の中のような形になっていた。
結構広い居間のような空間になっている。
「なんか、違いますね」
「何が?」
「家にあったのと」
「色々あるからな、ここも。
同じような所もあるけど、全部一緒なんてのはそうそうお目にかからないよ」
「そういうもんですか」
また一つ、実生活にはあまり役立たない情報が頭に入っていった。
「それじゃ、やり方とかも違ってくるんですか?」
「こういう所の怖し方か?
まあ、細かい所で違いは出て来るな」
全てが一緒というのはありえない。
出て来る化け物も、構造も違いはある。
それに合わせたやり方を見つけていかねばならない。
「けど、基本は同じだ。
奥にいる中心になってる化け物を倒す。
それだけだ。
途中で化け物が出て来るのもな」
事前に聞いたいくつかの話の中に出て来た事だった。
その時はそんなものかと思ったが、こうして実際に見てみるとそれを実感する。
確かに違いがあるのだから、やり方には幾らかの修正は必要だと思った。
だが、目的は基本的に同じのようでもある。
ある程度は同じ事を繰り返すようだから、おぼえなければいけない事はそれほど多くはなさそうだった。
違いに応じられる柔軟性も必要だが。
楽は出来ないが、極度に大変というわけではなそうだった。
「じゃ、行こうか」
そう言ってノボルは先へと進んでいく。
その後ろを追いかけていく。
そこに更に、
「ちょっと待ってよ」
と背後から声がかかった。
「マキさん……」
「勝手に進むな」
言いながらノボルの方へと向かっていく。
一緒に行くらしい素振りに、少し安心出来た。
人数は多い方が攻略は楽になる。
カズヤが足手まといでしかない現状だと、もう一人増えてくれるのはとてもありがたかった。
畳張りの居間を出て板張りの廊下に出る。
少し古いタイプの建て売り住宅のような作りだった。
どことなく安っぽさが感じられる。
懐中電灯の明かりに照らされる内部は、普通の住居と違いがあるようには見えなかった。
そこを行き来する赤黒い人影が無ければ。
ゆっくりと歩いてくるそれらが、この場の異常性をあらわしていた。
「どうする?」
「やるしかないだろ」
マキの問いかけにそう答えてノボルは人影へと向かっていく。
手にした刀を振るって、ほとんど一方的に化け物を倒していった。
前回もそうだったが、手助けが必要なのかと思ってしまう。
マキが一緒であるが、一緒にいる必要があるとは思えない。
ノボル一人でこのヨドミも破壊出来てしまうと思えた。
もちろん、一人でやるより二人の方が効率は良くなるし、安全性も高まるのは分かるのだが。
(いらねえよな、そういうの)
保険をかけてるのかもしれないが、それも不要だろうと思ってしまう。
実際、マキは何もせずにノボルのやってる事を眺めてる。
それで何も問題なく事は進んでいく。
レベルが上がるとこうなるという見本のようなものだった。
その後ろについて回るだけで修養値が手に入るのだから、これほど楽な事は無い。
ここまで楽をして良いのか、と恐縮するほどである。
戦力を揃えるためなのは分かってるが、それを差し引いてもだ。
そのつもりはないが、カズヤがノボル達の所を抜けたら、協力した分だけ無駄になってしまう。
そうなったらどうするのだろうと思ってしまう。
(まあ、一緒にやってく方がいいだろうけど)
何でもそうだが、一人でやるより協力者がいたほうが楽である。
仲間がいない状態が長かったおかげでそれはよく分かる。
人付き合いによる鬱陶しさもあるが、仲間がいればそれだけで出来る事も増える。
化け物への対処もあるし、ノボル達と一緒にいる方が利点は大きい。
見返りを求めての事であっても、それは変わらない。
そもそも見返りのない関係などそうそうあるものではない。
友情とて、一緒にいて楽しいという利益がある。
命がけの作業をこなしていく、化け物から身を守っていく事を考えたら、相応の要求があって当然だ。
それが分かるくらいには、カズヤも頭を働かせられる。
人間の嫌な部分を見せつけられたおかげで、それなりのしぶとさと逞しさを身につけざるえなかった結果でもある。
むしろ、良い顔をして近づいて来るような連中の方が胡散臭いくらいだった。
はっきりと理由や目的を示してくれるノボル達のほうがまだ信じる事が出来た。
そのままユガミに到達した三人は、かなり一方的な戦闘に突入していった。
人形のように表情を固定した人型の化け物だったユガミであるが、まともに攻撃出来たのは最初のうちだけだった。
攻撃のほとんどは、前に出たノボルがたたき落としていく。
そこにマキが気力を用いた攻撃を仕掛けていく。
ほぼ互角に渡り合っていた所に攻撃が加わるのだ。
すぐに均衡が崩れ、一方的な展開になっていく。
次々に飛ぶ気力の塊は、ノボルを避けてユガミだけ狙っていく。
打ち出す塊を操る事も出来る技術を用いる事で、仲間に当てずに攻撃をする事も出来る。
一撃一撃の威力もあいまって、ユガミの体はどんどんはじけ飛んでいく。
修復もすぐに始まるのだが、それよりも攻撃の方が上回っている。
「すげえ……」
体に穴が空くとこんな感じなのだな、と思って様子を見ている。
カズヤの出る幕はこれっぽっちもない。
最後はノボルの刀が剥き出しの核を砕いて終わった。
「楽勝だったな」
「調子にのるな」
負担を感じてる様子もない二人を見て、あらためて自分との違いを感じた。
その後も面倒や難しい所はなかった。
出入り口近くまで戻って、残った化け物を食い止めてから外に出る。
ユガミのあった家は今まで通りだったが、それでも雰囲気が変わっている気がした。
この家の者と思われる者達も、縛り上げられて転がったままである。
それらを放置して、待っていた者達と外に出る。
ヨドミの入り口から出て来る化け物を警戒していた彼らも、家の住人の事など気にもかけてない。
それで良いのかと思うが、誰もが「まあ、いいんじゃないか」と言う。
「どうせ長くはないだろうしな」
乗り込んだワゴンの中でノボルが理由を話していく。
「化け物のおかげで上手くいってたんなら、これで全部おしまいだよ。
あとは潰えていくだけだ」
はしごが外されたというか、土台が消えたようなものだ。
今まで化け物によって上手くいってたなら、化け物が消えれば落ち目になるしかない。
上げ底が元に戻るだけではあるが、落差が大きければ失うものも大きくなる。
ヨドミやユガミの消滅にともなって、無くなった何かもあるかもしれない。
それが事業にとって大事な要素だったらどうなるか?
考えるまでもない。
化け物に影響されてない部分は残るかもしれないが、それがどれほどあるのかは分からない。
「明日から運気が一気に変わるのかもな」
そう言ってノボルは笑った。
「今まで人の不幸の上で良い思いをしてただろうからな。
その分の報いなら甘んじて受けてもらわないと」
同情の余地はないようだった。
その後どうなったかはカズヤも詳しくは知らない。
ただ、何ヶ月か経った頃にいくつかの噂を耳にした。
ユガミのあった家は、その後事業が傾き、様々な負債を背負い込む事になったという。
取引先や従業員、家族の関係も悪化し、誰からも見放されるようになったとか。
今まで強引に事業を進めていたらしく、それらが全て裏目に出たようだった。
上手くいってる間はそれでも無理矢理に従わせる事が出来てたが、ちょっとした躓きでそれらが裏目に出たようだった。
作業の進捗や資金繰りといったものがちょっとでも滞ったところで、信用を一気に失っていったという。
付き合いたくはないが、金払いが良いから仕方なく取引に応じていた所が多かったのだとか。
誰もが取引を終える機会を狙っていたのだろう。
問題になるほどでもないちょっとした失敗を理由に、取引や協力が拒否されるようになっていった。
それが理由で受注した仕事を仕上げる事が出来ず、更に信用を失っていく。
落ちるのは早い。
最初の躓きから、事業の失敗に至るまではさほど時間もかからなかった。
カズヤの耳に話しが入ってきた頃には、再起不能になるほど落ち込んでいた。
その後、気になってその家の所まで出向いた。
『売家』と書かれた看板がすぐに目についた。
既に中に人はいないらしく、空洞になってるような印象を感じた。
しかし、陰気さというか悪い雰囲気は消えていた。
ヨドミが消えたためなのだろう。
(なるほどな……)
何がどうなってるのかは分からなかったが、何となく納得してしまった。
なるようになったのだと。
よりよい方向に動いた結果がこれなのだと。
その頃にはもう何度もヨドミに突入してユガミを倒していた。
変化していく周囲も目にしていた。
空き家が一つ出来たくらいの変化など、気にとめる程でもなくなっていた。
様々な因果の結果がこれなのだろうと。
少なくとも、前より悪くなってないならそれで良い……そう思えるくらいに慣れていた。
そんな事より、まだ見つかってないユガミの探索の方が先である。
指示機を見ながら歩き出していく頃には、かつて侵入した家の事など気にもしなくなっていた。
続きは明日の17:00予定。
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