7話 境界/巣 → ヨドミ
門扉から敷地の中に入ったはずだった。
なのに目の前には、灯りのない暗い廊下がのびている。
振り返ると、いつの間に入ったのか玄関がある。
それが先ほど入る前に見た家のものではないのは確実だ。
そもそもの大きさが違う。
畳で言えば四畳や五畳はあるだろう広い玄関である。
ガラス張りの玄関からかすかに差し込んでくる光でそれらが見える。
もともとの家であったなら、この半分も無いはずだ。
奥へと伸びる廊下も、元の家の大きさではありえない。
暗くて先が見通せないが、五メートルや十メートル程度ではないだろう。
ポケットからペンライトを持ち出して照らしていく。
視界が大分明るくなる。
それでも廊下の奥は見渡せない。
光がそこまで届いてくれない。
(まあ、いつもと変わらないか)
嘆いていても仕方ないので先へと進む。
行くところまで行かなければこの状態を解消する事は出来ない。
何事もなくたどり着く事は出来ないだろうが、それも承知である。
化け物の巣窟において、最後まで敵と遭遇しない事などありえない。
どれだけ効果があるか分からないが、塩をまきながら進んでいく。
大量に買い込んであるので、遠慮無く使える。
化け物が出てきても、これで少しは足止めになるはずだった。
それでも消しきれないものもある。
(…………淀んでんな、相変わらず)
空気が。
雰囲気が。
そういったものが濁っている。
振りまいてる塩が多少は穢れをはらってくれてるだろうが、それでは消しきれない。
祓っても祓っても邪気があふれてくる。
それが空気を汚染しているように思えた。
だからこそ、化け物の本拠地はこうも呼ばれる。
『ヨドミ』と。
何も雰囲気だけの事ではない。
水の流れの中に出来る、そこだけ流れが滞ってる部分。
ゴミや汚れが溜まっていく場所。
世界の中にあってそこだけ滞留が発生する所。
穢れを取り込んで発生するのか、淀んでいるから凶事を生み出してしまうのか。
その原因も定かでないが、誰もが同じように感じる感触から、化け物の巣窟はそう呼ばれる事が多かった。
これを潰さない限り、無尽蔵に化け物が発生してくる。
止める為に、ヨドミの中心にいる化け物を倒さねばならない。
危険と分かっていても踏み込むのはその為だった。
当然歓迎されるわけがない。
ここで生まれた者達が、撃退のためにあらわれてくる。
廊下の途中にある分かれ道から。
部屋の中から。
階段の降りてきて。
ペンライトに照らされる人影達が、ゆらゆらとカズヤの前に立ちはだかる。
発生源であるだけに、かなりの数がいる。
倒して進むしかないが、消耗は避けられない。
発生源だけに倒してもすぐに新しい者が生まれてくるので、じっくり時間をかけていくわけにもいかない。
このヨドミの主を捜し出し、倒す。
まずは人影共を消し去る必要があった。
塩をまいて進んでいるので、人影も簡単に近づいてくる事が出来ない。
接近すればすぐに痛手を受ける事になる。
ただ、効果はさほどではない。
ヨドミの中に居る事で、清めの効果も落ちてしまっている。
何せ周囲は穢れそのものと言ってよい。
振りまいた瞬間から塩の効果が発揮されていく。
床に落ちる頃には、その効能を用いて浄化をしている。
効能はその分低下してしまっていた。
それでも迫ってくる人影に投げかけて足を止める。
少しでも時間と距離を稼いでおきたかった。
それから塩を自らにふりかえていく。
何もそこらにまく事だけが使い道ではない。
自分に用いる事でヨドミの影響をいくらか緩和する事が出来る。
掴みかかってくる化け物達も、触れた瞬間に痛手を負わせる事が出来る。
わずかな時間しか効果はないが、それで十分である。
手刀をつくって気をまとわせ、人影共に打ちかかっていく。
目の前にあらわれた者どもをまずは片付けていった。
家の中のような姿を持つヨドミだが、構造は大きく変わっている。
長くのびた廊下は入り組んで迷路のようであり、部屋の位置も住居としての機能を考えたものとは言い難い。
部屋の中も、畳がしかれてたり、テレビやソファが置かれてたり、食卓が置かれてたりはしている。
しかし、それらは生活に用いる為というよりは、家としての体裁をととのえる道具のように並べられてるような印象を与える。
そもそも部屋には別の戸があり、そこからまた別の廊下へとつながっている。
住居構造としてはありえないような馬鹿げた造りになっている。
外から見た敷地の大きさからしてもありえないほど広大だ。
あるべき構造を完全に逸脱している。
迷路と言った方が適切であろう。
だいたいにおいてヨドミとはこうした造りになっている。
それが目的地の場所を把握しにくくしている。
あちこちの部屋で少しずつ形作られていっている人影の存在もあり、先に進むのが難しい。
進んでは行き止まり、戻っていけば新たに形作られた人影に襲われる。
形成中のものにも、見つけ次第塩をまいていってるが、これでは切りがない。
立ち止まっては気を張り巡らし、周囲の状況を探っていく。
効果範囲は屋外にいた時よりも更に狭まってしまっている。
それでも無駄を省く為に、要所要所で意識を拡大していった。
おかしな形にいりくんでる家の形をしたヨドミの中に、気がのびていく。
それが家の中の形をとらえ、カズヤに構造を伝えていく。
それでも行きつ戻りつになってしまうが、無駄を極力省いて先に進んでいける。
途中で遭遇してしまう人影は、仕方ない負担として撃破していくしかない。
外に面した窓や戸のない暗闇の中を、ペンライトを頼りに進んでいく。
廊下から部屋に入り、先に進んでまた戻る。
戻って別の道を辿り、気を張り巡らして周囲の様子を探る。
その繰り返しで先に進む。
知らず知らず汗が浮かび、焦りが生まれてしまっていた。
奥へとたどり着いたのは、それからどれだけ経過してからか。
時間の間隔すら淀むような中を進み、最後の部屋に辿りつく。
体力も大分奪われた。
一キログラムあった塩も三割ほどしか残ってない。
使わねば余計な手間を増やすだけではあったが、随分と使ったものだと思った。
それもここで最後かもしれないと思えば気も楽になる。
(本当に最後か分からんけど)
そう思わせておいて更に先がある、というのもヨドミの中で体験してきていた。
目の前の戸が、更なる通路への入り口かもしれない。
もしそうならどうしようと思ってしまう。
(ま、そん時はそん時だ)
進まなければそれすらも分からない。
念のために戸に塩をかける。
まとわりついてるかもしれない穢れを落とすために。
ついでに歩いてきた方向にも塩を多めにまいておく。
背後から迫ってくるかもしれない人影達を牽制するために。
稼げる時間はわずかであっても、それが明暗を分ける事もある。
そこまでしてようやくドアノブに手をかける。
さすがに緊張する。
相手の出方を伺うように、ゆっくりと開いていった。
予定より一時間ほど早く投稿。
まだ投稿時間を決めかねている。
続きは20:00に投稿予定。