57話 知りうる真実 → この目で
「じゃあ、行こうか」
事務所の前に停まったワゴン車に乗り込みながら言う。
一度ヨドミの攻略に向かった者達が帰還し、それと交代する形になる。
昨日からずっと攻略にあたってるので限界がきていた。
トガビトとの戦闘があったとはいえ、彼らほど消耗してないカズヤ達がその代わりに入る。
アヤナを加えて。
カズヤの話しを聞き、色々と考えた結果である。
何はともあれ、カズヤ達がやってる所を一度見てみようと。
その結果、周囲がどれほど変化するのかを。
本当にそれで良いのか分からないが、確かめないままではいられなかった。
何がどれくらい変化していくのか、カズヤの言う通りに変わるのかを確かめたかった。
その為に、どこかの誰かを消す事になるかも知れないのは分かっている。
それでもこの先の事を決めるには、実際に目で見てみるしかなかった。
車の中で揺られながら目的地へと向かう。
本当にこれで良いのかと迷いながら。
目的地となるのは、廃校となった小学校だった。
近年の児童減少の影響で閉鎖。
周囲の町も廃れていっているという。
いずれは建物も解体される予定というが、予算の関係でまだ手つかずのまま残っている。
建物の老朽化もあり、立ち入りは当然禁止。
しかしご多分にもれず、こういった場所だからこそ不法侵入者が後を絶たない。
広い校庭で遊び回ったり、校内を探検する者がたびたび目的されてるという。
そして、嘘か誠変わらない心霊体験や物陰に消えて行く不審な姿の情報も。
元々学校だった事もあるので、七不思議などの話には事欠かない。
それもあって、速くも都市伝説などが誕生してるようだった。
おかげで肝試しの場所としては何度も用いられてるらしい。
壁や塀の落書きは言わずもがなというべきか。
封印派が調べただけでもそういった事が分かっている。
閉校になる前から色々と噂の絶えない所だった事も。
教師や生徒の不祥事に事件、周囲の地域での問題や停滞。
不可解な出来事が色々と発生していたようである。
化け物の巣である事を考えれば当然だろう。
今まで手が着いてなかったのが意外なくらいだった。
ここまで手が回らないほど忙しかったのか。
それとも、手が出せないほど危険だったのか。
その見極めが難しい。
他から先に回れば良かったのかもしれないが、それだと少しばかり遠くなってしまう。
どのみち対処しなければならないのは変わらないので、カズヤ達はここを片付ける事にした。
「しかし、雰囲気でてるよなあ」
死角になる場所にあるフェンスの壊れた所から中に入ってそう呟く。
長年の風雨のせいで色あせ、シミが出来てる壁。
そういった一つ一つが様々な噂と相まって、廃校になった建物を不気味に見せている。
実際に化け物とやりあってるが、それでも本能的に感じる違和感や恐怖などは消えない。
分かっていれば怖くなくなる事もあるが、分かっていても怖気が走る事もある。
死ぬことや身を傷つける事への防衛反応から生じるなら、それらが消える事は無い。
何かしら異変があるから警戒は発生する。
元々何かがある場所なのだから、それが呼び起こされるのは当然である。
分かってるからさっさと片付けていく。
「行きますか」
「おう」
コウジの声にカズヤが応じる。
その後ろにアヤナが続く。
どうしても雰囲気にのまれてしまう。
それに、不法侵入なので、化け物とは別の心配もある。
「あの、こんな風に中に入って大丈夫なんですか?」
「大丈夫だろ、見つからなけりゃ」
「見つかった場合は?」
「そん時はそん時だ」
行き当たりばったりと言う事なのだろう。
それで良いのかと思ってしまう。
「それに、他の人達が外にいるんですけど」
「この前みたいにトガビトに襲われないようにね。
ユガミを相手にしてる時に乱入されたら面倒だから」
「でも、中に入るの私たちだけなんですよね」
廃校の中に入っていくのは、カズヤとコウジとアヤナだけである。
「これで大丈夫なんですか?」
「何が?」
「だから、これだけで中に入ってユガミと戦えるんですか?」
「何とかなるんじゃない?」
カズヤからすればいつもの事である。
「一人でもどうにかなるし」
「え?」
予想外どころではない一言だった。
「まあ、奥まで行くのが手間だろうけど、何とかなるだろう」
それ程気にした風もなく、カズヤは先へと向かっていった。
むしろカズヤが心配してるのは別の事である。
(こういう所だと時々いるからなあ……)
心配は残念ながら適中してしまった。
こういった場所なら入り込んでるだろうとは思っていたが。
「あれ?」
進んでいく方向から声が上がった。
探知機の指す方向に向かってる途中、そいつらは階段の方からあらわれた。
定番の染髪・ピアス・アクセサリーと、独特の色彩感覚の衣装を身につけている。
典型的な不良集団だった。
(やっぱり、こういう所にいるんだなあ)
不思議とこういう者達の行動は似通っていく。
同じような場所で同じように遭遇した事がこれまでにも何度かあった。
人のいないところ、人の目から隠れられるところ。
そういう場所には不思議と集まってくる。
そういう習性でもあるのかと思うくらいに。
そしていつも、だいたいの場合において無駄に絡んでくる。
今回も例外ではなかった。
「お、かわいい」
早速アヤナに目をつけたようだった。
カズヤ達の後ろに立ってるというに、二人を無視してアヤナに絡んでいこうとする。
「ね、ね、どうしたのこんな所で」
言外にカズヤ達に「さっさと失せろ」と言っている。
このあたりも定番中の定番であろう。
(しゃあねえか)
容赦なくいく事にする。
こいつらの言い分や気持ちを、聞き入れる義務も義理もない。
何より、余計なものを身につけている。
というか取り憑かれている。
化け物の出る所に屯していればそうなるだろう。
本人は気づいてないようだが。
トガビトになるほどではないが、このままつきまとわれていたらいずれは人間を辞めることになる。
既に辞めてるようなものかもしれないが。
なので、そいつの顔面に拳を叩きつけてやる。
容赦のない一撃が鼻をに打ち込まれる。
「ぐっ!」
くぐもった悲鳴があがった。
続けて手と足をどんどん出していく。
こういう時に変な容赦をかけても意味が無い。
何も出来ないうちにさっさと片付けていく。
化け物相手に鍛えた技術は、すぐさま相手を壁に追い込み、突きと蹴りで壁に貼り付けてにしていく。
衝撃が逃げ場を失い、叩き込む打撃の全てが相手の体に浸透していく。
うずくまって攻撃を避けようとしだすが、髪の毛を掴んでそれを許さず、更に打撃を加えていく。
「おい、テメエ!」
などと言って連れの者達がカズヤに飛びかかろうとするが、その顔面にコウジが銃口を向ける。
カズヤと同様、躊躇うことはない。
引き金を引いて顔面にBB弾を撃っていく。
本来は禁止行為である。
当たっても痛いだけであるが、目に入れば失明の可能性がある。
それでも構わず、コウジは電動ガンを撃っていく。
カズヤが叩きのめしていた相手が、その間に顔面を膨れあがらせ、思い切り足を踏み抜かれて立ち上がれなくなる。
続いてカズヤは次の者にとりかかる。
出て来た不良は総勢八人。
手早く片付けないと面倒になる。
さすがに相手は怯んでいるが、気にすることなく腹を蹴り上げていく。
「グッ…………」
腹の息が胸にせり上がっていったのだろう、喉からくぐもった声がもれた。
前のめりになって突き出された顎に拳を叩き込む。
頭を揺らす衝撃に、不良二号はほぼ完全に意識が消失していった。
更に二度三度と打撃を受けて、二番目の者は床に倒れた。
ここに来て居合わせた不良達は、自分らがとんでもないのに出くわした事を理解した。
五分後。
「じゃあ、行くか」
ヨドミの入り口である元職員室にやってきたカズヤは、二人とおまけを振り返る。
背後には、叩きのめされた不良どもが転がっている。
下手な事をしないよう、針金で手首を後ろ手にしている。
道具は、外で待機してる仲間にもってきてもらった。
そいつらの顔が青白い。
化け物に取り憑かれてるせいか、多少はヨドミの存在を感じているようだった。
何が起こるかは分かってないだろうが、良い事など起こらない事は察してるらしい。
「おい、待てよ」
「何考えてんだ」
「ざけんなよ」
口々に威嚇の声をあげるが、威勢というものが全く無い。
気にせずカズヤは手近にいた者の髪を掴んでヨドミに入っていく。
何も無いはずの空間に、水面のようなユガミが生じる。
そこに向かってカズヤは不良を引きずり込んでいった。
それから暫くして出て来て、再び不良を掴んでいく。
それを見ていたアヤナは、さすがにかわいそうになってきた。
「あの、すいません」
「なに~?」
隣のコウジは間延びした返事をする。
「あれは、さすがにやり過ぎじゃあ」
「いやいや、これくらいしておかないと」
「でも、取り憑かれてるかもしれないですけど、一応人間なんですし」
「もう人間じゃないでしょ」
「え?」
さすがにその一言には意表を突かれた。
「化け物に取り憑かれてるならかわいそうだと思うけど。
あれは化け物を呼び込んだ方でしょ。
もう救えないって」
「なんですかそれ」
「まあ、化け物と同調してるっていうかね。
遅かれ速かれ化け物になるんだよ、ああいうのは」
「…………」
「そうなったらもっと厄介だから。
さっさと片付けた方がいいって」
非情な言葉である。
すぐには賛同出来ない。
「そのうち分かるって」
そう言ってカズヤはアヤナへの返事を打ち切った。
そうこうするうちに八人全員がヨドミの中に運び込まれた。
最後の一人を中に引きずりこんだカズヤが、
「それじゃ、行こう」
と声をかけてくる。
それに従ってコウジがヨドミに入っていく。
アヤナも少しばかり躊躇ったが、大きく意気を吸いこんで中に入ろうとする。
その寸前で、窓の外の景色を目にうつす。
校庭と、その向こうの住宅地が見える。
何となくその景色に見入っていく。
戻ってきた時には、もう変わってるかもしれないと思うと、目がはなせなくなる。
この学校のこの風景も、これが見納めかもしれない。
周りに目を向け、そこにあるものを記憶にとどめようとした。
机などは既に撤去されているので殺風景なものだが。
それが終わってからヨドミに足を踏み入れる。
空間に走った水面の波紋がアヤナを飲み込み、埃と静寂が戻ってきた。
続きは明日の17:00予定。
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