22話 ユガミ → 大群
主の声はこの空間全体に響いていった。
この場にて生まれた全てがそれを聞き、動き出していった。
奥へ、自らの主の所へと。
足音と羽音が重なり、長く続く連続音になる。
それらは通路に満ちていくも、弾力のある壁に吸収されていく。
残ったわずかな音がかろうじて空気を伝っていくも、すぐに消えていく。
ただ、どよめきが空気ではなく接する壁や天井、床を伝っていく。
それは最奥にいるカズヤとコウジにも聞こえていった。
「なんだ?」
主の体を穿ち、核を剥き出しにしようとしていた二人は手を止めた。
不気味などよめきが、振動が伝わってくる。
それは聞くというよりは体で感じるようなものだった。
「何すか、これ」
「分からん」
即座に答えた。
考えてのものではない。
頭を使って何が起こってるのか考える余裕は無い。
だが、直観的に感じるものはある。
あまり良い事ではないと。
加えて、これまでの事例が何かを伝えようとする。
感じてる何かが決して良い事ではないと。
「急げ」
慌てて主の方に向き直る。
「急いでこいつを始末するぞ」
「って、なんすか急に」
「とにかく急げ」
答えてる余裕は無い。
「何か分からんが、とにかくまずい。
いそいでこいつを始末するんだ」
言ってるカズヤも必死に手を動かし、主を切り刻んでいく。
その甲斐あって、主の表面はどんどん削られていく。
だが、他の化け物に比べて厚みがあるのと、体が硬いのでなかなか作業は進まない。
一般的な化け物に比べて、密度が濃いというか、凝縮されてるというか。
簡単には崩れないほど体が絞り込まれてるような感触があった。
いつもの事ではあるのだが、それが今は焦りを生む。
何が迫ってるのか分からないが、それが来るまでにこの巨大な虫を倒せるかどうか。
十中八九無理な気がした。
(どうする……)
何か手はないかと考える。
今ある物で何か出来ないかと。
今回、余裕があったので幾つか道具を持ち込んでいる。
鞄に入る程度の物しか持ってないが、それで何が出来るかを考える。
(あれと、あれと、あれだよな……)
それらをどう使えばいいのかを考える。
通路の方から聞こえてくるざわめきに対処するために。
「…………コウジ」
まだ考えはまとまりきってなかったが、とりあえず指示をだす。
「俺の鞄の中に…………」
持ってきた道具を口にする。
それから使い方を伝える。
どこに設置してどう使うのかを。
ついでにコウジにも動きを指示していく。
聞いたコウジはすぐにカズヤの鞄の方に走っていく。
巨大虫型のユガミを一人で相手にする事になるが、これは仕方ない。
それよりも、見えない何かの方が気になった。
(何が来る?)
見えないだけに不安は膨れあがっていく。
通常のBB弾に再度交換し、通路を見つめる。
最初は小さな蠢きでしかかなかったが、接近するにつれ、とんでもない数の虫が目に入ってくる。
「うわ……」
気持ち悪いなんてものではなかった。
這いずり回り、飛びあがりどんどん進んでくるのは嫌悪感を抱かせる。
目に見えるだけでも十匹を超えている。
「酷えな、本当に」
言いつつも電動ガンに付与をかけ、気をまとわせる。
射程に入ったら即座に引き金を引き、近寄ってくる化け物を打ち砕いていく。
何十発と飛び出していく弾丸が敵をはじき飛ばしていくのは爽快だった。
体を削り取られていく虫を見て、思ったほど問題でもないと思えてしまう。
すぐにそんな考えを撤回することになるが。
どれほど体を削り取っても、核が破壊されてないのですぐには倒せない。
また、大量にやってきてるので狙いを定めて核を打ち砕くなんて余裕がない。
体が吹き飛ぶから動きが緩慢になるが、ゆっくりとでも確実に前に進んでくる。
勢いをゆるめる事は出来ても、止めるまでには至らない。
「……ちょっと、まずいんじゃないの」
銃の方も弾丸を撃ちつくし、次の弾倉に交換する。
まだ弾丸に余裕はあるが、このままでは押し切られてしまう。
通路からやってくる大群は、その数でコウジに迫っていく。
その動きが通路と部屋の境目で止まる。
足を動かし、羽をはためかせるも、そこから先に進めない。
なんとか前に進もうとするが、虫の動きはそこで止まる。
もともと体のどこかしらが欠けてるので動きがままらなくなってる。
なのだが、それとは関係なく先に進めなくなっている。
境目に何かがあるかのように。
それを見てコウジは、手に握った塩を投げかけていく。
カズヤとコウジが持ち込んだ道具の一つである。
それを投げつけて化け物どもの体を消散させていく。
密集していたから効果は絶大だった。
特に狙わなくても、化け物のどこかしらに当たる。
ありったけの塩を掴んでは投げていき、部屋の直前まできていた虫型の化け物を蹴散らしていく。
先に体を吹き飛ばしていたので、避ける事も出来ないでいる。
核を剥き出しにされていたものは、それだけで核を浸食されていく。
塩が触れたところからヒビが入り、溶け出し、煙のように消えていく。
そうでないものどもも、大半が体を溶かしていっている。
十数匹ほどの虫のほとんどがそれで行動不能になっていく。
その後ろにもまだ化け物はいるが、さほど問題は無い。
密集してるなら塩をばらまくだけで効果がある。
それに、動きはカズヤが持ってきていた道具が止めてくれる。
設置型の防御器具が。
設置用の防御器具は、化け物の侵入や影響を排除するためのものである。
持ち運ぶには少々かさばる大きさなので、戦闘で用いるのは少々難しい。
通常は、部屋や家に置いて、化け物の侵入を防ぐのに用いる。
また、ユガミの中などで一時的な休憩場所を確保するために使う事もある。
完全に遮断するほどではないのだが、それでもある程度の安心感を得る事が出来る。
それを今、入り口のあたりに設置している。
化け物の足が止まったのはそのためだった。
人間などには効果はないが、化け物してみれば不可視の壁があるようなものだ。
それで足止めしてる間に、可能な限り多くの化け物を倒していく。
作戦というほどではないだろうが、カズヤが思いついたのがこれだった。
ただ、防御の場を発動してると消耗が激しい。
連続使用でどれだけ堪えられるか分からないが、少しでも効果を長持ちさせるには、引っかかった化け物を手早く倒さねばならない。
おかげでコウジは、やってくる化け物をひたすら撃っていく事になる。
(あと、どんくらいだ?)
防御器具の効果時間。
塩や弾丸の残り。
押し寄せてくる化け物達の数。
そして、カズヤがユガミを倒すまでにかかる時間。
それらがどれほど残ってるのか、どれほどかかるのか。
気になって仕方ない。
まだ有利に進めているが、長引けばそれだけ危険になる。
先ほどの状況から考えて、それほど長引くことはないと思える。
順調にいけば、カズヤがそろそろヨドミを倒していてもおかしくない。
だが、いまだにそんな声は聞こえてこない。
「カズヤさん」
思わず声をあげる。
「そっちはどうなってんすか」
進捗がどうなってるのか聞きたかった。
まだ生きてるなら。
「あと……ちょっとだ!」
幸い、まだ生きているようだし、進み具合も悪くはないようだった。
それで少しだけ安心する。
「こっちは何とかやってますけど、弾も塩もどんどん減ってますから」
「なに、あとちょっとで、こいつを、倒せ……る、から!」
途切れ途切れに聞こえてくる声を今は信じるしかない。
「急いでくださいよ。
まだいっぱい寄ってきてますから」
「分かってるって。
こっちはもう…………終わりだ!」
その声と同時に、ガツッ、という音がする。
何だと思うも、振り返って確かめる余裕もない。
防御器具の展開する気の壁に阻まれてる化け物はまだ何匹もいる。
(こりゃ、帰るの面倒だな)
この中を突破しなければならないのかと思うと、おぞましさを感じてしまう。
それも、カズヤがユガミを倒してくれたならの話になるが。
そちらの方の懸念はすぐに解消される。
「終わったぞ」
振り返ることもなく安堵をおぼえた。
続きは明日の17:00予定。
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