21話 巣 → ユガミ
部屋の入り口は、今までと違い通路や部屋を覆ってる粘つく素材でふさがれていた。
切り裂こうにも刃に粘りがからみつき、切れ味をすぐ落としてしまう。
扉のないこのヨドミにおいて、こちらと向こうを隔てるためにこしらえたようだった。
「どうすっかな」
切り裂く事もそうだが、無理矢理突き破る事も難しい。
意外と弾力があり、衝撃の威力をかなり吸収してまう。
それに、結構な強靱さがあるので、それなりの打撃を与えないと破れそうもない。
粘つくので体当たりなどしたくもない、というのが一番の理由であるが。
「なあ、コウジ」
暫く思案してから、ある事を思い出した。
「はい?」
「おまえ、ライターとか持ってたよな」
「ええ、ありますよ」
ポケットからオイルライターを出す。
「オイルの方も持ってる?」
「ありますけど…………何に使うんで?」
「燃やすんだよ、これを」
言われてコウジも納得したようだった。
「なるほど」
粘り着くこの糸というか樹脂というか。
周囲にはりついてるこの物質が何で出来てるかは分からない。
だが、これが虫どもが作り出したものなら、焼くことが出来るかもしれなかった。
「面白そうっすね」
乗り気になったコウジが、鞄からライター用のオイルを取り出す。
それを道をふさぐ粘る素材にかけ、火をつける。
オイルの助けもあってか、物質は簡単に燃えていく。
燃え広がっていく穴はやがて人が通れるほどになっていった。
燃え尽きることなく火は粘つく物質を焼いていき、それは更に拡がっていく。
「これ、結構やばいっすかね」
さすがに少しばかり心配になったのか、通路を燃やしていく火を心配そうに見ている。
問われた方は大して気にもせずに先に進んでいく。
「どうせヨドミの中だ。
外にまで燃え移るってわけじゃないだろ」
「そうっすか?」
「たぶんな」
「案外いい加減すね」
「そりゃそうだ。
俺だって全部を知ってるわけじゃない」
「つか、分からない事だらけっすよね」
「そういう事。
やってみるまで、何が起こるか分からん」
だからこそ、少しでも判明した事は大事にしなくてはならなかった。
「行くぞ」
先へと進む。
道をふさいでいたものはもう無い。
進んだ先にあったのは、巨大な巣だった。
粘つく繊維が重なって出来た物質で出来上がった空間に、巨大な虫が居座っている。
このヨドミの主であろう。
全長三メートルはあろうかという巨体を、部屋の中央に横たえている。
起きてるのか眠ってるのかも分からないほど動きがない。
ただ、触覚がかすかに揺れてるところを見ると、意識はあるように思えた。
「……どうします?」
今更な質問だった。
ここまで来て逃げるわけにはいかない。
余力がないならともかく、そこまで消耗してるわけではない。
「やるぞ」
相手を見ながら宣言する。
「とりあえず動きを止めてみる。
お前は、あれが飛んだりしないように、羽を狙ってくれ」
「はい」
「あとはなりゆき次第だな。
こっちはなるべく動きを止めてくから、お前の銃で出来るだけ削っていってくれ」
「分かりました」
さすがにコウジの声が硬い。
何度もヨドミに突入し、ユガミを倒してきててもこういった場面では緊張する。
(良い傾向だな)
カズヤは肯定的に捕らえていた。
自信を持ってもらいたいとは思うが、いきがってもらいたくはない。
それは似てるようで全く別のものである。
臆病なのも困りものだが、慎重に動いてくれるならその方がまだ良い。
幸いコウジの攻撃方法は射撃だ。
後ろから全体を見渡すから直接攻撃にさらされる事は少ない。
その分だけ余裕を持っていられる…………はずである。
それを利点として活かしてほしかった。
範囲拡大、威力拡大、持続拡大。
それらを全部込めて拘束の気を放つ。
狙い通りに飛んでいく気の塊は、巨大な虫に当たり、それを捕縛していく。
すぐに異常に気づいたのか、ユガミは動き出そうとするが、もう遅い。
拘束された状態なので動きが緩慢になっている。
飛び立とうとしてるようだが、羽をひろげる事ができない。
「羽を狙え!」
叫びながら距離を詰める。
相手の近くに迫り、もう一度拘束をしていこうと気を寝る。
そのまま接近して、狩猟刀で斬りつけるつもりだった。
コウジの射撃が、その間撃ち込まれていく。
惜しげもなく連射されたBB弾が羽を貫いていく。
カズヤ達から見える側の羽が吹き飛んでいく。
これで飛行能力は奪えたはずだった。
羽を使って飛んでるならば。
何せ化け物のこと、どこまで現実の有りようが通じるか分からない。
そもそも現実に全長三メートルになろうという虫がいるのか、という話しだ。
予想外の行動に出る可能性は大きかった。
それでもまずは動きを封じるために、手足から先に攻撃していく。
一気に中心の核を狙えるならその方が良いが、この巨体ではそうもいかない。
動きを止めて、それから仕留めていかねばならない。
もし自由自在に動き回られたら、対処のしようがなくなる。
中心であろうこの場所は、高さのある造りになっている。
横幅も縦横でそれぞれ二十メートルはあるだろうが、それよりも天井の高さの方が目に付く。
もし飛び上がられたら手が届かなくなる。
気を飛ばして直接衝撃を与えるか、コウジの銃だけが攻撃手段となってしまう。
なるべくそれは避けたかった。
コウジの攻撃によって羽や横腹に次々穴があいていく。
それを見ながら再度拘束を仕掛ける。
再び範囲と威力と持続時間を最大限にして。
重ねてかける事で、強度が増すので、これで相手の動きをさらに封じる事が出来る。
時間と共に効果は消えていくが、その間は有利に物事を運べる。
その優位性を用いて、まず最初に相手の足を狙っていった。
実際の昆虫の様に、体に比べて細く長い足だった。
巨体を支えるそれを叩き切っていく。
腕から余計な力を抜き、振り回す要領で斬りつける。
動きのない相手だから、狙いをつける必要がほとんどない。
厚みのある刃を立てて、細い足を切断しようとする。
気をまとった刃は、自身に重みと振り回される事でえられた遠心力を得て虫の足に向かう。
が、硬い感触が刃を弾いた。
足にめり込みはしたが、さすがに一回で切り落とせるほどやわではない。
全体の三分の一に切れ込みを入れるほどの傷をつけたが、まだつながっている。
「硬えなあ、おい!」
文句を言いながら二撃目、三撃目を入れていく。
斬りつけられた部分は確実に消え去っていってるが、相手も逃げ回ろうともがいている。
その為、どうしても狙いがそれてしまう。
何度か打ちこんで、ようやく足を一本もぐ事が出来た。
「あと二つ……」
カズヤのいる側面では二本の足が残ってる。
それをまずは切り裂いておこうと思った。
コウジも接近して同じように足を狙っていく。
既に羽の方はかなり消し去る事が出来た。
あとはコウジがやってるように足をもいで、動きがとれなくなったところで仕上げに入る。
動きが止められてるので、作業は楽に進める事が出来る。
連射で足の付け根あたりを狙っていく。
十数発ほど撃ち込まれたところで、足がちぎれていく。
カズヤが取りかかっていた足も切断を終え、主はその場に横たわる事となった。
残った足と羽で必死にもがくが、その場から動く事も出来ない。
「こりゃ、案外楽勝っすかね」
「だといいがな」
まだ核に到達してるわけではない。
これから体を抉り、核を剥き出しにしなくてはならない。
その手間を考えると、簡単には終わってくれそうになかった。
ただ、時間はかかるが、ろくに動けない相手に苦戦するとは思わなかった。
「こっからは根気よくいかないとな」
「面倒ですね」
銃をしまいながらコウジがぼやく。
だが、手を止める事は無い。
鞄からマシェットを取り出し、付与をかけて気を刃にまとわせていく。
「こいつの核はどのあたりなんですかね?」
「だいたい胸の位置にある。
そのあたりは他の化け物と変わらんよ」
「なるほど。
じゃあ、いっちょやってきますか」
言いながら二人は刃を突き立ててユガミの体を崩壊させていく。
その中にある核を求めて。
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ
悲鳴が主からあがる。
気にする事もなく二人は作業を続けていった。
その声に呼応するように、ざわめきが部屋に向かっているのにも気づかずに。
続きは明日の17:00予定。
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