20話 室内 → 巣
「しかし……」
一歩一歩進みながら顔をしかめていく。
「分かっちゃいるけど」
「最悪っすね」
境界から直結してるヨドミに入った二人は、中の様子に気分をどんどん悪くしていっている。
「虫の形してるから覚悟はしてたけど」
「なんかの巣みたいな感じっすね」
そうとしか言えなかった。
天井やら壁やら床やらがとにかく見た事のない粘膜というか粘液で固められている。
蜘蛛の巣を作る糸が、幾重にも重ねられ、布地のようになってると言えばよいだろうか。
そんな調子の何かが建物の内部を覆ってる。
ヨドミの中なので、本来の姿がどうだったのかは分からない。
しかし、元々の姿がどうあれ、このような状態に作り替えたのは分かる。
それが靴底に妙に張り付いてくる。
泥の中を進んでるような感触に近い。
足が抜けなくなるほどではないが、進みづらい。
「本当に嫌な感じっすね」
「最悪だ」
文句をいいながら二人は先へと進んでいく。
「さっさと終わらせるぞ」
「了解」
現実は願いや気持ちを叶えてくれるほど優しくはない。
入り組んだ内部は中枢への一本道にはなっていない。
行きつ戻りつの道のりが続いていく。
簡単に書いた地図らしきものを片手に、分かれ道に戻り、まだ踏み込んでない場所を探索していく。
気力を巡らして先行きをある程度確認はするも、それで最後まで見通せるわけでもない。
どうしてもある程度は先に進んで様子を伺う必要が出て来る。
その度に、どこからともなくわいてくる虫を撃退せねばならなくなる。
コウジの短機関銃で近づく前にある程度表面を削り、近づいてきた所でカズヤの狩猟刀がトドメを刺す。
BB弾で削られ、核の位置がある程度剥き出しになった所に、刃渡り三十センチほどの刃が突き刺さっていく。
普段は持ち歩くのも気を使うので使う機会が限られる狩猟刀であるが、持ち込めればかなり役に立ってくれる。
普段から気力を練り込んでるのもあり、境界やヨドミでは頼れる相棒となってくれていた。
ただ、相手が虫なのが生理的な嫌悪感を抱かせる。
昆虫全部が苦手というわけではないが、化け物としてあらわれるものはどこかおぞましさを感じさせる。
怪我や気力の消失といった損害はないが、やる気や意志といった部分が削られていく。
それがさっさと終わらせたいという思いになる。
しかし、なかなか見えない終わりが余計に苛立ちを募らせる。
悪循環に陥っていくのが二人にはよく分かる。
それでも、進むしかない。
ここから抜け出すには、逃げるか奥に行くかのどちらかしかないのだから。
その途中で幾らか広い空間に出る事もある。
通路と部屋という構成はどのヨドミもほぼ一緒で、ここも例外ではない。
このヨドミは通路と部屋の境目が曖昧であるが、やはり違いは存在している。
通路を歩いてる途中で妙に広い場所に出たら、そこが部屋にあたる場所になっていた。
そういう場所の役目は、これもまたどのヨドミでもほぼ一緒である。
なぜか数多く集まってる集合場所のような所であり、新しい化け物がはぐくまれ生まれてくる産卵場。
これらに該当しない部屋もあるが、概ねそんな調子で役目が分けられてると考えられていた。
そこに到達すると二人は、やる気を消失させてしまう。
行けば確実に大事になる。
戦闘は避けられない。
それも相当な数を相手にする事になる。
虫型の化け物は、一匹当たりはさほど強くもない。
カズヤが前回相手をした人影型の化け物と比べても、虫型の方が弱い。
しかし、飛び回ったり壁や天井を伝ってきたりと、人間とは違った動きをしてくる。
それが行動の予測をしにくくし、思わぬ方向からの攻撃につながる事にもなる。
何よりも、数が多い。
出現する数は通常のヨドミの数倍ほど。
それが一匹当たりの強弱を補っている。
同時に多方面多方向から迫られると対処するのが難しい。
二人いてもそれは変わらない。
上と左右と下と前。
その全てから襲いかかられてはどうにもならなくなる。
やむなく、部屋に入ったら一度後退し、通路に戻って迎撃していく事になる。
通路であれば、虫の行動範囲を絞る事が出来る。
全てを可能な限り結集させて、それから拘束していき、銃弾の連射で薙ぎ払う。
トドメはカズヤの狩猟刀でさしていき、それから再度部屋の中へ。
粗方片付いてるのを見て部屋を突破、先へと急いでいく事になる。
やり方に変化はなく、これを何度も繰り返す事になる。
その繰り返しが飽きを生じさせるが、奇抜な行動をしようとは思わない。
一番楽が出来る方法であるなら、それを淡々と繰り返していく。
生きて目的を達成するためには、余計な事を付け足さず、必要な事を削り落さないでいるしかない。
よりよい手段が見つかるまでは。
現状、これが最善のやり方だった。
人が増えればそれに合わせたやり方もある。
それが出来ない以上、こうしていくしかなかった。
ただ、二人でいる事で確実に強みを発揮できている。
上手くまとまる事が出来れば、効果は二倍以上、負担は半分以下にする事が出来る。
二人はまさにそれを為しえていた。
「だいぶ奥まで来ましたね」
「ああ」
いくつかの通路と部屋を抜けた先で、二人は足を止めていた。
カズヤの探知によって周囲の状況を把握する為だった。
途中、行き止まりに突き当たったりしながらも、概ね順調に奥を目指す事が出来ている。
「やっぱり、あの法則通りっすね」
「ん?」
「あれですよ、『敵が多い方へ』って」
「ああ…………あれか」
俗説である。
裏付けがあるわけではない。
だが、行ってしまえば化け物に関わる調査や対処方法などほとんどが俗説である。
歴とした調査がなされてるわけでもない経験則の集合体だ。
俗説とて、それなりに効能や効果があるなら否定する訳にもいかない。
『敵が多い方へ』もその一つだった。
中枢がどこか分からないヨドミの中での行くべき方向を見定める際に使う。
案内板などあるはずもないヨドミであるが、敵が多い方にはかなり高い確率でユガミがいるという。
確かに敵の中を突破していかねばならないので、どうしても敵との戦闘は多くなる。
それがこの言葉を生んだのかもしれない。
とはいえ、実際敵のいる方向に進めば、まず間違いなくユガミに到達する。
ユガミを中心にしてヨドミが出来ているからかもしれない。
ヨドミの形成過程は不明であるが、拡大拡張されていく中に伴い化け物を生み出す場所も作られてると思われる。
そうであるなら、化け物の産卵場やそれに隣接する部屋は、ユガミに到達するのに必要な課程となる。
間違ってると言い切れないものがあった。
今回もその法則に従ってきて、それほど間違いはおかしてない。
途中道に迷う事もあったが、それは敵がいる場所が判然としなかった為である。
周囲を探知しているカズヤも、今いる場所の先にヨドミがいると思われる空間を把握してる。
俗説もあながち間違ってはいない。
役に立たないものも多いが。
「今回も当たりだな」
「そいつは…………」
コウジが弾倉を変える。
一発ずつ気力を込めた弾丸を入れたものに。
「…………ありがたいですね」
「ああ、これで終わりにしてやる」
帰り道の苦労はあえて考えない事にした。
目の前の面倒を片付けるのが先である。
「行くぞ」
「はいよ」
促すカズヤにコウジが続く。
途中、化け物に遭遇する事もなく二人は奥の部屋へとたどり着いた。
続きは明日の17:00予定。
誤字脱字などありましたら、メッセージお願いします。




