16話 報告/連絡/相談 → 行動
「…………」
無言で黙々と気力を注入し続ける。
昨夜の話し合いである程度の行動方針は決まっていた。
それに沿って各自が動いていっている。
昨夜のうちにメールを出せる所には出し、そうでない者には事務所で説明をしていった。
それでも間に合わない者も出てくるが、それらはおいおい伝えていく事になっている。
カズヤは前回の仕事からさして経ってない事と、道具への気力補充が必要なために事務所で作業となった。
所長と事務員がパソコンに向かい、電話で何事か話してる横で、黙々と作業を続けていく。
意外と消耗していた物は多く、それらを使えるようにするまでに結構な時間と手間がかかる。
神経もだいぶ摩耗し、昼を迎える頃には作業を進めるのが億劫になっていた。
ステータス画面を開いて状態を確認する。
疲れ方から気力は半分くらいは減ってるだろうと思っていた。
実際、それくらいは減少していた。
成長で生命と気力も上昇させていたが、それでもこれだけ消耗してしまっている。
おかげで幾つかの道具はほぼ完全に充填され、いつでも使用可能な状態になっている。
まだ手つかずの道具もあるが、当面必要な数は確保出来た。
「…………ごめーん、休憩に入るから」
自分でも驚くほどだるい声が出る。
それを聞いて所長が「はい、お疲れさまです」とねぎらいを。
事務員は立ち上がってお茶を煎れてくれる。
「どうぞ」
「あ、ありがと……」
返事をするのもきつい。
出してくれたお茶にも手を伸ばす気になれない。
ありがたいとは思っているけども。
「落ち着いてからでいいですから」
気遣いの言葉がしみいってくる。
それに甘えて、今はソファに体を預ける事にした。
何かあった場合には駆けつけねばならない事もある。
そうなった時に備え、気力の消費はおさえねばならない。
そうなると午後は、ゆっくり休む事になるかもしれなかった。
休んでいれば気力は回復するが、それまでは作業を休むしかないのだから。
カズヤがへたばってる間にも、疑惑の生まれた地域に多くの者達が調査に向かう。
指示機とお守りを持った一般作業員があちこちに散らばっていく。
対応能力を持つ者達は、程よく散らばり、何かあれば動けるようにしていく。
発見があればすぐに連絡が届くようになっている。
それを聞いてから現地に直行、具体的な行動にうつっていく。
調査に人手を多く振り分けたいが、それでは何か合った場合に駆けつける事が難しくなる。
行動中の調査員達にいつでも駆けつけられる場所に待機する事で、その問題を解消していくしかない。
もっと人手が多ければ、調査員と共に行動していく事も出来るのだろうが、そんなに人員はいない。
化け物に対応可能な者は全部で十人もいない。
数少ないその人数を有効活用するためには、こうするしかなかった。
もっと上手な方法を思いつくまではこのままであろう。
あとは地道に反応する場所を見つけていくしかない。
今の段階では、ヨドミが見つかるか、化け物に遭遇するかは分からない。
足跡でもいいから、反応が欲しかった。
どうしても時間のかかる作業となる。
わずかな反応も見逃さないために、下手に速く動くわけにもいかない。
微細な残滓へのわずかな反応は、可能な限りゆっくりとした移動が求められる。
自転車程度の速度であっても、反応する場所をすぐに通り過ぎてしまいかねない。
指示機が反応を示してもわずかなブレで終わってしまう。
歩く速度ですらそういった事が起こりうる。
なので、どうしても時間をかけて慎重に探していかねばならない。
この段階では根気よく足を使っていく事になる。
化け物の痕跡を指す指示機の動きを見逃さない集中力も。
こんな調子なので、一日使ってもろくろく調査は進まない。
そもそも、化け物の存在が確定されたわけでもない。
あくまでお守りに込められてた気力の消耗が大きかった事だけである。
何かしら存在する可能性はあるが、それがここにいるとは限らない。
今はもっと別の場所に移動したかもしれないし、どこかに身を隠してるかもしれない。
それを確かめるためにも、疑惑のある地域の調査を進めていかねばならなかった。
あるいは────。
考えられるもう一つの可能性になるかもしれない。
何せ昨日から一日くらいは経っている。
その間に化け物が動き出してる可能性は十分にあった。
だとしたら、調査してる地域にはもういないかもしれない。
その場合は無駄足になる可能性が出てしまう。
わずかに残ってるかもしれない足跡を別にして。
ただ、それはそれで構わない事だった。
それでもわずかながら痕跡を見つける事が出来る。
そこから辿っていく事で、発生源のヨドミに到達出来るかもしれないのだから。
(まあ、そうなったらそれはそれで)
調査をしてる者達もそれについては考えている。
だからこそ、多少の対策はしていた。
(なんとかなるだろう……)
化け物の習性と傾向から、考えられる行動は幾つかに限られる。
実際に起こった出来事もあわせて考えれば、何が発生するかは簡単に想像が出来る。
起こってほしくはないが、何も無いと楽観する事は出来ない。
当然のように準備はしてあった。
無駄に終わればいいと思いながら。
「…………あっ」
ソファで呆けていたカズヤに、それが飛んでくる。
音、というのは正確ではないが、そう感じられるものが波動のように体を揺さぶる。
カズヤだけでなく、その場にいた者達にも伝わったようだ。
「カズヤさん」
「ああ、来たようだ」
設置してあった警報の魔術道具が反応を示した。
さほど遠くはない。
「準備して」
そう言って、気力を込めなおしたお守りなどを渡していく。
それから探知の魔術を込めた道具を用いる。
カズヤを中心とした直径一百メートルほど空間に、気力の探知網がはられていく。
動きを遮る事は出来ないが、球体状に展開されたそれは範囲内に入った化け物の位置を知らせてくれるだろう。
まだそこまで接近はしてないのが分かり、ひとまず安心する。
事務所に防御を施す事が出来る。
侵入防止の為の結界をはるために防御用のお守りを部屋の中に置いていく。
撃退する事は出来ないが、接触を遮る事は可能だ。
化け物が発する歪な気も防げるので悪影響を心配する事もない。
更に所長と事務員も含めて、その場にいるもう一人にもお守りを渡していく。
「これで時間を稼いでくれ。
皆が戻ってくるまで」
「分かりました」
「メールは出しました」
所長と事務員は迅速な対応をしてくれている。
だが、この場にいるもう一人は少しばかり慌ててしまっていた。
「あの、本当に大丈夫なんですか?」
昨日、気力の消耗したお守りを持っていた者だ。
こういった事は覚悟していたのだろうが、やはり不安そうにしている。
持ち直したとはいえ、かつて化け物から悪影響を受けていた(取り憑かれてた)時の事を思い出してしまってる。
その時に起こった様々な出来事が記憶として蘇ってきてるのかもしれない。
今回、調査中に再び化け物に目をつけられて不安もあるだろう。
「なんとかなるって」
極めて気楽にカズヤは言い切った。
「初めてじゃないし」
これまでも化け物からかくまってきた事は何度もある。
今回もそれと同じだ。
よほどの強敵でない限りあわてる必要はない。
「とりあえず近寄ってくるのを待とう。
こっちから出て行く必要はないし」
まずは近づいてくるのを待つ。
建物の中に入っていれば、相手の攻撃を直接受ける事もない。
相手がどんなものであるのか分からないから、様子見に徹する事にする。
仲間が到着するのを待つためにも。
「のんびりいこう。
焦っても良いことないし」
つとめて軽い口調でそう言った。
続きは20:00の予定。
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