154話 餌
外にいる連中を片付け、廃坑に入っていく。
遮るものは無いが、狭い所をくぐっていくので進みは遅い。
照明は灯してあるが、それでもどこかに陰が出来る。
数が十分とも言えない。
どうしてもどこかに陰が出来てしまう。
懐中電灯をつける程でもないが、本能が自然と注意をしてしまう。
何もいないと分かっていても警戒心は無くならない。
彼等自身が何度も通り、この少し前に封印派も通っている。
化け物がいるはずもないし、いたとしてもそれほど多くはない。
なのだが、もしかしたらという疑念が彼等の足取りを重くしていく。
それでも、障害となるような障害もなく進んでいく。
途中で出くわす事もなくヨドミに到達し、中に入っていく。
遮るもののない通路を進み、奥へと向かう。
蟻塚と称した化け物の巣の集まりが見える頃になると、さすがに様々な音が聞こえてくる。
そこで一度足を止め、双眼鏡などで前方の様子を伺う。
拡大された視界に戦闘がとびこんできた。
「やってますね」
「ああ……」
趨勢がどうなってるのかは分からないが、そこで封印派が化け物とやりあってる。
退却してこないのを見るに、今のところは順調に物事は進んでいるようだった。
あるいは、退却がままならないほど危険な状態に陥ってるのかもしれない。
何にせよ、そこで化け物の相手をしてくれてるなら都合が良い。
「結構奥まで進んでるみたいだな」
「蟻塚も壊れてるようだし」
そこは少し意外ではあった。
封印派のレベルでは硬直状態が関の山だと思っていただけに。
とはいえ、緒戦の勢いが後まで続くとは限らない。
最初は優勢でも、どこかで息切れを起こして崩れていくかもしれない。
そうなる前に先に進んで起きたかった。
彼等が化け物を引きつけてる間に。
「上手く横切れればいいけど」
心配の声があがる。
言いたい事ももっともだった。
戦線がどういった状態になってるのか分からないが、両者の間をくぐり抜けるのは難しい。
気づかれずに進むのは、おそらく不可能だろう。
だが、出来れば上手くそこをくぐり抜けて先へと向かいたい。
「どっちも潰れてくれればいいんだけど」
理想を言えばそうなってしまう。
そうそう上手くいくとは思えないが、そうなてもらいたいものだった。
その分楽が出来る。
意外と封印派は善戦しており、少しずつ化け物をおいやっていく。
爆薬も持ち込んでるらしく、蟻塚が根本から倒れていくのも見えた。
外と切り離された空間であるから遠慮がないのだろう。
これが廃坑の中とかであれば崩落していただろうが、ここではそういった心配は無い。
彼等も相手の多さと自分らの実力の差を理解していたのかもしれない。
それを埋めるために様々な手段をとってるようだった。
なかなか良い心がけだとカズヤ達は思った。
敵を倒すのに手段を選んでいてはいけない。
手段を選ぶのは相手も同様に手段を制限してくる場合である。
互いに同等の条件でやりあうという前提がなければ、手段の制限などありえない。
一方的に手段を制限して、勝手に不利になっていく程馬鹿げた事はない。
その点において封印派はしっかりとしている。
化け物相手に容赦をしていない。
それをヨドミの破壊にまで適用出来てないのが残念だった。
その一点においてカズヤ達と対立し、決して相容れないのだからなおのこと。
消滅していくそれまでをやむなき損害と割り切ってくれればとつくづく思う。
そんな彼等の背後を、気取られないように注意しながら追っていく。
蟻塚の並ぶ広い空間に出て、それから横へとそれていく。
封印派と接触しないようにするために。
化け物が確実に倒れ、先へと進んで行く。
ただ、一方的な戦闘というわけではなく、封印派の損害も結構出ているようだった。
それらが後方に下がり、治療を受けている。
すぐに復帰できる者は、そこで少々の休息をとってから戦闘に復帰していくようだった。
ただ、気力による治療でも補いきれない負傷をした者は、担架にのせられて通路を戻っていく。
それを横に見ながらゆっくりと進んでいく。
化け物は粗方駆逐されたのか、潜んでいるあたりにはいない。
おかげで安心して先に進める。
蟻塚が視界を遮ってくれてるおかげでもある。
封印派を巻き込む大騒ぎにせざるえない原因の象徴でもあるが、引き込んだ連中との間を隔てる役目も担ってくれている。
状況によって邪魔にもなるし、役立つ道具にもなっている。
それ自体は何も変化してないにも関わらず。
その蟻塚が倒れて床に転がっている。
爆発物の威力が大きかったのか、蟻塚そのものがそれほど強度がなかったのか。
結構な具合に崩れて倒れてるそれらが目につく。
戦闘地帯から距離をおいてるカズヤ達の所にまでそれらが波及してる。
見た目の大きさほど頑丈ではないのかもしれない。
おかげでまっすぐ前に進めず迂回せねばならない場所も出てきていた。
面倒だがやむをえない。
崩れた建物の間を、生き残った化け物や封印派の目を気にしながら進んでいく。
と、その足が止まった。
「おい、これ……」
驚く者の声が、他の者達の目を崩れた壁の内部に向けさせる。
その誰もが息をのんだ。
「これ」
「おいおい」
そこには、埋め込まれた白骨があった。
どんな材質で出来てるのかも分からない壁に組み込まれた。
「これって」
「餌だろうな、化け物の」
様々なヨドミで見かける事のあるものだった。
捕らえられた人間の最後である。
死ぬまで拘束され、延々と取り憑かれる。
それがどんなものであるかは分からない。
時折生きてる所を発見されて救出される者もいるのだが、詳細は分からない事がほとんどだった。
たいていの場合、生きてはいても精神が錯乱して二度と正気に戻らないからだ。
幾分まともな状態の者達から断片的な情報を得る事はあるが、正確な事は分からない。
そこから、捕らえられた者達が取り憑かれるのと同様の状態になってしまうと推測はされている。
今ここで発見された白骨死体も、おそらくはそういった事になっていたのだろう。
気力を吸い取られ、心身を消耗させ、最後はここで息絶えた。
連れてこれらたのが何時で、それからどれだけ生きていたのか、死んでからどれだけ経ってるのか。
それは分からないが、せめて事切れた後で冥福を得てると思いたかった。
だが、カズヤは疑問を抱いた。
ここにある死体から、人間が餌として連れてこられてるのは分かる。
だが、巨大な化け物の巣を見るに、とてもそれだけでは足りないと思った。
定期的に人間を誘拐して連れてきてるとは聞いてるが、それだけでここの化け物を養えるとは思えなかった。
(どうやってるんだ……?)
餌────という言い方は抵抗があるが、化け物の数からすれば人が余りにも少ない。
何百何千と化け物がいるなら、それにあわせて人間も必要になるはずだった。
何十人と誘拐してきてもそれでは全然足りないはず。
しかもそれが過去から現在に至るまでの期間で継続的に必要になる。
どれだけ長くここが存在していたのか分からないが、これだけ大規模になるにはそれだけの時間がかかってると思えた。
ならば、その期間ここを支えるだけの餌はどこから調達していたのか?
(餌はないか)
さすがに表現がおぞましいと思った。
だが、疑問として浮かび上がってきたそれは、自然と回答を求めていく。
どこから、どうやって?
答えは見つからない。
だから余計に真相が気になった。