150話 裏方/呼びかけ
「さてと……」
仕事を任された所長は、もっとも手近な所から片付けていく事にした。
求められてる事は大きいが、慌てて全てを求めていったりはしない。
いずれ要求を全て満たすにしても、それは最後の段階での話である。
事に着手している今は、まず出来る所から済ましていくしかない。
長年に渡って支援や補助を受け持ってきた所長にしても、そう簡単にいく事ではない。
しかし。
だからと言って諦めたり嘆いたりはしない。
こんな事で引っ込む程度では仕事を受け持つ事など出来ない。
補助や支援といっても、あくまで戦闘を主眼にした場合である。
見方を変え、立ち位置をずらして見れば、ある種の主役と言える。
物品の調達とそれに必要な人脈に流通経路の確保などでは間違いなく主役をはってきた。
化け物とは戦えないが、社会の中を渡っていく能力についてはそれなりの自負と実力を備えていた。
それが次々と必要な情報を引き寄せていく。
世間話の中にあるちょっとした変化から、最近の流行を読み取っていく。
何にせよ流れというものはある。
人の世の動きも例外ではない。
その流れの中に出来る滞りや変化を感じていく。
いつもと違う何かがあればどこかしらにあらわれる。
長年の経験がそれをつかみ取っていく。
動きを待ってるだけとは限らない。
何の変化も見えなかったら自らそれを作りだしていく。
各所にそれとなく働きかけ、動きが出るかどうかを見ていく。
反応がすぐに出て来るか、時間がかかるかの違いはある。
全く何もない事だってありえる。
それでも、やり続けていけば何かが出てくる。
確実な成果は見込めないまでも、何かが出て来るかもしれない可能性に賭けていく。
多くの場合、これで本当に何かが出てくる。
求めていたものであったり、思いも寄らないものだったり、全く見当違いのものであったり。
それらを選べれば良いのだがそうもいかない。
なので、求めていたものが出て来たらありがたく受け取る。
直接役立たないものも確かにあるが、それはそれでありがたく受け取る。
別の時に何らかの場合に使えるものもあるからだ。
長年こういった地道な活動をしていると、そんな「別の時に違った場所で役に立つ」という事がままある。
今回も例外ではない。
手繰り寄せた情報と以前からもっていた隠し球が融合していく。
そうそうある事ではないが、過去と今が組み合わさった時に恐ろしい成果をあげる。
今回も様々な情報が組み合わさり、突破口が見えてくる。
その一つ一つに働きかけ、その周囲にいる者達にも呼びかける。
誰しも持ってる不平や不満をつつき、それらへの対応策や対処方を提案していく。
必要なら現状について説明し、何が求められてるのか、どうしたいのかを伝えていく。
今回ならば、
「化け物の巣窟があらわれている」
と伝えていく。
それだけなら、大して影響はないだろう。
多少は慌てたり、意気込むかもしれないがすぐに動くという事は無い。
だが、置かれてる状況への不満、自分達に課せられる作業への疑問を持ってるものにはちょっとした効果がある。
そこに、
「やるべき事をやらずにいる、やらされないでいる。
それで良いのか?」
と投げかけていく。
手を変え品を変えて行っていくことで、相手の考えや行動に変化を催させていく。
あるいは、今までもっていた考えや信条にこちらの考えを追加していく。
そうしていくうちに、何人かが行動に移るようになる。
全体からすればほんの数パーセントにしかならない人数である。
それ以下である事も珍しくない。
だが、そこが足がかりになる。
動き出した一人が周りの人間を巻き込み、その中から一人か二人がまた動き出す。
連鎖的にひろがっていく人と人との繋がりが、大きな塊となっていく。
現状に不満を持ってるもの、自分達のいる場所への疑念を持ってるものは早い段階でそこに入ってくる。
そうでないものも、周りがそうなっていくと流れにのまれていく。
もとより少々でも不満や疑念、不安を抱いていればなおのこと。
流れに巻き込まれるうちに自らも流れにのっていく。
最後までそこに加わらないものもいるが、それについては諦める。
そのつもりが無かったり、こちらに嫌悪や敵意を抱いてる場合は決して動く事は無い。
仕方がない事なのでそれらは諦めていく。
確実に動いてくれるものたちが求める人数に達しているなら、そういったものも不要なのだから。
気にしている必要はない。
無理をしないで、得られた成果で満足していればよい。
それに、そうして留まったものたちも、決して無駄になるわけではない。
何らかの影響を受けているならば、他所は考えや気持ちに変化があらわれる可能性がある。
それが、今後役立つ可能性になるかもしれない。
隠し球として将来に備えておけばよい。
それまで、ある程度頻繁に接触しておく事にして。
多少なりとも接点があれば、働きかけるのが楽になるのだから。
そんなこんなで、所長はあちこちの封印派から離脱してくるものを集めていく。
最初は十人程度だったものたちが、二十人三十人と増えていく。
やがて他の地域にも広がり、一百人に迫る人数になる。
それらが持つ影響力は大きく、更に多くの仲間を募ろうと自主的に行動していく。
動機として与えた、
「巨大なヨドミの発見」
という報せ。
それらへの対処として封印派が出してる、
「手を出さずに様子をみる」
という日和見な態度への疑問。
なおかつ、更なる情報収集すらも止めさせようとする上層部の臆病さと高圧的態度。
それらが土台となって造り上げられてきた封印派という組織・集団への疑問。
彼等一人一人が持っている、自分達に出来る事への義務感や使命感。
それが融合した結果、かなりの人数が所長のもとにやってくる事になる。
時間はかかるが、人はだんだんと集まってくる。
一ヶ月もする頃には、求めるだけの人数が揃う事となっていた。
(このあたりかな)
さすがにこれ以上は集められないといったところで区切りをつける。
カズヤに集まった人数を伝え、当面の成果としていく。
聞いたカズヤも、集まった人数を聞いて驚きながらも安心する。
「いつもの事とはいえ、凄いな」
よくぞこれだけの人数を集めたものだと思った。
そんなカズヤを見て、所長は「まあ、いつもの事ですから」と謙遜をする。
自分のやった事を認めてくれるのは嬉しいから、気持ちはありがたく受け取りながら。
「あと、必要になる道具も発注しておきました。
あと数日もすれば届くはずです」
「助かるよ」
その言葉がありがたい。
「道具の方はもうちょっと早く到着するはずです」
「何から何まですいません」
その言葉に報われる想いをしていく。
どうしたってかかってしまう時間などを理解せずに、ただひたすら文句を言う輩とは違う。
その事がありがたかった。
「足りない物もあるでしょうから、引き続き手配はしていきます」
「お願いします」
再び頭を下げてくるカズヤ。
「出来る限りの事はします」
いつも通りに応えて、所長は残る作業へと向かっていく。
手抜きは一切しない。
要望には可能な限り全て応じる。
裏方の意地と気概であるそんな気持ちを抱いて。