15話 補修整備? → 報告/連絡/相談
「ただいまー」
聞き慣れた声が耳に入ってくる。
「お疲れさま」
「お帰りなさい」
所長と事務員の声が聞こえる。
しかし、カズヤは体を動かす事が出来ない。
体力は十分に残ってるが、精神がへたばっている。
ソファの背もたれに体をあずけ、天井を見上げるしかない。
頭は思考を放棄してるし、心は活動を拒絶している。
目ははれぼったく、肌からは水分が失われてるように感じられる。
耳から入ってくる音が神経を逆なでる。
肌に触れる衣服の感触すら、今は気に障って仕方が無い。
何もしないでいるだけでも何かしら苛立ちをおぼえる。
それでも何もしないで黙っているのが一番楽だった。
「…………」
目を閉じるのも億劫だった。
帰ってきた者に声をかけようという気力も無くなろうというものだ。
そんなカズヤに帰ってきた者が「おやおやおや」と近づいてくる。
「随分がんばったようだけどどうした…………ああ、そうなんだ」
何事かと思ったが、机の上の道具を見て納得したようだった。
見る者が見れば、そこにある道具から気力の波動が見えたり感じられたりする。
特に素質がない者でも、何かしらの雰囲気を感じ取る事は出来るはずだった。
さすがに全ての道具がそこまで回復してるわけではないが、かなりの数が使えるようになっている。
「大変だったねえ」
慰めの言葉をかけながら、帰ってきた男はカズヤをねぎらう。
「ご苦労ご苦労。
おかげで助かるよ」
「どーいたしまして」
棒読み口調で応じる。
口を動かすのもつらいが、頭を使わず条件反射で喋るくらいならどうにかなる。
そこは相手も分かってるので、肩をポンポンと叩いて終わる。
「ま、そこでじっとしててよ。
回復するまでまだ時間かかるだろうし」
「おう」
その言葉に救われる。
「出来れば明日もお願いね。
なかなかそっちまで手が回らないから」
「…………」
「安房ならそういうのも得意だし」
「…………あのな」
「ま、外回りはこっちでやっとくからさ。
他の事は考えずに、仕事に集中してちょーだい」
「…………へいへい」
癪に障るが仕方がない。
付与を身につけてる者は他にもいるが、カズヤほどのレベルではない。
ここに集まってくる仲間の中で、道具の手入れはカズヤが一番適任である。
仕事の分担を考えるなら、これが一番良い割り振りである。
気力の消耗はこたえるが。
(明日もこんな調子か)
今と同じような状態になるのだろうと思うと気が滅入る。
そんなカズヤに、
「それと」
と帰ってきた男は言葉を続ける。
「化け物に襲われてた女の子の事だけど」
「…………ああ」
「そっちの方も詳しく教えてくれ。
向こう側につかれたら面倒だし」
「そう…………だな」
「その対策も立てないと」
至極もっともな意見だった。
今後どのようになるか分からないが、対策は考えておくべきである。
他の者も帰ってきたら相談しておかねばならない事項だ。
「で、とりあえず聞いておきたいんだが」
「…………?」
「美人か?」
殴りたくなる衝動がこみ上げてきた。
時間の経過と共に仲間が次々と帰ってくる。
その度に疲れ切ってるカズヤにねぎらいの言葉がかけられる。
広くもない事務所がすぐに手狭になるが、帰ろうとする者はいない。
それぞれが調べた事を報告し合い、それらをまとめていっている。
めぼしい情報は無いが、何も起こってなかった事を確かめて次の調査場所を決めていく。
ネットを通じたやりとりだけでは伝え切れない事もある。
そういった事を皆が顔をあわせる所で共有指定校とする
報告書として書き込んだだけでは分からない事もある。
また、各自が見聞きした事だけでは気づかない出来事もある。
指示機が指し示す動きだけではとらえきれない何かを別の形で見つける事もある。
「おーい。これ、まずいかも」
帰ってきた協力者達から回収したお守りを見て、一人が声をあげる。
全員の目が集まる。
「減ってるのか」
「ああ。
気にする程じゃないかもしれないけど」
とはいえ、声に上げるほどにはおかしいのだろう。
その場にいた対抗能力を持ってる者が集まっていく。
「確かに減ってるな」
「これ、誰が持ってたんだ?」
「その人、今日はどの辺りを探ってたかな」
「報告書と地図は…………っと」
たちまち騒々しくなる。
何事もなく終わってくれるのが一番だが、そうもいかなくなった。
協力者達だけでなく、出来るだけ多くの者達にはお守りを渡している。
その名の通りのお守り袋で、一般に神社などで手に入れられるものだ。
その中に防御の魔術を施した物を入れてある。
特に力を持たない一般人であっても、これが効力を持ってるならば化け物による悪影響を回避出来る。
それ程大きな成果を期待出来るものではないが、無いよりはずっと良い。
だが、化け物などが接触すると、蓄えた気力を大幅に消費してしまう。
どの程度化け物と接触したかによるが、自然に失われていく以上の消耗があるのが普通だ。
この性質を利用して、異変の発見に利用もしている。
もし何かしらの接触があれば、お守りの気力の消耗である程度把握出来る。
指示機だけでは判明しない事にも気づける可能性が高まる。
対応出来る範囲が狭いので、それほど頻繁に発見につながるわけではないが。
それでも直接関与出来ない一般人には貴重な調査手段になっている。
動き回ってる化け物に接触したり、気づかずにヨドミのある場所の近くを通り過ぎていたかもしれないのだから。
それだけ危険に身をさらしてるわけだが、それを承知で彼らも動いてくれている。
だからこそ、早期の発見と迅速な対応でこたえてあげたいものだった。
もちろん、こういった事態に遭遇してしまった協力者の保護も含めて。
仕事が終わった後の、何となく和やかで落ち着いた雰囲気が一気に消えていく。
お守りを持っていた人が誰なのかを見つけ、その人の調査範囲を確認していく。
当人にはあらためてお守りを渡し、簡易的ながら身を守れるようにはかっていく。
そして、化け物に目をつけられて襲撃される事を考えて、張り込みで護衛につく者を決める。
一方で該当する地域の調査に誰が赴くかを決めていく。
他の協力者にも重点的にその地域を探ってもらう必要があるだろう。
協力してくれる者を募る必要もある。
化け物に襲われたりつきまとわれる危険があるので、強制は出来ない。
こういった場合には本人の希望を聞いて志願者を募る事にしていた。
無理してやらせても、確かな結果を得ることは出来ない。
そもそも協力者達は文字通り「協力」してもらってるだけである。
その協力に、ささやかなお礼として幾ばくかの金銭を渡しているが、雇用関係とは少しばかり違う。
渡してる報酬は、あくまで「お礼」でしかない。
そんな者達に無理強いは出来ない。
もっとも、それでも行くという者が多い。
特にこの探偵事務所に所属してたり協力してる者達は、そういう意志を持ってる者が多い。
頼めばほぼ確実に多くの賛同者を募る事が出来る。
所長や事務員も早速用件をメールで該当する者達に用件を伝えていく。
その好意に胡座をかかないよう気をつけながら、更に話を進めていく。
重点的に調査をする場所に人を集める一方で、他の地域の方にも人を回す事を考えていく。
協力者の全員が目撃例のある場所の調査に赴けるわけではない。
やはり危険をかんがえるて躊躇する者も出てくる。
もともと、化け物達がもたらす被害にあってたから、当然の警戒と恐怖を抱いてる者は多い。
そういった者達には、人が抜ける場所に代わりに入ってもらう事にする。
あえて危険な場所に出向こうという者達と交代する事になる。
限られた人数を考えると、こうしたやりくりも必要に鳴る。
目撃情報がなかったり調査がまだいきとどいてない場所はまだ多いし、それらを放置するわけにもいかない。
それらを決めていくために、誰もがあれこれと考えを巡らせていった。
そして、対応能力を持つ者達の分担。
今回何かに遭遇してしまったと思われるものの護衛が必要になる。
また、疑いのある地域にも重点的に赴かねばならない。
その一方で、他の場所で何かあった場合に備えて、待機している者も求められる。
連続した作業で疲弊しないように、休息をとらねばならない者もいる。
それらを考慮し、誰がどんな役割を担うかを考えていく。
怒鳴りあいにはならないが、相談は熱を帯び、会議のような様相を示して居く。
カズヤにも仕事が当然回ってくる。
「道具の気力補充、頼んだぞ」
「はいはい…………」
そうなると思ったが、やっぱりそうなった。
明日も今と同じように怠さに苛まれるのだろうと思うとため息が出てきた。
分かっちゃいるけど辛い。
続きは明日の17:00予定。
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