128話 足踏み
「でも、なーんも無いっすね」
「まあなあ」
平穏な日々が続いている。
化け物は時折出て来るが、それほど大変な事になってるわけでもない。
ヨドミもそれなりに見つけて潰しているが、それらもさほど面倒というわけでもない。
トガビトの目撃も無くなり、化け物も平常通りの出現頻度に落ち着いている。
周辺のヨドミが大分片付いたので、少しは安心も出来る。
とはいえ。
「まあ、またヨドミが出て来るだろうけど」
「でしょうね」
こればかりはしょうがないのだが、全てが丸くおさまったというわけにはいかない。
潰したと思えばあらわれるのがヨドミである。
いったいどうやって発生してるのか分からないが、壊しても壊しても復活する。
同じものが同じ所に出て来るわけではないが、とにかく無くならない。
おかげで仕事というか食い扶持にありつけるのだが、手間と面倒と危険性を考えると喜んでられない。
「少しは休んでてくれりゃいいんだけど」
「出来れば永遠に出てこなけりゃ最高っすね」
「まったくだ」
なかなかそうもいかないのが世の常である。
「ま、封印派の連中も大人しくしてるから、暫くは大丈夫だろうけど」
「トガビトもいなくなりましたしね」
「それでも悪い予感がする」
「気のせいですよ、気のせい。
そういう事にしませんか?」
「そうしたいねえ……」
事務所で道具に気力を込めながらそんな事を話していた。
やる事もなく……というわけではないが、割と安穏とした日々が続いている。
あれだけ出回っていたトガビトも姿を見せなくなり、化け物もほどほどにしか出回っていない。
ヨドミ探しは続けられてるが、そう多くが見つかってるわけではない。
ここ最近だと、封印派から聞き出した封印済を潰して回る数が多いくらいだった。
さすがに化け物も活動を控えてるのかと思ったが、あれだけのトガビトがいて大人しくしてるとも思えない。
どこで何をやってるのか分からない状態が続いている。
だからといって焦っても仕方が無い。
化け物に取り憑かれてる者がいればそれを救っていく。
今まで通りに戻ったと言える。
「他所で何かやってるかもしれないんだけどなあ」
「他の人達ってあんまり協力的でもないっすよね」
周辺の同業者からの情報もない。
カズヤ達の方からはそれなりに提供してるのだが、返事は芳しくなかった。
それでも可能な限り接点は持ち続けていた。
途切れたらそれこそ何も入ってこなくなる。
それだけは避けたかった。
「範囲は広げてるんだけどな」
周辺だけでは情報が足りないかもしれない。
そう思ってあちこちに訪問もしている。
応援要請に応えてるだけではあるが。
それでも以前より接点は拡がり、入ってくる情報も少しずつ増えてはいた。
現在それらは、事務所の者達に処理をしてもらっていた。
ただ、それを含めてもさほど重要な情報は入ってこない。
数もそれほどでもない。
同業者達がそれほど熱心でないのが理由の一つだった。
これまで、各地で独自に活動していた者達が多い。
そのため、互いに連絡を取り合う利点をそれほど実感してない。
自給自足ではないが、たいていの事なら自分達だけでどうにかなってしまう。
応援要請もそれほど頻繁に行う必要がない。
カズヤ達は割と頻繁にあちこちに顔を出してるが、それは接点が増えたからでしかない。
一カ所からだけでなく、何カ所からやってくるので総数が多くなってるだけだった。
だからこそ情報のやりとりを増やそうにもそれほど進展してない。
全くないわけではないが、余程の事が無い限り活発にならない。
今の状況だとそれでは困るのだが、どうにもしようがない。
地道に少しずつでも成果をあげていくしかなかった。
「けど、封印派からの情報が一番役に立ってるってのはなんなんすかね」
「言うなよ」
頭の痛い事だった。
「あっちの方が上なんだから。
頭にくるけど」
今の所、有力な情報源は封印派からの内通だった。
大きな組織だけあって、あちこちから情報が入ってくる。
情報の程度も様々だったが、それでも数多く集まるので様々な検討が出来た。
あまりにも多すぎるので整理に人手も智慧も必要になる程だった。
その中から敵の動向に関わりそうなものを見つけていかねばならない。
封印派の行動と敵の出現情報、様々な経路からやってくる化け物絡みと思われる悩みの相談などなど。
同業者からの情報とは比べ物にならないほどの密度だった。
もちろん全てが手に入ってるわけではない。
内通者とて全てに手が伸ばせるわけではない。
封印派内での地位や立場によって接する事が出来る情報は変わってくる。
そこから外に持ち出せるものとなると更に限られる。
どうしても断片的なものになってしまう。
数多いのは確かだが、完璧とは言い難い状態なのがほとんどだった。
それでも得られるものは多いのだから泣けてくる。
どれほど細かな事でも、集まればそれなりの動きが見えてくる。
核心的な情報ではないにしても、大まかな傾向が分かる事もある。
なんだかんだでそれらが一番役に立ってるのを見て、どうにか自分達でも同じ事が出来ないものかと考えてしまう。
封印派閥に頼らず、自分達独自で何かを成せないものかと。
現状では難しいが、そこまでもっていきたいものだった。
将来の夢を抱きつつも、目の前の情報とも向かい合っていく。
なかなか着手できずにいるのだが、合間合間をぬって目を通していく。
所長と事務員とその他協力者達によってある程度分別はされている。
おかげで結構読みやすくなっていた。
さほど多くはないが、写真や動画などもある。
それらから導き出されたいくつかの情報から次の行動を探っていく。
化け物の動向だけではない。
相談に来た者に接触をして、より詳しい情報を聞き出せないか。
封印派が調査中の場所に何か無いかと探りに行けないものか。
既に終わった事件であっても、それらの発生順などから何かが見いだせないか。
とうにかく何でも良いから何かが分かればと思っていた。
そうそう都合良くいくわけもないが、次の行動を考えるきっかけにはなっていく。
まずは、化け物の目撃・発生情報の多い所に。
確実に何かあるだろうし、行けば何かしら知り得るかもしれなかった、
「ついでにこっちも見てみよう」
そう言って広げた地図の空白部分を指していく。
「何もないっすよ」
「そうだな」
それは分かっている。
目撃情報も、相談に来た者も、発見されたり封印されてるヨドミもない。
「なんでわざわざ?」
その場にいたアヤナも疑問を口にする。
何もない所にわざわざ行く意味があるとは思えなかった。
だが、カズヤはどうにも気になって仕方がなかった。
「確かにここには何もないんだけど……」
言いながらその周囲を指でなぞっていく。
「この辺りは割と化け物が多い。
なのにここだけ何もないってのはおかしいと思うんだ」
周りといっても地図の上のこと、実際には結構な距離がある。
だが、それでも確かにその部分には不自然と思える空白があった。
単にその場所における情報がカズヤ達に伝わってないだけかもしれなかったが。
それでもカズヤは「念のためにな」と言う。
「こっちに情報が流れてこないだけで、封印派は何かを掴んでるかもしれん。
本当に何もないかもしれないけど、それも含めて確かめに行こうと思う」
何せ情報が少ない。
足りない部分は補うしかない。
全てを封印派からの情報に頼ってるわけにもいかないのだから。
「何もないかもしれないですよ?」
「そうなんだけどね。
でも、行ってみなけりゃわからないから」
アヤナの言葉にそう答える。
事前に分かれば良いが、そうでないのだから調べにいくしかない。
「何もないならそれが一番だけどな」
出来ればそうであって欲しいと願う。
無駄足になってしまうが、何かあるよりはその方が良い。
化け物などがいるなら、何かしら不幸な出来事が起こってるという事なのだから。