107話 回想2:退路
「こっちだ」
「おう」
声を掛け合いながら撤退していく。
途中で化け物と遭遇する事は覚悟しているが、わざわざ行き当たりばったりに対処する事もない。
三人一組の偵察隊を先に出し、安全が確認出来たところで他が続く。
その繰り返しで市内中心から離脱を計っていった。
時間は多少かかるが、余計な遭遇にあわないためにもそうするしかなかった。
それでも化け物と遭遇する事もある。
行く先のどちらにも化け物がいて、それを倒さねば先に進めない事もあった。
それらを撃退しながらの撤退になる。
追いかけてくる化け物がいないのが救いだったが、それでもなかなか思うように進めない。
戦闘を回避して迂回する事もあるので、まっすぐに外へ向かう事が出来ない。
「ヨドミの中みたいだな」
曲がりくねって進むしかないのがどこか似てるように思えた。
ただ、その甲斐あって消耗は抑えられている。
動けなくなってる者もおらず、順調に撤退は進んでいた。
その足が止まる。
「どうした?」
「いや、あっちの方から……」
立ち止まった者が顔を向けてる方に他の者達も目を向けた。
建物があるのですぐに何かが見えるというわけではない。
耳に音が飛び込んで来るというのでもない。
鼻につくにおいも漂ってこない。
だが、そちらの方に何かがあるような感じはした。
音に鳴らない音が、空気をかすかに漂わせる気配をほとんど全員が感じていた。
「誰か、探知をしてくれ」
「はい」
コウジがすぐに名乗り出て気力を周囲に拡大していく。
まだ境界を保ってるので効果範囲は現実より広くとれる。
その感覚が、皆が見つめる方向にある何かをつかみ取った。
「化け物がいっぱい。
それと……多分人間と思えるのが何人か」
全員、驚いて顔を向け合う。
「おい、それって」
「封印派か?」
「他にいるか?」
「目覚めた奴が襲われてるかもしれんぞ」
口々に予測が飛び出てくる。
「どうする?」
リーダー格に向けられた質問に答えが求められた。
無視して撤退を続けるか?
危険を承知で助けにいくか?
安全を取るなら撤退だが、生き残ってる誰かを見捨てるのも躊躇われた。
かといって、慈善にあふれたその行為で全員が危険に陥ったら意味がない。
自然と判断はリーダーに求められた。
ここで会議をひらいてるわけにはいかない。
どっちになるにせよ、誰かの決断が求められた。
その善し悪しはとりあえず置いておくしかない。
民主的な手法が常に最善というわけではなく、むしろ害悪になる事もあるのだから。
求められた決断にリーダーは、
「行こう」
と答えた。
「化け物を倒す。
絡まれてる者も、助けられるなら助ける」
その答えに、誰もが安心をおぼえた。
誰が化け物に襲われてるのか分からないが、見捨てないで済む。
もちろん緊張もしていった。
何にせよ化け物とやりあうのだから。
相手の数によるが、消耗は避けられない。
怪我をしなければ御の字といったところだ。
それでも、十五人という人数がいれば、たいていの事はどうにかなるとおも思えた。
向かった先では大量の化け物が足止めするかのように屯していた。
そこに切り込み、気力で吹き飛ばし、道を開いていく。
ここに到着するまでにも時間がかかってるので、探知出来た人間達が生きてるかどうかは分からない。
それでも、逃げるわけにもいかない。
何十匹どころではない化け物の大群がいるのだから放っておく事もできなかった。
人間の方は、化け物を倒すついでに助けられれば、という事になってしまう。
見込みのない可能性よりも、確実にこなさなければならない出来事に集中するしかない。
それに、化け物を倒せば、まだ生きてるかもしれない者を助けられる可能性も高まる。
何にしても、化け物を倒さなければ先に進めない。
救助出来るかどうかはそれをこなした後の事になる。
その化け物を倒すのにさして手間はかからない。
一人で五匹や十匹の化け物を倒せる者達の集まりである。
何十匹が何百匹でもどうにかなる。
手間はかかるし消耗も激しくなるが、やって出来ないわけではない。
だからこそ、多少は安全性を確保出来るはずだった。
中から飛び出して来たものが、カズヤ達の行く手を阻む。
先頭で戦っていたものに、それが突進してきた。
レベルアップによって強化された身体能力などをもってしてもとらえきれない速さだった。
前に出ていたものも、かろうじてそいつをとらえ、攻撃を受け止めたが、体勢が崩れるのは避けられない。
すぐそばにいる者が援護に回って事なきを得るが、そのままだったら続けざまの攻撃で命を落としていただろう。
一般的な化け物は当然だが、ユガミすら超える能力である。
だが、相対した者達が驚いたのはそれだけではない。
「な……」
「おい、マジかよ」
「うそ……」
拒絶の言葉が並ぶ。
声が出なかった者達も気持ちは同じだった。
彼等の前に出て来たそれは、見知った人物だった。
カズヤが名前を口にする。
「ノボルさん……」
「トガビトか……」
諦めと悲嘆と憤りとやるせなさとが混じった声がリーダー格からあがる。
化け物に取り込まれた者達の呼び名。
目の前にあらわれたノボルについて、それ以外に説明する言葉がなかった。
息を引き取ったのがヨドミの中であるし、そもそもその時点で助からないほどの傷を負っている。
ほぼ確実に死んでいるはずの人間だ。
それが動き回ってるのだから、他に納得のいく理由を思いつく事が出来ない。
「ちくしょう」
悔しげな声があがる。
「なんてこった」
「最悪だ」
化け物と戦いながら、誰もが絶望していた。
トガビトの強さに差はあるが、だいたい生前(人間だったころ)を元にしている。
例外はあるかもしれないが、概ね能力は向上する傾向にある。
だからこそ誰もが死を覚悟した。
ノボルの能力は、この中でも上位にあったのだから。
それが更に上回ってるとしたら、太刀打ち出来なくなってるかもしれない。
少なくとも、一対一で対抗できる者などこの中にはいないだろう。
それは先ほどの遭遇時にも明らかだ。
踏み込んできてからの切り落としであっただろうが、間合いを詰める速さと刀を振りおろす速度は生前以上だった。
まともにやりあったら確実に死ぬ。
なのだが、周りにいる化け物が邪魔で、複数で相手をする事も難しい。
かといって撤退しようにも、下手に後ろを見せたらそれこそノボルの餌食になる。
相手を倒すか、行動不能にしなければここから逃れる事は出来ない。
でなければ、誰かが犠牲になってこの場で足止めをするしかない。
生きてる人間の反応を感じ取って助けに来たが、そのせいで最悪の状況に陥ってしまっていた。
続きは明日の17:00予定。
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