104話 回想2:包囲の外で
「動いてる?」
話しを聞いて驚いた。
「どこで?」
「市内」
マキの返答は短いものだった。
「封印派の連中、ようやくやる気になったみたい」
「はあ……」
ようやくか、という思いとともに肩から力が抜けていく。
今までどうにもならなかった市内が少しはどうにかなるのか、と思うと張り詰めていた気が溶解していく。
どうなるかは分からないが、少しは周りがおさまってくれるならそれで良かった。
市外に出向いての化け物退治に勤しむ毎日もこれで終わる事になる。
「でも、あの連中でどうにかなるんですか?」
「さあ」
唯一の不安材料に気乗りしてない声がこたえる。
肩をすくめたその仕草から、マキもさほど期待してないのが伺えた。
「人数は多いけどね」
「ですよね」
結局は封印派である。
能力はさして高くないので数が多くても不安は消えない。
だいたいにして、数だけなら化け物の方が多い。
それを上手くいなせるのか、という不安は常にある。
「危なくなったらまた頼ってくるかもね」
「勘弁してほしいですね」
呆れながら応じる。
「ありそうだから怖いですし」
可能性が無い、とは言い切れなかった。
今までの経緯からすれば、そういう事を平気で言い出してきそうな気がする。
話しを聞いてたカズヤにとって、ありえる懸念として嫌な現実感を抱かせた。
青二才と言ってよいカズヤが抱いた危惧は、現実に発生していた。
十二月に入り、攻勢が開始されてから封印派からの要請はひっきりなしに飛び込んできていた。
それらは受付窓口のあたりで跳ね返され、ヨドミ破壊に従事してる者達でも運営に携わってる者達だけが知る事であった。
封印派の動きや化け物動向などは、知り得た範囲をほぼ完全に公表していたが、参加要請については伏せられていった。
それらが要請ではなく強請であった事も大きな理由であろう。
以前からそうであったが、変わらぬその態度に嫌気がさしていた。
ヨドミ破壊に回ってる者達全体がである。
ここで助けても感謝もなく、今まで通りに文句を言われるだろうことも想像に難くない。
「なら、このまま放置しておきゃいいだろ」
どこからともなくそんな声もあがってくる。
封印派が潰れたところで特に彼等が困るというわけでもない。
負担は今までより増大するだろうが、邪魔が入らないならその方がありがたかった。
強力な敵も厄介だが、足を引っ張る味方はもっと質が悪い。
いっそ敵に回してまとめて殲滅した方がよっぽど楽である。
「このまま潰れるのを待とう」
そういう方針になり、それが全員に伝えられる。
今回の一件が収束した時、また封印派が邪魔に入ってくる可能性もある。
ならば、今のうちに勢力をそぎ落としてもらった方がよっぽどありがたかった。
化け物とつぶし合ってくれるなら、なおありがたい。
特に反対もなく、むしろ賛同と推進の方向での返事のみをもって彼等の今後の行動は決まった。
十二月に入って包囲網が動き出した頃の話しである。
それからの半月余りは概ね今まで通りだった。
市外の化け物を倒して周り、ヨドミも破壊してまわる。
多少の変化があるとすれば、包囲網が動いた後に残った封印されたヨドミを破壊する事くらいだった。
これも封印派の内通者からの情報で行われていった。
既にヨドミの中心にいるユガミが行動不能になっていたので、これらは実に手際よく進められていった。
包囲網内とその外とで景色に大きな隔たりが生まれていった。
それだけの変化が一気にあらわれていった。
すぐそこで、空気すら淀んでいる空間があるにも関わらず、化け物が一掃された地域は清々しい場所になっていた。
つい先日までは、淀んで沈んでいたのは同じだというのに。
化け物の有無の違いが大きな差になってることを実感させる。
今もそのせめぎ合いは続いていたが、カズヤ達の中にそれを気にする者はいなかった。
さっさと終われば良い、それも化け物の壊滅でとは思っていたが、だからと言って手を貸す事はなかった。
封印派から寝返ってきた者達はさすがに気にしていたが、特に行動を起こす素振りはみせなかった。
ヨドミの破壊に勤しむようになり、急速にレベルを上げてはいる。
そんな彼等であるが、今の力で化け物とやりあってる状況を好転させる事が出来ないのも分かっていた。
どれだけレベルが上がろうとも、一人二人でどうにかなるものではない。
多少は結果を良い方向に向ける事が出来たとしても、全体の流れが変わるものでもない。
かつての仲間は心配だったが、封印派からやってくる要求を聞いて幻滅していたのも大きかった。
こんな事を言ってくる連中の為に死にたくないと。
今までそれを聞いて活動していたが、その外に出た事で封印派の上層部がどれだけ酷いものなのかをはっきりと認識していた。
「付き合いきれん」
離脱してきた者達のほぼ一致した回答である。
十二月の半ばを超え、状況が封印派にとって優位に推移していく。
それでもカズヤ達の態度も行動も変わる事はなかった。
いまだ化け物は健在だし、封印派の損害も小さくはない。
内部の軋轢も聞いているし、きっかけがあればすぐにでも崩壊するのではないかと思えた。
そんな所に手助けにいったとしても、余計な面倒に巻き込まれるだけである。
ある程度決着が付くまで放置するのが最善だった。
後で何か言われるだろうが、それは助けようが見捨てようが同じなのだし。
ただ、さすがにそうも言ってられなくなっていた。
今年も残り少なくなった頃に始まった、化け物の一点突破。
それにより、包囲の外にいたカズヤ達も巻き込まれる事となる。
封印派もそれに合わせて行動を開始しており、あふれ出てくる化け物はかなり削減されている。
それでも元の数が多かったので相当な規模の化け物が外にあふれ出てくる。
さすがにこれはカズヤ達も放置出来なかった。
全てを網羅するには数が足りないが、可能な限りの化け物を拾い集めて倒していく事になる。
拡散していった化け物を掴まえるのは容易ではない。
取りこぼしはどうしても出て来る。
それはやむを得ないとして、取りこぼしを可能な限り減らそうという事になっていった。
封印派も市外に残った化け物を倒すべく包囲を更に縮めている。
いくら取りこぼしが多いといっても、囲んでる敵もまた多い。
それらが倒されれば今回の騒動は終わりが見えてくる。
市内において増殖した化け物も、これでおおかた片付く。
相手が今まで通りの化け物であればそうなると思われた。
しかし、
「そう上手くいくか?」
懸念の声も上がってくる。
そもそもとして、今回化け物に倒されてるのは封印派だけではない。
ヨドミ破壊の者達も同じように倒されている。
それが封印派による現実での襲撃だけであるならまだ良い。
だが、もしそれが化け物によるものならば、と考えると幾らか考えを変える必要がある。
それだけ強力な化け物がいるなら、封印派だけで対処出来るとは思えなかった。
いくら数が揃っていても、それを覆すほどの能力を持ってる化け者がいるなら、包囲に意味はない。
封印派が相応に強力な者達を集めてるならどうにかなるだろうが、そこはよく分かってない。
周囲から応援を頼んでるとはいえ、その者達の質についてはほとんど分かって無いから何ともいえなかった。
可能な限り敵を食い止めて撃退してくれれば良いのだが、何一つ期待は出来ない。
外に出て来る化け物が数が多少なりとも減っていれば良い、というくらいの期待しか出来なかった。
予想以上に善戦してると言えた。
包囲を狭めて市内に突入してる方は遭遇する化け物とよく戦っている。
突破された方面も相手の動きを妨げる遅滞行動に尽力している。
あふれ出る化け物は多いが、数は予想していたよりは少ない。
ただ、拡がりすぎているので収拾をつける事は出来ないだろう。
それを見越してカズヤ達も動いていく。
人数が少ないので一カ所に集中していく。
あふれてきた化け物全体をとらえる事は出来ないが、手の届く範囲は確実にとらえていった。
一カ所をまずは片付けてからその次の場所へ。
一つずつ確実に対処していった。
何せ人数が足りない。
封印派からの離脱者を合わせてもようやく十五人といったところである。
三人一組くらいで行動してるが、それでも五組が出来るくらい。
この人数では並み居る化け物を止められるはずもない。
封印派以上にゲリラ的な遊撃戦を繰り返すしかなかった。
それでも一組辺り数十匹くらいは倒していっている。
全体からすればそれほど大きなものではなかったが、接触した化け者達はほぼ確実に殲滅されていった。
取り逃しの数も減り、今後に与える影響はかなり減っていくだろう。
まだ外部に飛び出してない化け物も包囲の中で倒されてるようで、流出も抑えられている。
最初の段階で包囲網に突入してきた時ほどの勢いはない。
それでも結構な数の化け物が中から出て来ているのだが、このままいってくれるならいずれ止まるだろうと思われた。
(けど……)
懸念はある。
(仲間を倒した奴はどうなってんだ?)
ヨドミに入っていった仲間を倒した存在が気になった。
明確になってるわけではないが、ヨドミに突入した者達を倒したものがいるはずだった。
封印派以外でそういったものが存在する可能性は常に語られていた。
もしそれが今ここにいるなら、これで終わるわけがない。
今はまだどうにか化け物を追い込んではいるが、それが一気に逆転するかもしれない。
まだそれが出て来てないとするなら、それはおそらく市内にいるはずだった。
包囲を狭めてる封印派と戦闘に入ってもおかしくない。
市内から流れ出て来る化け物を倒してるカズヤは、それを危惧していた。
続きは明日の17:00予定。
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