103話 回想2:包囲
一年が終わろうとしていた。
来年まで残り一ヶ月を切り、寒い日々が続いている。
年末から年始にかけての慌ただしさに向かっていく中、それらも着実に準備をととのえていた。
人がなかなか集まらないという問題を抱えていた封印派であるが、ここにきてようやくある程度形をととのえる事が出来た。
市内の状況は最悪で、化け物の拠点となった場所は更なる拡大を続けていた。
町の一区画、あるいは全体が化け物に占領されてる場所すらあった。
町内や学区の範囲全体に化け物がはびこり、そこに居る者達全員が寄生されてしまい、新たなヨドミすら生まれている。
市内の数カ所がそんな状態に陥り、外を歩けば化け物と遭遇する事も珍しくなくなっていた。
かろうじて封印派の拠点や、神社などの特別な場所はその脅威を逃れていたが、状況を改善する目処はたってない。
数は多いが能力の低い封印派では如何ともしがたかった。
対応出来るヨドミの破壊してる者達は、市内の事は封印派に任せきりで市外に出回っていた。
自分達近辺の化け物などは駆逐してまわっていたが、基本それ以外は放置している。
それを封印派は責任放棄だとなじっているのだが、そういう態度が余計にヨドミ破壊を旨としてる者達を激昂させていく。
そんな封印派を見限った内通者や離脱者達が出て来た為に、更なる弱体化を招く始末である。
唯一の救いは、市外のヨドミ破壊のおかげで包囲網の外側から攻撃される事が無かったためだろうか。
封印派の内部情報のおかげもあって、既に封印されていたヨドミも、封印派が先んじて場所を特定していた所もまとめて破壊されていった。
おかげで市内と市外における化け物の密度に格段の差が出てしまっていた。
封印派がしいている包囲網を境にしているのが、ある意味滑稽ですらあった。
それも、年度末が近づいたこの月に変化が発生した。
包囲網が動き出していった。
最初はその一角が内部に押し寄せ、地域を制圧していく。
化け物が見える目覚めた・覚醒した者達によって蔓延る化け物が倒され、ヨドミが封印されていく。
数日という時間をかける事になったが、とにもかくにも化け物に制圧されてる一地域が開放された。
それを踏まえて別の地域にも包囲網の一角が進んでいく。
少なからぬ犠牲を出してしまいはしたが、密集していた化け物を駆逐し、どうにか元の状態にまで戻す事に成功した。
それを踏まえて他の場所でも市内への前進が始まっていった。
抵抗は激しかったが、封印派も数でそれを押し切りどうにか市内の中心部へと向かっていく。
狭まった包囲網は化け物を押しつぶし、相手を内部へと追いやっていった。
被害も甚大である。
数多い化け物に集まった封印派も手こずっていた。
重傷軽傷問わず負傷者は続出。
死亡者も出ていた。
境界やヨドミで死んだ者達は例外なくこの世から消え失せ、覚醒した者達の記憶の中にだけ痕跡を留める事となる。
それらを忘れないように記録し、正確な被害状況としていく。
本来なら遺族に知らせるべきなのだろうが、残念ながらその必要性はほとんどない。
ヨドミや境界の中で死ねば、そもそも存在しない事になる事が多い。
元々いなかったものとして扱われる事が多いので、遺族に知らせる理由がなくなる。
仮におぼえていたとしても、ほぼ同時期に起こった別の出来事で死んでる事にされるだけである。
それが交通事故だったり、本人も周囲も知らなかった持病によるものだったり、ガス栓の閉め忘れに寄るガス中毒だったり。
理由は様々だが、化け物とは関係ない別の理由で死んだ事になる。
なので、死亡した事を伝えるべき相手は基本的にいない。
ただ、本当はここで戦って死んだという事実を彼等がおぼえておくために記録をとられていく。
誰に知られる事もなく、知っていたとしても真相が伝えられる事のない戦死はこうして増えていく。
そんな者達が、参加した者達の数パーセントに到達していた。
負傷者はその数倍になる。
数百人という参加人数を土台としたその数値は、決して小さなものではなかった。
十二月の真ん中を越えて、市内の中心部近くまで進んでいく。
幾らか不手際は発生していたが、急ごしらえの集団で、ろくろく統率もとれてない割には上手くやっていた。
相互の連携も連絡も不十分な中、まとまった作戦も方針もままならないのに。
その場その場における各自の判断と、それへの周囲の働きかけがそれなりに上手くいった為であろう。
不思議なもので、無理をしないで早々に撤退したり、上からの指示を話半分で聞いてる所ほど生存率も成功率も上がっていた。
出されてる指示がむやみやたら突入と突撃を促すものであったからかもしれない。
相手の数や規模、強さを考える事なく、ただ全体を突入させていくだけの指示は無駄な損害を増やすだけだった。
それでも言われた事を真に受けて突進していくものもいる。
それらのほとんどは大きな負傷か致命傷を受ける事になった。
ほどほどに戦い、適度に逃げ出し、周りと合流していく者達が比較的生き残るのは道理と言えるだろう。
そういう者が生き残るのだから、包囲網が狭まるにつれて上からの指示を聞かない者が増えていった。
指示を出してる方はそれが面白くなく、前に出てる者に文句を言い始める。
だが、実際に戦ってる者達からすれば、ろくろく考えてもいない指示に従ういわれはない。
まして彼等は逃げ出してるわけでもなく、成果をきっちりとあげている。
文句を言われる筋合いはなかった。
第一、逃げ出す者はとっくに逃げだしている。
比べてみればどちらが良いのだ、という事になった。
もちろんそういった意見を聞くような者はいない。
指示を出してる方は、言う通りに動かない事に文句を言ってるのだから、成果など二の次であった。
かくて上と下で摩擦と衝突が生まれ、亀裂に発展していく。
化け物を前に、崩壊派と封印派の間で断絶が生じたように、今度は封印派内において分断が発生した。
指示を出す方は彼等が策定した方針や行動を下に要求するが、下は自分らで考えた作戦で動き出す。
おかげで包囲が狭まった絶好の機会であるにも関わらず、それ以上の侵攻はなされる事がなかった。
解決せねばならないのは誰もが理解してるが、脅威と直接戦う事になる者達は迂闊に突入出来ない。
やれば今まで以上の抵抗を受ける事になる。
それよりは、包囲した内部から漏れてくる化け物を片付けつつ、少しずつ様子を探っていく方がマシだった。
時間はかかるが損害は軽減出来る。
相手の情報も得なければならない。
対して上層部は、より早く事態を解決したいと考えている。
その為に最後の一押しを強要している。
時間が経てば化け物が復活していく事を懸念していた。
市内においてヨドミが更に増大する可能性もある。
悠長に時間をかけてる場合ではない……というのが彼の急ぐ理由であった。
だからといって、内部の様子を調査・偵察しないという理由にはならないのだが。
彼等は突入する者達にどれだけの犠牲者が出るのかをかえりみてない。
本来、それらを考え、可能な限り損害を減らし、それでいて成果をあげていく事が望まれるのだが。
指示を出してる封印派の上層部にはその部分が欠けていた。
組織が巨大化すればこうした上と下での見解や意識の違いが出て来てしまう。
それは仕方ない事であり、無くす事は難しいのかもしれない。
いっそ、出来ないといってしまった方が良い事なのだろう。
だとしても、損害を無視し失われるものを考慮しないでいる姿勢は、下からの反発を招くに十分だった。
特に生き残ってる者達は、上からの指示に従わない事で生きながらえている。
目的を達成するにしても、素直に言う事を聞く訳がなかった。
可能な限り統一した意思や意識、定まった目的へと向かっていくべき事態である。
なのだが、ここに来て当事者達の上下が分かれてしまっていた。
上は上で考えがあるように、下も自分達だけで行動しようとする意志が動いていく。
組織や集団としては最悪の事態かもしれないが、それを非難してばかりというわけにもいかない。
目的を達成する、それも損害を少なく利益を大きく────組織や集団とはそのためのものであるはずだった。
なのにそれを無視しているのだから、瓦解して当然ではある。
むしろ自分達の意志で行動をし始めた下の者達、化け物にあたる当事者達の方がまだしも今回の目的遂行のために真摯であった。
こんな状況にも関わらず、退く事無く化け物を倒そうとしているのだから。
その包囲網に化け物が向かっていく。
追い込まれ、密集してた化け物達が大挙して包囲の一角を目指していく。
今だ数において優位を保つそれらが、人数を減らした包囲陣に向かっていく。
押し込めていた包囲網が押し出されていく。
止める事は出来なかった。
「退くな、止めろ!」
そう言って指示を出すものが率先して逃げ出してる。
当然従う者などいるわけがなく、それらが逃げ出す前に退散していった。
ただ、逃げ出した指揮者と違うのは、退きながら仲間と合流し、押し寄せる大群の側面を攻撃していった事だろう。
包囲の為に分散して要所に留まっていた彼等は、化け物の動きが見えた途端に退き、後方で仲間と合流。
そこから更に移動し、化け物の進路から退避していく。
正面からぶつかっても勝てないので、そこは無理をしない。
代わりに移動している側面を突いて流れを分断させていく。
決定打にはならないが、勢いをそぎ落とす事は出来た。
それしか出来なかった。
化け物が何を考えて行動してるのか分からないが、これで確実に相手は包囲の外に出る。
被害もそれだけ拡大していくだろう。
だが、ここで少しでも削っておけば、後々の被害を減らす事は出来る。
押しとどめる事が出来ないからこうするしかなかった。
幸い(なのか分からないが)指示を出すものはいない。
彼等は彼等なりに出来る事に専念する事が出来た。
「他の所にも連絡を入れろ」
余所と連携、というわけでもないが、前線に貼り付いてる者達は可能な限り連絡を取り合っていた。
この時もそれは同じで、他の方面とも状況の確認をしあっていた。
頼りにならないどころか無能、更には害悪でしかない上層部や指揮所をあてに出来なかった彼等の苦肉の策である。
本来なら全ての情報を集められれば良いのだがそうもいかない。
寄り合い所帯となってしまった彼等に、全体を束ねるような存在がいるわけもない。
その為、各所の動きをお互いに伝え合うという所に留まっている。
なので、集中した行動というのがとれない。
今何がどうなってるのかを逐一報せ合うのが限界だった。
それでも、どこで何が起こってるのかを知る事は出来る。
何度かの連絡の取り合いで、化け物が一カ所に向かってる事だけは把握出来た。
「だったら、他の所で市内に突入してくれ。
こっちはもう無理だ」
攻撃を受けてる所が発したその言葉が他の方面に伝わっていく。
被害甚大だが、それは一カ所だけで他はそうではない。
むしろこれが好機ですらあった。
化け物が移動しているなら、移動した分だけ市内は手薄になってる。
包囲してる者達が攻め込むならこれが最高の好機である。
押し寄せればその分崩壊した包囲網に化け物は逃げるだろうが、市内にいる化け物を高い可能性で殲滅出来る。
取り逃がすものは多くても、今までのような状態からは解放されるかもしれなかった。
「ここで一気にいくぞ」
上手くいけばであるが、ここで多くの化け物を倒す事が出来る。
そうなるば、残った敵を掃討するだけで終わる。
もちろん、封印派にそれだけの余力があればになるが。
それでも、ここで一気に行動に出た方が後々楽になると思われた。
何せ移動してる敵の背後と側面をつくのだ。
攻撃において有利なのは確かである。
上手くいけば、であるが。
包囲網が動き出す。
市内に向けて、止めていた足を動かしていく。
十二月も残り三分の一となってきたこの時期、とある地方の一部における戦いは最終局面に入ろうとしていた。