10話 崩壊/離脱 → 対立
「ん?」
ステータス画面を消して声の方に目を向ける。
見知った顔がいた。
「布佐か」
自販機の照明に浮かび上がった彼女は、剣呑な表情を浮かべている。
「どうした、怖い顔をして。
綺麗な顔が台無しだぞ」
理由は分かっているがすっとぼける。
どうせ怒鳴り声しか聞けないだろうから、なだめようとは思わない。
適当にあしらって終わらせようとする。
ユウキの方もそれは分かってるらしく、カズヤの胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「あんた、また消したでしょ!」
「なにを?」
「ヨドミよ!」
「もちろん」
嘘を吐く必要がないので正直に答える。
誤魔化したところで何の意味もない。
その言葉にユウキは眉間のしわを更に深くしていく。
「どういうつもりよ!」
「何が?」
「消えるのよ、周りの色々なものが」
「そうだな」
そこは否定しない。
ヨドミの崩壊と消滅によって、その周囲にあったものに変化があらわれる。
結果として本来あったものが消滅する事もある。
代わりに別の何かがあらわれるが、それは本来あったものと同じかどうかは分からない。
ユウキの憤りの理由はそこだった。
「それで良いと思ってるの?」
消え去ればそれまであったものとは違う何かが出てくる。
仮に今まで通りであったとしても、本当にそこに変化がないと言えるのかも分からない。
一度消えて、全く同じものがあらわれてるのかもしれない。
不幸中の幸いなのか、変化があらわれても、周囲の者達はそれに気づく事は無い。
もともとそうであったかのように、新しくあらわれたものに接していく。
以前の事をおぼえてないというのではなく、元々そうであったようにふるまっていく。
だが、消えたものはどうなるのか?
それが問題として常に残ってしまう。
だからこそ、ヨドミと言えども簡単に消滅させる事に反対する者は多い。
むしろそちらの方が主流と言ってもよい状態だった。
ユウキもそちら側に立っている者の一人である。
「あんたが消滅させたせいで、誰かが消えてるかもしれないって何度も言ってるでしょう!」
「それで問題が消えてくんだから良いだろうが。
それとも、お前がやってるように、これからも問題を残してけってのか?」
カズヤもそこは譲れなかった。
ヨドミの消滅により現実にも影響を与えるのは確かである。
カズヤや、ヨドミの消滅を是とする一派はそれを肯定的にとらえていた。
確かにそれまであった様々な存在が消えるのは確かである。
しかし、結果は確実に良い方に向かっていく。
廃墟が綺麗な町並みに変わったり、不法投棄のゴミなどで汚れた地域が緑地に変わっていたり。
そこに住んでいる者達も、様々な問題から解放されていく。
問題を起こすような者達だった場合、もっと穏便な誰かと入れ替わる事がある。
それはそれで様々な問題をはらんでいるだろうとは思っているが、結果を見れば以前よりは良い状態になっていく。
だからこそ、ヨドミを消滅させていく事にしていた。
存続させてしまえば、そこで発生してる様々な問題を残してしまう事になるからだ。
「封印して残して、問題を継続させる。
それのどこがいいんだよ」
「消滅するよりマシでしょ!」
ここが決して折り合いがつかない部分になっていた。
ユウキ達も化け物どもを倒し、襲われてる者達や悪影響を受けてしまう者達を助けてはいる。
だが、その発生源となるヨドミを崩壊させる事は無い。
ヨドミに突入し、その中枢のユガミを倒すには倒すのだが、その手法がカズヤとは違う。
極限まで弱めはするが、決して倒しはしない。
ユガミの核を不活性状態────活動停止状態にしていく。
ヨドミもユガミも消滅はしないが、それ以降化け物を発生させたりはしなくなる。
結果として、周囲に与える影響を極端に低下させる事が出来る。
手間はかかるが、そうやって周囲に与える影響を減らそうとしていた。
だが、これはこれで問題が残る。
「それでユガミの影響を周囲に残していくんだろ。
何やってんだよ」
例えそこから化け物が出てくる事は無くなっても、存在が消えたわけではない。
封印したとて、周囲に悪影響を与えてしまう事は変わらない。
そうした地域における不幸な事故や原因不明の病気、人間関係の険悪化などはその後も残り続ける。
活性化してる時に比べればそれは小さなものだが、確実に悪い方向に物事をもっていってしまうのは変わらない。
消滅しないでいるのは、そういう問題を残していく事になってしまう。
結局どちらを選んでも、それなりの問題はある。
また、どちらにもそれなりの利点があるので、どちらが良いとも言えないものがあった。
封印する事による問題は他にもある。
活動を停止させる事になるので、周囲に放つ気配などがかなり低下していく。
おかげで検出する事が難しくなり、数メートルくらいにまで接近しないと場所が分からなくなってしまう。
カズヤのように、ヨドミは消滅させるべしと考えてる者達は、そういった場所も探しあてようとしている。
その上で再度破壊をしていこうと思っているのだが、成果は芳しくない。
封印派の者達もそうした活動を阻害していくので、両者の関係は険悪の一途を辿っていく。
ユガミを巡って戦闘になる事も珍しくない。
倒すべき相手は同じはずなのに、両者の仲は最悪と言ってよかった。
内部分裂状態と言っても良いだろう。
一つの組織にまとまってるというわけでもないが。
カズヤとユウキの衝突は、そんな事が背景にある。
どちらかが意見を変えない限りは今後も続いていく事になるだろう。
だからこそ、苛立ちは募るばかりである。
「あんたが今日、ヨドミを破壊した事で誰かが死んでるかもしれないんだからね。
その事をしっかりおぼえておきなさい」
「お前が今日もまたヨドミを残すことで、今後もずっと多くの人が不幸になっていったかもしれん。
問題を今後も強いてる事をいい加減理解しろ」
「それでも人が死ぬよりマシでしょ!」
胸ぐらを掴む腕に力がこもる。
ヨドミや現実で化け物達と渡り合ってるだけに、ユウキもそれなりに力がある。
女にしてはかなり強い方だ。
息が少しばかり苦しくなる。
ただ、カズヤはその上をいっている。
その腕を掴み、技をかける。
相手の重心を崩し、腕から力を抜き、膝の平衡を消し去っていく。
柔術などでいう所の崩しである。
体勢を一瞬にして崩されたユウキは、その場に尻をついてしまう。
純然たる技術などにおいて、カズヤはユウキの上をいっている。
その差が出ていた。
「ま、お前がそう思ってるのはかまわんけどさ」
これ以上やりあうつもりもないので、自転車の方に向かっていく。
「ユガミはどんどん発生してる。
それを残していったら、周りに与える悪影響がどんどん大きくなる。
俺はそんなの放置するつもりは無いからな」
ペダルに足をかけて進もうとする。
「待ちなさいよ!」
「……それと!
制止しようしたユウキに、カズヤは初めて声を荒げる。
ビクリ、とユウキの動きが止まった。
威圧感にのまれてしまってる。
そんな顔の所を見ながら、一言注意をしていく。
「ここは境界やヨドミじゃない。
大声は近所迷惑だぞ」
一瞬の威圧感のあとに続いたのは、とぼけたような声だった。
その言葉にユウキは周囲の状況を思い出す。
ここが住宅地の一角である事を。
ユウキが現状を確認して慌ててきたところで、カズヤはその場から走り去っていった。
続きは明日の17:00予定。
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