いぎりす古書奇譚 (この世に2冊しかない本) 古書ファンタジー小説。
あれは、、確か
私がかってロンドンに留学していたとき
私は市内の古書店めぐりが趣味となり
毎週日を決めては休みの時に、あちこちとめぐっていた、
イギリス文学に特に興味があるというのではなく、
まあ英語勉強の、、補足?でもという程度の興味だったが、
単なる洋書フリーク?という程度だった。
洋書独特のあの、、革表紙の味わいというか
いいですよね?
実は以前、、古書市で、ポオの
「テイルズ・オブ・ミステリー・アンド・イマジネーション」という
黒皮表紙の2冊本を見つけてその装丁の美しさに見とれて買ったことがあったんですよ。
ええ、今でも手元にありますけどね。
ポオファンの私としては今でも愛蔵書ですよ。
まあ、、ようするに、、洋書の見た目の美しさで買う、、という程度ですよ。
英文学に詳しいわけじゃないですよ。
とはいえ
シェークスピアやディケンズ、デフォーやスイフト、フィールディングくらいは知ってましたがね。
また蚤の市にも開かれる日には出かけて古書アサリをしたものでした。
さてそんなある日のことだった、
私はいそいそと、とある地方都市に蚤の市があると知り、
出かけてみたのだった。
ぶらぶらと歩いては、見て歩き、露店の外れに店を出している一軒を覗いてみると、
古書がぎっしりと詰まれていた、
「これはどこから持ってきたものなのか?」
と店主らしき風采の上がらないおじさんに問うと
「さる愛書家がなくなりましてな、それで遺族が全部引き取ってくれと、こういう古臭い本は見るのも嫌だとのことで私が引き取ってきたという次第」
私は興味に駆られてその洋書の山をひっくり返して探索し始めたのでした。
ディケンズの「Bleak House」
フィールディングの、「The History of Tom Jones, a Foundling」
デフォーの「Moll Flanders」
などなど、結構面白そうな本が見つかったが、それらは、
刊行年を見ると、、みんな1950年代以降に刊行された、、まあ、
新しめの本ばかりだった。装丁も表紙も、、まあ、お粗末で見栄えもしない。
でも、買って、英語の勉強用には、よさそうなので、
この三冊は買うことにした、
さて、それらの本に交じって、
古ぼかしい、、革製のカバンが隅っこにおいてあるのに、ふと私は気が付いた。
なんだろう?
「親父さんそのかばんは?」
「ああそれですかい、それもそのお屋敷から出たもんでして、何がはいっとるのかまだあけてもいませんよ」
「開けてみてもいいかね?」「別にいいですよ」
というわけでその古めかしい革鞄を開けてみると、
何やら、古い日記みたいなのが入っていて、それともう一冊なんだろう、詩集のようなものが入っていた。
いずれにしてもそんな価値あるものには見えなかったことは確かだった。
日記は癖のある書体でしかもふるめいていて私には解読できなかったが、
もう一冊のこれは詩集だろうか?だいぶ薄汚れていて、ふるめいて、かろうじて、、
ほこりを払ってみるとタイトルは、、、
「Poems by Currer, Ellis and Acton Bell」
と、、、読めた。
「なんだろう?聞いたこともないな、まあ、無名の詩人の詩集なんだろう」
私はそれ以上気に留めることもなく、先ほどの三冊を受け取ってその場を後にしたのだった。
それからそのことはすっかり忘れ去っていたのだが、数週間後の
ある日のこと、
ホフマン関連の本を調べていたところ、
エミリーブロンテがかってブリュッセルに留学していたことがあり
そこでドイツ語を学んだとか知り、なかんずく、ホフマンなどのドイツロマン派の作品を読んでいたというので
それがあのゴシックロマンスの傑作「嵐が丘」のヒントになったのだという。
そこでホフマン愛好家の私としては
エミリーブロンテを調べてみることにしたというわけですよ。
で、、調べてみると、なんと、エミリーブロンテは生前「嵐が丘」だけでなく
詩集も自費出版していたと、しかも偽名で、、三姉妹共同で、、、
そして
そのタイトルが
Poems by Currer, Ellis and Acton Bell
(カラー、エリス、アクトンベルの詩集)
だというのだ、
しかも、
この詩集、、売れたのはたった2冊、
そして残りはなんとエミリーが、全部、
古紙としてトランクの裏張り用に売り払ってしまったという、
ということはこの詩集の初版本はこの世にたった2冊。
ということは?
あの古カバンにあったあの古びた、あの詩集は?
エミリーブロンテのたった2冊しかないその一冊だったのか?
あー
私の絶望と狂悩は極致に達したのだった。
確かに間違いない
Poems by Currer, Ellis and Acton Bell
と、
確かに書いてあった、
そしてあの古めかしさは
まさしく1846年5月に自費出版された初版本に間違いない。
あー。だがこのことは誰にも漏らしてはならない。
知られたらまずいし、第一、誰も私の話など信じまい。
そうだ、、これから探すんだ。
あの本今頃どこに、私はあわててあの露店市へ、
焦りまくって、あの露店を探したが、
それはどこにも見当たらなかった。
それらしき場所に店を出していた老人に聞いてみた。
「以前、、ここで店を張っていた中年のおじさんがいたよね?」
「え?そんな人知らんよ」
そうして私は
何度も
何度も
その蚤の市へ足を運んだが
二度とあの
中年の店主に出会うことはなかったのでした。
もちろん
このことは今まで誰にも一切、話したこともありませんよ、
だってこんな掘り出し物を、知らないばっかりに、
うかつにも、取り逃がしたなんて悔しくって
絶対口が裂けてもだれにも、言えませんものね?
私の生涯の秘密ですよ。
誰にも言いません。
私だけの秘密です。
おわり
㊟この物語はフィクションです。