プロローグ
よろしくお願いします。
燦々と輝く太陽。照りつける日差し。青い空。小鳥の囀り。一面緑の畑。頭を垂れる稲穂。道行く近所の爺さんと婆さん。そんな景色の中に、俺はいる。
周りは、これぞ田舎!って感じの景色なんだが、ここは九州のとある山奥の農村。爺さん婆さんがせっせと畑を耕し、おばさん達は縁側で裁縫したり、近所のおっちゃんは猪担いでたり。人口200人に届くか届かないかの小さな小さな村だ。
都会に良くあるビルや電子掲示板、スーパーやコンビニなんてものは何一つない。全て自給自足で賄う、現代からすこーしばかり時代に置いていかれたそんな場所だ。一応、現金収入はあるらしいが、まだ関わらせてもらえねえ。
若い姉ちゃん?んなもんいねえ。一番若いのなんて24歳の俺と、次点で38歳のおばち----おっと、お姉さんだけだよ。何で俺がこんな田舎にいるのかって言うと、高校一年生だった時に両親を交通事故で亡くした俺は、都会の汚い空気が嫌いだった祖父母に高卒と同時に引き取られた。周りは就職だ進学だで忙しかったが、ここで暮らせば食い扶持に困るこたあねえっつって、爺さんは言ってた。
まあ、その、あれだ。確かに食い扶持に困ることはねえんだが、如何せんコンビニの一つもない田舎ってどうよ?思春期真っ盛りだった俺としては携帯が唯一の情報媒体であり、外の世界のことを知れる手段だったわけで。ぶっちゃけ娯楽がない。婆さんにそれを言えば、やれ裁縫だ料理だって教え込まれる。爺さんに暇だっつうと畑を耕してこいとか、木刀渡されて爺さん----剣道有段者、元警察官----と打ち合い。
そんな生活をしていた所為か、幼馴染----残念ながら男----に、老けたとか言われる始末。俺はまだ24歳だ。
テレビは辛うじてあるが、そいつと頻繁にやり取りしているおかげでサブカル方面に偏りはあるが、何とか時代の流れって奴には着いて行っているつもりだ。
今度全ゲーマー待望のVRMMORPGってのが出るらしい。まあこんな田舎でそんなハイカラなもんできるとは思っていのだが。
そんな会話をしたのが、一週間前のこと。
畑仕事から帰ってきた俺を爺さんが呼び止める。
「おい、大地。ちょっとこっちに来なさい。」
俺の名前を呼ぶのは、白髪に筋骨粒々とした肉体をお持ちの見た目推定40代----実際は60過ぎだが----の爺さん。未だに現役猟師で俺もよく爺さんと狩りに行くもんだ。
「何だ、大吾爺さん」
俺の祖父、大吾爺さんは畳の上に覇気を放ちながら威風堂々と座っている。別に家にいる時くらいその意味不明な覇気はしまったらどうなのかと言いたいが、言ったらその後の娯楽----虐待とも言えなくもない----が激しくなるため言わないっつか言えない。
「まあそこに座りなさい。」
「何だ?俺なんかしたのか?……あ、もしかして大吾爺さんの楽しみにしていた饅頭食べちまったことがばれたのか?いやあ、やっぱ野良猫が盗ってったなんて嘘は流石にばれ----って待て待て爺さん。その手に持っているモノを下ろそうかって言うか下ろしてくださいその熊の置物で何をする気ってちょっと待ってええええええ!!」
とりあえず何とか爺さんが孫を撲殺して刑務所送りにするのは無事防げたぜ。いや全く誰の所為だろうね。
「…………。」
「何、軽い冗談だ。」
「いや、目が本気だったじゃねえか。」
「………冗談はさておき。」
今の間は何だ、と突っ込みかけて喉頭蓋でギリギリ食い止める。過ちは繰り返すものではないな、うん。
「お前今年で23だったか?」
「歳か?いや、24だぞ?大吾爺さんは俺の歳を忘れるほど頭使って無----っ嫌なんでもないからその手の熊はこちらで預かろう。」
口より先に手が出るのは相変わらずだ。この脳金爺さんめ。すると、途端に歳に不相応な鋭い眼光を向けられたので思わず居住まいを正す。この爺さんは読心術でも使えるのか?
「何、お前に誕生日ぷれぜんととやらをやろうと思ってな。」
「……は?」
「む?聞こえんかったのか?ぷれぜんとじゃ、ぷれぜんと。」
平仮名表記で読み辛いというメタ発言は置いておくとして、だ。
「え?俺に?大吾爺さんが?婆さんにでなく?」
「今更婆さんにあげるものなどあるか。大地、お前にじゃよ。」
この田舎に連れて来られてから何かを与えられる何て初めてだった。まさに晴天の霹靂。まあ今まで甘えてこなかった俺も俺だが。
こんな片田舎じゃ与えるにしても猪とか山菜とか手作りの服とか……まあその程度しか思いつかない。そんな中ぷれぜんととは……何だろうか?
「で、ぷれぜんとって?」
「うむ、これじゃ。」
爺さんは襖を開けて奥からダンボール箱を取り出す。ダンボール箱にはドリーミィライン社、VRMMORPG----FantasyLifeOnlineとドリーマーズ在中……ってこれ?!
「最新式のVRメットとFLOのセットじゃん!爺さんこれどうしたのさ?!」
「何、ここの社長と儂が旧知の中でな。一個送ってくれぬかと頼んだら送ってくれたんじゃ。欲しかったんじゃろ?」
「いや、欲しかったっつうか……。」
幼馴染と仮想現実で一緒に旅出来たらいいよなって話はしていたけど。FLOの話を聞かれていたとはな……。
「大地は今まで我儘も言わず、儂等の言うことを聞いてきた。儂の息子、まあお前の両親が事故で亡くなってから有無を言わせずこちらに連れて来てしまった儂等からのせめてもの罪滅ぼしじゃよ。」
……爺さん。
そういって爺さんは片手でダンボール箱を渡してくる。あれ?両手じゃねえと持てねえと思うんだけど、なんで片手で持てんの?
「まあ、大事に使うんじゃぞ。あとそれを使って遊ぶのはいいが畑仕事とかを疎かにしないようにな。げぇむとやらは中毒性があると聞く。大地にその心配は無用じゃと思うが、一応な?」
「わーかってるって。まあ俺も久しぶりのげぇむだ。今日の夜に部屋でやってみるよ。」
幼馴染情報では、今日の20時にサービス開始だ。こんな田舎でもVRメットは使える仕様なのでネット環境には困らない。生まれて初めての仮想現実へのダイブだ。24歳になったって心が踊らないわけないが、子供っぽいところを見せるのもな。
「ありがとう、大吾爺さん。大事にするよ。」
「うむ。たまにはこう言うのも良かろうて。」
相変わらず覇気は纏ったままだがそのまま襖から外へと歩いていく。耳が赤くなっていたところを見ると照れていたようだが……。
「なんつうか、年寄りのデレって気持ち悪あだぁっ!!!!」
突然の痛みに頭を抑える。側に落ちていたのは、熊の置物だった。