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第九話

ゼファーが風呂から出て部屋にあった椅子に座り、何をするでもなくぼんやりとしていると、玄関の扉が開く音がした。どうやらネネが帰ってきたようだ。


しかし、先ほどとは打って変わり足取りが重いようでなかなかこちらに辿り着かない。

ようやく入ってきても、ネネは俯いたままで何も言わずどんよりとした雰囲気を醸し出していた。明るいブラウンの髪も心なしかくすんで見える。


「どうかしたのか?」


ネネが何も言ってこないので、たまりかねてゼファーが声を掛けると、ネネが顔を上げた。


少し垂れ目がちのはしばみ色の瞳に小さく整った形をした鼻、唇は瑞々しくぷっくりとしている。

間違いなくネネ本人なのだが、顔色が悪く目には涙をためており、何かに恐怖しているようなその顔を見るままるで別人と言われても納得できそうだった。


そんなネネが小声で呟く。


「……ま…ん」


「すまん、聞こえないんだが」


ゼファーが椅子から立ち上がって言うと、ネネはビクッと肩を震わせ、勢いよく跪いて額を床に擦り付けるように頭を下げた。


「申し訳ございません!どこのお店に行っても、何も売ってくれませんでした。全ては準備を忘れていた私の責任です!どうか、どうかお許し下さい!」


ネネの突然の謝罪にゼファーは少々面食らった。ネネの雰囲気が出会った時のほんわかしていてどこか抜けた所のあるものと、余りにも異なっていたからだ。


「お、おい、そんな事いいから早く顔を上げろ。俺は別に何も言ってないだろ」


ゼファーの声が聞こえていないのか、ネネの謝罪は尚も続いた。


「ごめんなさい!何でもしますから、どうか見捨てないで下さい!」


「だから、そんな事言ってないだろ」


ゼファーが呆れながら顔を上げさせるためにネネの細い肩に手を置くと、触れた瞬間ネネが凄まじい早さで飛び退いた。


「いやっ!」


ネネの様子にゼファーは混乱してしまう。どうしたものかと悩んでいると、ネネが自分の行動に気付いたのかはっとした顔をするとまた頭を下げた。


「ああ、ごめんなさい。別に旦那様を拒絶したかったとかではなくて!」


「だから、別に俺は一つも怒ってないとさっきからい言ってるだろ!」


ゼファーが珍しく声を荒げると、ネネは肩を震わせた後、恐る恐る顔を上げた。床に水滴が落ちた後ができているので、頭を下げていて表情が見えなかったがどうやら泣いていたようだ。


「本当……ですか?」


「ああ、別に一日くらい飯を食わない事なんてざらにあったからな」


「私を、見捨てないでくれますか?」


「だから、さっきからそんな事一度も言ってないだろ」


「では、許して頂けるんですか?」


「そ、そうだ」


先程からネネは一歩、また一歩とこちらに近付いてきており、今涙に濡れた顔は間近に迫っていた。

ネネは気付いてないかもしれないが、先刻の激しい謝罪のせいで只でさえ開いていた服の胸元が乱れてさらに広がっていて、ゼファーはその豊かな双丘を視界から外すのに非常に苦労した。


そんなゼファーの心労など知る由もないネネはほっとその問題の胸をなで下ろすと、いつもの穏やかな聖母のような微笑みを向けてきた。


「ありがとうございます。旦那様は、お優しい方なんですね」


「優しいも何もない。たかがそれくらいで怒る方がどうかしてるんだ。俺はそこまで心が狭くない。余り広くはないがな」


そう言うゼファーにネネはくすっと上品に口に手を当てて笑った。


「そんな事ないと思いますよ」


ここで反論しても、ネネが認めるとも思えなかったので、話を変える意味も込めてゼファーは口を開いた。


「俺は風呂に入ったからな。次はお前が入れ。俺はもう寝る」


ゼファーの言葉にネネは驚いた顔になった。


「えっ、私がお風呂を頂いてもよろしいのですか?」


「当たり前だろ。お前だって汗をかいただろうし、そもそも風呂を入れてくれたのもお前じゃないか」


そう言うと、ネネは顔を下に向けてぽつりと呟いた。


「本当に、お優しい方です」


「うん?よく聞こえなかったんだが」


ゼファーが問い返すと、ネネは顔を上げた。


「いえ、何でもないです。お風呂、入ってきますね」


ネネはにっこりとゼファーに微笑みかけると、ぱたぱたと風呂場に歩いていった。それを見た時、ゼファーは自分が少しほっとしている事に気付いた。


「未練たらしく、俺にも人間らしいものが残っていたらしい」


ゼファーは自嘲気味に笑うと、寝室に足を進め


「なっ!」


硬直した。


寝室には少し大きめのベッドが一つ壁際に置かれているだけだったのだ。


ゼファーが暫く立ち尽くしていると、風呂から出て来たネネが声を掛けてきた。


「お風呂頂きました。旦那様のおかげで温まれました。ありがとうございます。ってどうされたんですか?」


「いや、ベッドが一つしかなくてな」


ゼファーがげんなりしながら言うと、ネネは不思議そうに首を傾げた。


「旦那様一人がお休みになるんですから、当然では?」


「俺一人って、お前はどうするんだ?」


ゼファーが問うと、ネネは真顔で答える。


「私は床で寝ますよ」


「そういう訳にはいかんだろ」


ゼファーは基本的に他人に対して気を遣ったりしないが、流石に同居人くらいには気を遣う。ネネが床で寝るのを知っていて自分がベッドでぬくぬくとできるはずもない。

しかし、ネネはこれを認めない。


「それでいいんですよ。私は奴隷で旦那様はその主人です。差はつけないといけません」


「しかし……」


「仕方ないんです」


そう言いながらも、ネネのはしばみ色の瞳には悲しみの感情が見え隠れしていた。

恐らく、どう言ってもネネは首を縦に振らないだろう。それならば、仕方ない。


「悪いが、命令させてもらう。ネネ、お前は今日から俺とベッドで寝るんだ」


ゼファーはこのセリフを言うのに結構気力が必要だった。慣れない命令をするのもそうだが、女性と一緒に寝ることは初めてだったからだ。しかも、ネネは今風呂上がりで髪が濡れていて、先程より色気のようなものが増して出ていたから尚更だった。


ゼファーの言葉にネネは嬉しそうに笑った。


「初めて、名前で呼んで頂けました」


「おい」


ゼファーはネネの見当違いな発言にがくっとしたが、ネネは二人ともベッドで寝ることに異論を唱えなかったのでそれ以上何も言わなかった。



その日、ゼファーは隣で眠るネネの柔らかくも温かい体を感じて嫌な汗をかいたが、意外にもよく眠れた。








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