第七話
「お前、一体今まで何を食べてたんだ?」
ゼファーは頭痛を堪えて何やら慌てふためいているネネに尋ねた。
夕食の材料がないのだったら、どこかの飲食店に行ってそこで食べていると考えるのが普通だが、目の前にいる可憐な少女は奴隷だ。外食をするような金を持っているとは思えない。
ゼファーの問いにネネはその優しそうに垂れた目を真っ直ぐ向けて答えた。
「私、今日の昼過ぎくらいにこの村に来たんです。だから、今まではここから少し離れた所にある街の奴隷商館で食事をしていました」
ゼファーは少なからず驚いた。ネネが今日アルムの村に来たばかりな事もそうだが、何より村長トキの手腕に驚いた。
「あんのババア……」
トキはゼファーをこの村から出さないためにネネを買ったのだろう。そして、今ネネの所有権はゼファーにあるという。つまり、ゼファーはトキからネネを買い取ったことになっている……はずだ。
ゼファーはそういう取引ごとは不得手だからその辺りの事はよく分からない。
だが、トキがゼファーを手放したくないと思っているのは本当だろう。
しかし、会ったこともない相手にそこまでしなければならない程人手不足なのだろうか。
そんな事を考えていると、ネネが下から見上げてきた。無駄に近い。
「あ、あの……私、今から何か買ってきます」
「今からって……もう日が落ちてるぞ。店なんて開いてないだろ」
少し後退りながら言うと、ネネは少しの間俯きがばっとまた顔を上げた。
「大丈夫です!頼み込んで何とかしてもらいます!」
ネネは気合い十分だ。何とかして汚名返上したいのだろう。ここで止めても聞き入れそうにない。いや、ネネは奴隷なのだから命令すれば従うだろうが、それはしたくない。
昔から、ゼファーは命令する事が苦手なのだ。それは相手が華奢な少女であっても例外ではない。
「分かった。勝手にしろ。俺はその間に風呂に入ってくる」
「では、私は行ってきま……」
ネネはそこで不自然に言葉を止めた。ゼファーが訝しんでいると、ネネは俯きもじもじし始めた。栄養が足りてないのか、青白く少し痩けている頬が今は心なしか赤く見える。
「どうした?」
様子のおかしいネネに問うと、ネネはもごもごと口を動かした。
「お風呂にお入りなら……その、私がお背中を流しても」
「よくない!」
まともに聞くんじゃなかった。やはり、女というものはよく分からない。
ゼファーが急ぎ足で風呂場に向かおうとすると、背中にまたもやネネの声が掛けられる。
「あの……」
「今度は何だ?」
うんざりしながら振り返るとネネは申し訳なさそうに俯いていた。
「すみません。あの、できればお名前を教えて頂けたらと思いまして」
確かに、まだ名乗っていなかった。とても自己紹介ができる状況でない出会い方だったので、当然かもしれないが。
「ゼファーだ」
我ながら素っ気ない言い方だったが、ネネはぱっと笑顔になった。
「ゼファー様ですね。改めて、ネネと申します。よろしくお願いします」
「様なんて付けんでいい」
深々と頭を下げるネネにそう言うと、ネネはこてんと首を傾げた。
「では、ご主人様でよろしいですか?」
「それも却下だ」
「では、騎士様?」
「却下だ。他にも騎士がいた時はどうするんだ」
「うーん、どうしましょう?何かあだ名を考えましょうか」
「おい、それは何か話が逸れてないか?」
ゼファーの言葉にネネは、はっとして頭を下げる。
「すみません!決してそんなつもりは無かったんです。旦那様!あっ、今の呼び方はどうですか?」
何やら世紀の大発見でもしたかのように目を輝かせているネネに、ゼファーは溜息を吐くのを我慢できなかった。
「もうそれでいい。そんな事より、早く買い物に行かなくていいのか?」
「あっ!すっかり忘れてました。行ってきます!」
ネネはそう言うと、ぱたぱたと軽い足音を響かせて家から出て行った。
「村長さんは、あんな奴で俺を本当に縛り付けられると思ったのか?」
ゼファーは一人そう呟いた。